バーンハートは酷く閉鎖的な町である。外部からの干渉を受け付けず、閉じられた町の中は犯罪者で溢れかえる。バーンハートの住人達は皆何かしら身内同士の繋がりがあり、その身内から紹介を受けることによって立ち入りが出来るようになる。いわば顔見せであり、この過程を経なければ通常は部外者として住人に始末される。酷く暴力的で、保守的な環境を作り出すのは住人達の素性故であろう。イルミもハルシャも勿論サソリの身内としてバーンハートに招き入れられた。一応は合言葉を知っているものの、基本的に住人同士はお互いに決して手を出さないという不文律があるため、一旦どこの誰の身内であると知れ渡ればそう危険なことはない。狭い町の中、ほとんどが顔見知りであり、お互いに手を出せばどこでどのような復讐が待っているかは簡単に想像がつくだろう。サソリすらもかなり昔から住人であったベネットの身内としてバーンハートに身を置くようになった。そういった意味で、シャルナークのように誰の身内というわけでもなく自らバーンハートに居場所を作った人間は非常に稀なのである。勿論、実力があるならばこの町の住人が拒むこともない。
ゴンやズシやキルアは正直な話、自業自得であり殺されたところで文句は言えないし、シャルナークとてロクに下調べもしない連中を逐一助ける気は毛頭なかった。だがイルミからすれば大切な弟が生きるか死ぬかの問題に直面していることもあり、自業自得と知りながらもハルシャに連絡をとることを選択したわけである。イルミがハルシャに代われ、と言ったのはつまりそういう理由からであり、これはあくまでイルミ個人のハルシャへの頼みだ。
シャルナークは仕方無しに立ち上がってハルシャが引きこもっている部屋に向かう。以前、ベネットが完全に燃やしつくした部屋の中はそこここが黒く焦げ付いていた上に、カーテンも何も焼けてしまいすっからかんの空間になってしまった。しかも悪いことにハルシャが愛用していた手術台(という名のただの台)までまとめて焼いてしまったため、あのあとさらに一悶着あったことは想像に難くないだろう。それはともかく。新しく死体と作業代を運び込んだハルシャは一日一度の食事と数回のトイレ以外は部屋に篭ったきりで、出てくることはない。鍵はかかってないが、そこら中に張り巡らされた念糸に触れると明らかに不機嫌そうな空気が扉越しにも伝わってくる。扉に手をかければ殺気が飛ばされ、開けたら完全にアウトである。シャルナークは一度開けてハルシャと本気の大喧嘩を繰り広げたことがあるので、今回も扉ばかりは開けるつもりはなかった。扉越しに何度か呼びかけ、最後には思い切り扉を蹴り飛ばす。ただし扉を蹴破らないようにだけ注意した力加減、ではあるが。


ハルシャ!!電話だって!!」

「・・・・・そこで用事言って」


出てくるつもりはないらしい。仕方なくハルシャの携帯の通話音量を最大限まで上げて扉に押し当ててやれば、部屋の中で断続的に聞こえてきた音が静まった。どうやらシャルナークの意図を理解して電話の声に集中してくれたようだ。扉越しのこととはいえ、廊下に張り巡らされた念糸が円の役割を果たし大まかな動きをハルシャに伝えている。細かな動作はともかく、ある程度の動きであればハルシャは部屋の中からでも関係なく把握することができるだろう。


ハルシャ?聞こえてるの?あのさ、キルアがハルシャのことおっかけてバーンハートに行っちゃったみたいなんだよね。悪いんだけどなんとかしてくれない?いるんでしょ?』


イルミは相変わらず淡々とした口調で話すものだから、全て詳細にハルシャに伝わったかどうかはわからない。だが、次の瞬間今まで固く閉ざされて必要以上には決して開かれなかった扉が、バン!と叩きつけられるように開き中からハルシャが出てくる。珍しく驚いた表情を浮かべるシャルナークの手から携帯を奪い取ったハルシャは電話越しに怒鳴った。


「ちょっと!馬鹿なの!?」

『それはミルキに言ってよ。オレだって仕事終わって帰って来て、キルアがやばいかもとかミルキに言われて焦ったんだからさ』

「馬鹿でしょ!!ってか弟にここのことぐらい伝えときなさいよ!!」

『普通に伝えて興味持たれたら面倒だろ。オレ、行ったことあるって行ってもそんなに長居したことないからまだ一人で行くなってサソリにも言われてるし。わざわざサソリ探して行くにもサソリのこと探しようがないから、どうしろっていうのさ』


若干不服そうな、というのは外野のシャルナークの感想だ。ほとんど抑揚がないようにも思えるイルミの言葉も、よくよく聞いていればなんとなく不機嫌そうな雰囲気が伝わってくることがわかる。
ハルシャはその後もしばらくイルミに対し怒鳴っていたが、そのうち怒鳴ることにすら飽きたのか黙りこんで、ぶつんと強制的に電話を切った。携帯を持ったまま、部屋に引き返すと扉を閉める。そしてしばし中でなにやら動き回った後、再び扉を開けて外に出て来た。作業中はパーカーを来ておらず半袖姿だったが、今はその上から赤紫のパーカーを着ている。


「行くの?」

「手伝いなさいよ」


作業を中断されていたく不機嫌なようだが、それでも探しに行くあたり面倒見がいい。それとも昔イルミとの間で何かしら契約でも交わしているのだろうか。そのあたりを詳しく聞いてみたい気もしたが、これ以上気分を害すると今度こそ本当に傀儡にされそうなので黙って「はいはい」と頷いた。























「なぁ、どこまで行くんだよ」


唐突にゴンとキルアとズシに話しかけてきた黄色い服の女はハルシャと連絡を取ってあげるから着いてきて、と言ったきり黙りこくって三人の前を歩いていく。湿気た風が女の茶色い艶のない髪を散らした。派手な黄色のワンピースもよくよく見れば皺が寄っている。一瞬やけに目立って綺麗に見えたのは、恐らく地味で薄汚れた町の住人たちに見慣れていたからだろう。水溜りに足を踏み入れようと、ワンピースが汚れた壁を擦ろうと気にしない女は表で見れば異様だが、町全体が表とは全く異なるバーンハートでは逆に常識的に見えるから不思議なものだ。
キルアの問に女は一瞬だけ足を止めて、それから「私の家よ」と答えた。


「ごめんなさいね。今日、携帯忘れちゃって」


細い道を抜けて大きな通りに出る。女は黙々と歩き三人も他に当てがないので黙って着いていく。


「・・・・ねぇキルア」


やがて露店の数が減り、居住区が増えてくると自然と道行く人の数もそれなりに増えた。スラム街よりもまともな家が立ち並ぶ一方、その様相は乱雑としていて統一性はない。女は相変わらず黙ったまま歩いていく。その後ろでゴンがそっとキルアに耳打ちした。


「あの人さ、」

「知ってるさ。血の匂いプンプン纏わりつかせてるってことだろ」

「うん」


女は今までまっすぐ前を向けていた顔をほんの少し横にずらす。ゴンとキルアの会話を聞いているのか、それとも何か別のことに気をとられたのかは知らないが、ゴンとキルアはさっと口を噤む。


「・・・・そういえば・・・あなたたち、なんでハルシャを探しているの・・・・?」

ハルシャに念を教わりたいから」


凝をすれば簡単にこの女も念能力者であることがわかったから、あまり隠すことも無くキルアは答えた。一瞬女の纏が揺らぐが、その揺らぎも一瞬のことだった。それなりに実力のある念能力者なのだろう。着いていった先に何があるのかは賭けに近いが、ハルシャのことをまるで知らない人間よりも幾分マシだろうと、ゴンとキルアは視線だけで意思疎通すると次の女の反応を待ったのだった。
女の動きは無駄が多かった。キルアからすれば素人も同然で、ゴンやズシもちょっとやそっとではこの女に負けることはないだろう。だが、操作系念能力者となると、本人が弱くとも別の何かを操作することによって本人の姿からは考えられない戦闘力を有する可能性がある。キルアがもっとも危惧したのはその点であった。だがそれを踏まえたとしてもキルアの直感はまだ危険はないと告げているようだった。もしも自分の手の及ばない領域に踏み込めば、必ず自分の直感(それは実のところイルミに埋め込まれた針のせいであったが)が危険を告げる。キルアはその時の痛いほどの心臓の拍動も吐き気を催すような寒気も全て体が覚えているから、その一点においてまだ大丈夫だと言い聞かせた。


「ここよ」


女はそう言ってゆっくりとこちらを振り返った。










2014/01/11

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