小奇麗な表通りから裏に一歩入れば風景は一変する。浮浪者がうろつき、時折剣呑な視線をこちらに向けてきたものの念能力者でもない連中の殺気などもう怖くもなかった。特にハンター試験を乗り越えたゴンとキルアにとってはこの程度の薄暗さも恐れるほどのものではない。しかしズシにとっては慣れない場所でもあり、書き置き一つで飛び出してきてしまった後ろめたさもあってかなかなかしり込みしてしまって前に進まない。


「ったく何やってんだよズシ」

「ま、待ってくださいキルアさん!!こ、こんなところにハルシャさんがいるんすか!?」

「正確にはもう少し先になー。うーん、豚君に教えてもらった場所に行くにはこっからでいいはずだけどな」


キルアは銀髪を揺らして左右を見回し、左の細い路地を選ぶ。
曲がって降りて昇って・・・途中から面倒になって一部ビルからビルへ飛び移ることもあったが、それ以外は比較的道なりにアテネのスラム街を進んでいく。
ほとんどが木と布で出来た家ばかりで、寒さなどロクにしのげるものではないだろう。日の光も当たらずガリガリにやせた男が路肩に寝そべっている。やはりやせ細った猫が足元でニャーと鳴いたが、誰も触ろうとはしない。ズシはこんな裏の世界にはあまり来たことがないのだろう。こわごわという風で周りを見回しているが、キルアにとってはある程度見慣れたものであった。暗殺対象が人混みを避けてこのようなところに潜伏することもあったし、一方で自分がこのようなところに身を隠すこともあるからだ。特に感想もなく前に進む。
時折、金を寄越せという者も居たが、大半はキルアの目を見て退いた。賢い連中が多いな、とキルアが思ったのは後ろをついてくる二人には内緒だ。
やがて、スラム街の端に来たのか、十メートルほど先からはまた少し整った町並みが続いている。混沌とした様子はスラム街と大差ないが、清潔感にかけてはスラム街よりも遥かにマシに見えた。
だが、そこへ一歩踏み込んだ瞬間背筋に走った寒気に三人とも足を止めざる得なかった。スラム街の人間は途中まで三人のことを興味深そうに見て、そして中にはついてくる者もいたというのに、今では誰一人としてキルアたちの様子を伺う者はない。後ろを振り返れば皆、一様に視線を逸らしどこかへ消えてしまった。


「・・・・なぁ・・・・」


寒気を感じたのは一瞬だけだ。その境界を行き来してももう何も感じない。


「今・・・」

「うん。すごい、ぞくって気持ち悪い感覚があったね」


キルアの言葉に頷いたゴンは自分の得た感覚を言葉にしようとするが、上手く言葉にならず諦めたようだ。殺気は感じない。町行く人から敵意も感じ取れない。時折こちらを見る人もいたものの、その絶対数が少なく視線すらもほとんど感じないほどだ。


「ちっ・・・ここまで来たんだ。行くぞ」


一言で言えばここから先は異様だった。全身が総毛立つような気持ち悪さを感じながらも、同時にこの異常さの中だからこそハルシャがいるだろうと確信が持てた。キルアはなんとなくハルシャが正常でないことは知っていたのだ。イルミと知り合いだ、という時点でいろいろと疑うところもあったのだが、それ以前にハルシャの人形はあまりに、気持ち悪いほど人の濃い血の匂いがする。それはたくさんの人を殺し、染み付いた臭いではなくその人形生来のもののように一瞬思えてキルアはぞっとしたのだ。
本当ならばここらで引き返せばよかったのだ。念を知ったばかりの素人が入るにはこの街はあまりに危ない場所だった。
店先に並ぶ人体に若干距離をとりつつ、ゴンとズシはその大半が陶器と知って同時にほっと息を吐く。だがキルアは店の奥に置かれたパーツが陶器ではなく生身であることを見抜いて眉をしかめた。この当たり一帯全域に血の匂いが充満している。ゴンの鼻もさすがにこれだけ充満した血の臭いには耐え切れないようで、ハルシャの匂いをかぎ分けることは期待できなさそうだった。ただ、ゴンはその臭いの大元が殺しにより染み付いたものだと思っているようで、生身の人間をバラして人形にするとは考えてもいないようだった。


「うっ・・・・これって・・・本物なんすかね・・・」


ズシが指差したのは瓶の中に液体と共に詰められた眼球だ。だがそれは精巧に出来ているものの模造品であることはよく見ればわかる。よく見ろよ、とキルアがズシの頭を掴んで顔を無理矢理近づけさせれば、ズシも一瞬悲鳴を上げたものの偽者だと気付いたようだ。ほっとしたように息を吐く。


「・・・・この辺・・・ちょっとヤバイかもな」

「えっ?」


キルアの呟きを聞き取れなかったのかゴンが振り返った。


「いや、なんでもねーよ。とりあえず早いとこハルシャ探そうぜ」


キルアの言葉にうなずいたゴンは、ちょうど表に出てきた年配の男に声をかける。しわの多い顔はどう見ても人当たりがよさそうな性格ではなさそうだったが、ゴンはまるで気にしない。


「あの、すいません・・・・」


ハルシャって人、知りませんかとゴンが口にした瞬間男の顔が本当に一瞬だけ歪んだ。その変化はかすかに口元の筋肉が動くような、ほんの少しのものだったがキルアはそれを見逃さず、そして表情を険しくする。一瞬の表情の変化の後に男は取り繕ったような笑顔を浮かべたのだった。だがその笑顔はあまりに胡散臭くて、どうやらハルシャは誰しも好かれるような人間ではないようだとキルアは思う。


「けっけっ・・・・なんだぁ・・・おめぇさんら、一見かと思えば、ハルシャの縁者かぁぁ?」


妙に語尾を延ばす男だと思った。義眼をぎょろりと動かして、オイルで汚れた手をエプロンで拭う。


ハルシャはなぁ・・・ああ、俺も場所までは知らねぇがなぁ・・・確かにいるぜ。ここになぁ」


容量を得ない返答だ。彼女の居住区までは知らないということなのだろうか。やがて笑顔は引きつり、無表情になったその男は再び暗い店内に戻ってしまう。三人は視線で「だめだこりゃ」と言葉を交わす。その次の店も、さらにその次の店もたいした収穫はなかった。皆そろって顔をしかめるか、それかぶっきらぼうに知らないと言って三人はすぐに追い返されてしまう。


「・・・・ハルシャってさ・・・もしかして結構偉い奴だったとか・・・・?」

「うーん・・・なんか皆さん反応がおかしいっすね」

「あら・・・ハルシャがどうかしたの・・・・?」


ふいに声をかけられた。それは先ほどちょうどすれ違った女性で、恐らくは話を聞いて耳慣れた名前に反応したのだろうと予測したが、それでもあまりに唐突に声をかけられたものだから三人は驚いた。


「あー・・・えっとその俺たちハルシャの知り合いなんだけど、ハルシャをちょっと探してて」

「あら、そうなの」


鮮やかな黄色のワンピースは、この薄汚れた町でやけに目立つ。目の下にほんの少しくまがあるものの、それを除けば美しい女性だ。


「彼女と連絡とって上げる。おいで」


















一方そのころ、ハルシャは相変わらず部屋に引きこもったまま、シャルナークは自分で調べたものをハルシャにどう伝えるかで迷っているところだった。シャルナークの手元で携帯が震える。電話だ。だが、それはシャルナークの携帯ではなくハルシャのものだった。


ハルシャ、電話!!」


シャルナークは椅子を傾けてバランスをとりながら、隣の部屋で引きこもったまま作業を続けるハルシャに声をかける。だが当然返事はない。そもそも聞こえてるかも怪しいところだ。
シャルナークの手元では携帯が相変わらず震えている。ワンコール、ツーコール・・・・やがてぷつっと小さな音を残して電話は切れてしまったが、すぐにまたかかってきた。どうやらそれなりに重要な用事があるようだ。
シャルナークは自分がハルシャに渡したのとは違う携帯を一度見て、もう一度ハルシャに呼びかけ、それでも返事がなかったから最後のコールでシャルナークは電話に出た。電話口で沈黙。画面には電話番号のみ表示され名前は出てこない。ということは登録していない相手だろうか。あまりに沈黙が続くもので、間違い電話やいたずらなら相手を探し出して殺してやろう、と思ったとき唐突に『誰?』と問う声がした。
誰とはなんだ、誰とは。携帯にかけているんだから相手ぐらいわかっているだろうに。


「そっちこそ」


同じ問を返してやって、再び沈黙。生産性のない電話である。


『・・・・ハルシャじゃないね。誰?』

「電話かけてきた方から名乗れよ」

ハルシャの電話を使ってるのはそっちだろ』


正論だ、がこちらから名乗る気はない。シャルナークはそんなことを思いながらどっかで聞いたことのある気がする声の主を思い出そうと頭をフル回転させる。


ハルシャは近くにいるの?』

「今絶賛引きこもり」

『代わってよ』

「出てこないよ」


シャルナークはこれ以上ハルシャを呼ぶつもりもなかった。特に相手が名乗らない以上梃子でも電話を代わらないつもりである。


『・・・・イルミ=ゾルディック』


唐突に電話口で名乗りを上げたのは、かの有名なゾルディック家の長男で、シャルナークは少なからず驚く。


『で、お前誰?』

「シャルナーク」


シャルナークは名乗った相手に対し、特に偽ることもなく自分もまた名乗りを上げた。


『ああ・・・・クロロのところの』


イルミはしばらく考え込んだようだが、すぐに該当する人物を思い出したようだった。まるでクロロのオマケのような言い方は気に食わなかったが、実際に似たようなものなので言い返す言葉もない。黙ってイルミの次の言葉を待つ。


『出来ればハルシャに代わって欲しいんだけど』

「だから、ハルシャは今傀儡作ってるから出てこないって言ってるだろ。あの二人が一旦篭ると出てこないことぐらい知ってるだろ」

『それぐらい知ってるけどこっちも大事なんだ。なんとかして呼び出せないの』


大事と言う割にはイルミの声から焦った様子は見受けられない。そもそも表情筋がまともに動いているかすら怪しいので、シャルナークは電話越しに顔をしかめた。不機嫌そうな雰囲気が伝わったのか、イルミの方から溜息が聞こえる。それがまた癪に障る。


「・・・・でハルシャに伝えたい用事って何さ」

『・・・・弟がバーンハートに向かった。このままだと殺される』

「・・・・あのさぁ・・・・弟君ってバーンハートのこと知らないわけ?」

『知らない。だから困ってるんだよ』









2014/01/11

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