「ところで
ハルシャ、探しに行くっていったけどさ、当てとかあるわけ?」
アパートの一室を出て、
ハルシャはまるで最初から目的地が決まっているかのような足取りで歩き出す。シャルナークはそれを追いかけ、言葉をかけると
ハルシャは面倒くさそうに溜息をついた。
「当てがなけりゃ出るわけないじゃん。侵入者の対象年齢で誰に狙われるかってのは決まってんの。子供ならカナリアね」
「へぇ」
シャルナークは携帯をいじりながら
ハルシャの後ろを着いていった。大体探すのを手伝えといわれても、シャルナークはバーンハートの内情に詳しくはない。一応住人として歩き回ることは許されている程度だ。個々の住人の癖や繋がりなど把握していないから、結局のところ
ハルシャに着いていくしかできないので、人手を増やすには役に立たない。その旨を伝えると
ハルシャは「別にそれはいらない」と言った。
「大体探すのに人手が欲しけりゃ傀儡で事足りるわよ。連れて来たのは相手の念能力者に対抗するためだけの意味合いだし」
「カナリアって奴も念能力者なわけ?」
「そっ、父さんや私の念に似てる。自分で作った人形を操るんだけど、人形には最初からある程度動きがプログラムされてるの。カナリア自身に戦闘能力はないけど、人形の操る数に制限がないのが厄介なのよね」
「ふぅん・・・・その言い方だと
ハルシャの方には制限があるみたいだね」
シャルナークは最初のうちこそ黙って話を聞いていたものの、途中から
ハルシャの念を探るのに思考を切り替えたらしくさらりと一言付け加える。これで流れで何かしら反応が得られれば上々と言ったところなのだろう。だが
ハルシャとて、実戦経験の中で自分の能力をバラすことがどれほど危険かは重々承知している。ぴたりと口を噤んで、それから「次、何か言ったら実戦で試させるから」と挑戦的に言い放った。
「それはごめん被る。で、カナリアの念についてもう少しないの?」
「・・・・カナリアは生きた子供から人形を作る。人形を作る過程で人形の動きをプログラムするんだけどどういう動きをするかは本人しか知らない。数は少なくて部屋に50は居るはず。奥の部屋のをあわせれば100かそこらはいるんじゃないの?」
「ふぅん。やけに詳しいな」
「そりゃ昔殺されかけたことあるし」
カナリアは幼くして死んだ我が子の面影を追って、人形を造り続けている。己の念能力で子供の人形に魂を植えつけようとしたのが始まりだった。冷たい死体を縫い合わせ、念をこめてひとつの人形を作り上げた。だがその人形は半年も持たずに腐り落ち、カナリアが込めたオーラもまたどこかへ霧散する。
見るも無残なその人形を前にしてカナリアは子を求めた。自らの手元で可愛がることのできる子供を求め、奪い、殺し、生前のオーラを留め自らの元で生きるように仕向けようとした。だがサソリのようにブラックボックスを作り出すことができなかったカナリアの人形の寿命は長くて半年であった。死後、いくら制約と誓約をかけようとも彼女のやり方ではオーラは半永久的にその人形に宿ることはなかったのである。そのために、カナリアは半永久的にオーラを人形に留める術を持つサソリの人形を奪おうとしたし、その過程でまだ幼かった
ハルシャを殺そうともした。あのときもっとも恐ろしかったのは、サソリの方だと
ハルシャは思っている。カナリアに殺されることよりも、何よりもあのときのサソリの怒気と殺気に身が震えた。できればあそこまでサソリを怒らせたくないとしばらくの間は随分と大人しく振舞っていたことを
ハルシャは今でも覚えている。あの時、カナリアが死ななかったのは、バーンハートの内では殺しをご法度とする暗黙の了解があるからだ。カナリアはほんの少しの情けによって生き延びたのだ。
「それじゃあカナリアって女が人形にするのは子供だけ?」
「そうよ。表じゃ誘拐犯として有名だけどね」
ハルシャはそう言って、狭い廊下を渡って向かいの階段へ跳躍する。都市計画などあってないようなものだ。光もろくに入らないだろうこんな建物の中には住みたくないと思いながら、シャルナークもまた大して距離のない外階段へ飛び移る。
「大体この町なんて人間人形にするような奴ばっかりだから、別に驚くことじゃないわよ。対象が大人か子供かってだけの話」
「オレからすればそんな世界考えられもしないよ」
「私からすればあんたのパソコンの中の方が考えられないっての」
それは、意見の相違だな、とシャルナークが笑う。
「大体じっちゃんだって人殺しよ?」
「知ってる。ここにくるときおおよそ調べたしね。でも能力まではわからなかったんだけど、
ハルシャ知ってる?」
「知ってるけど言ったら殺されるから言わない」
「操作系だろ、どうせ」
シャルナークの探るような口調に
ハルシャはつんと口を閉ざした。といっても実のところ
ハルシャもベネットの念に関して本当に詳しいところまでは何一つとして知らなかった。
ハルシャがはじめてベネットに会ったときから、彼はサソリの味方であり
ハルシャの味方であったのだ。彼は念も使わずただいつもサソリに場所と人形の材料と部品を提供するだけだった。戦っているところなど見たことが無いから、
ハルシャとてシャルナークに話せるほどの情報など持ち合わせていないのだった。
ハルシャはシャルナークの最後の問いに特に答えることはしなかった。抜け道とばかりに鍵どころか扉すらないアパートの一室に入ると床が抜けていて、
ハルシャはそこからぽん、ぽんと下の階へ移動する。
「あとどれくらい?それからオレ、イルミの弟とか知らないよ」
「ぜんっぜん似てないから大丈夫」
「どこが!?」
ゴンとキルアとズシが、鮮やかな黄色のワンピースの女、カナリアの後について案内されたのはお世辞にも綺麗とは言いがたいマンションだった。いや、元はマンションだった、という方が適切かもしれない。
バーンハートの住まいはどこもかしこも生活の色を感じさせない。皆、どこか日常というものを捨て去っているようでそこいら中にゴミが散乱する様子はだらしなさを通り越してどこか不気味だった。人間はかくも日常を失うことができるのか。それが一人二人ならともかく、何十人もの人間がそうであると余計に不気味に思えてくる。
崩れかけたマンションのエントランスで座ったきり動かない人間から少し距離をとりつつ、カナリアを追って階段を上った。血の臭いが充満した階が多く緊張が高まる。ぽつ、ぽつとコンクリートを染める赤黒い染みは血だった。ズシの手が恐る恐るキルアの服の裾を引っ張ったが、それに答える余裕はなかった。
実力だけならキルアが上。だが、念使いとしては、と聞かれたときにキルアは答えを持たない。ゴンが変わりに振り向いて、大丈夫だよと笑った。ズシもその言葉に頷く。ここまで来てズシの中にはきっと後悔があふれているに違いなかった。キルアやゴンと比較して彼は誰かに心配させてしまうことをより強く申し訳なく思う気持ちが強い。やはりつれてくるべきじゃなかった、といまさらながらにキルアは後悔した。ゴンはあまり気にしていないようだが、とにかく前に進むだけの強い意志がなければ、こういった場所は危険なのだ。
カナリアは三階まで上った。そしていくつも部屋が連なる廊下に足を踏み入れる。部屋は扉が無いものもあったし、開けっ放しのものもあった。それを覗き込みながら、進むとカナリアはようやっと足を止める。
「いらっしゃい、私の・・・子供たち」
カナリアはその時、一番美しいと思われる笑みを口元に浮かべた。元は美人であることが想像されるその容姿は、今はあまり化粧も手入れもされていないせいでひどく貧相に見えるが、背筋を伸ばし笑うだけで随分と印象が違うものだ。
だがカナリアの口にした言葉はとても不気味なもので、キルアは硬直する。カナリアの目的はわからない。だがカナリアは善意などで自分たちを案内などしていない。そのことは最初からわかっていたはずだったのに、迂闊にもカナリアの領域に踏み込んでしまった。この部屋は、いやこの一帯はカナリアのものだ。
何も無い、と思っていた部屋からカタカタ、と小さな音がしてひょっこりと子供が覗き込んだ。三人はその子供の目を見た瞬間に背筋に寒気が走った。
子供の目はガラス球のように左右がそっくり同じで、そしてどこも見ていない。首の繋ぎ目、手足の球体関節、口は操り人形のように上下にしか動かない。子供の、人形だ、それも生身の。つやつやとした肌とふくよかな頬、そして丸い顔を覆う髪の毛は確かに生身の人間だった。
『ア ソ ボ』
アソボ、アソボと喉が動くたびに声が出る。機械的に、均質で抑揚のない声だった。それはひとつからふたつ、ふたつからみっつとなり、見る間に廊下に子供たちが出てきた。身の丈は小さいものではキルアの喉元辺りまで、大きいものでは頭ひとつ分ほど上のものがいる。
「キルア!!」
「ひっ!!!」
ゴンとズシが悲鳴に近い声を上げるのとほぼ同時に影が落ちる。四階の手すりを越えて子供が落ちてきた。実際には子供ではなくその人形なのだが、子供たちは重力に従って落下し、そして何体かがかろうじて三階の廊下の手すりにつかまった。つかまり損ねた何体かはぐしゃり、と不気味な残響とともに三人の視界から消えた。
「アドルフ、ああ、ジーナ・・・・かわいそうに・・・でも大丈夫よ・・・皆新しい子供たちがやってくるの嬉しいでしょう。お母さんも嬉しいの。名前を考えてあげなくちゃね」
カナリアは恍惚とした表情で三人を見る。
「ゴン!!迂闊に手を出すなよ!!こいつら・・・・人形だ・・・
ハルシャと同じように仕込が・・・・」
「
ハルシャ・・・」
キルアの言葉にカナリアが反応した。恍惚とどこか嬉しげな表情に影が差し、見る間に鬼のような形相になる。
「あの・・!!小娘が・・!!!あれさえいなければ・・・!手に入ったのに!」
カナリアの時間軸は複数に飛んでいるようだった。過去形になったりかと思えば未来へ行ったりと話を聞いていても何を話しているのかわからない。小娘、とは
ハルシャのことだろうと予想がつくが、一方であれとは
ハルシャとはまた違う誰かを指しているようでもあった。
「あっ」
そのときゴンが小さく声を上げる。
「
ハルシャだ!!」
上ずった彼の声にキルアとズシが顔を上げた。
2014.01.18
2014.05.19 誤字修正
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