※グロ表現有り。 閲覧注意











「あ、そういえばさ。当分ここ拠点にしていい?」

「断る」


シャルナークが買ってきたゼリーを全部食べ終わったハルシャは、シャルナークの言葉を即答で断って立ち上がる。だがシャルナークもこの程度でめげて諦めるほど聞き分けはよくなかった。


「それじゃ、代わりに探すの手伝ってあげるよ。サソリの居場所。情報収集は苦手だろ?」

「ならいいよ」


身代わりが早い。ハルシャはシャルナークの言葉に再び即答すると、傀儡を修理するために別室に篭ってしまった。下の階からは断続的に誰かの悲鳴が聞こえ、上は上で何事かとうるさい。全くもって良い環境ではないものの、ハルシャがいるので良しとしよう。まずは壊されたマウスを買い直して本格的な捜索に入らなければならない。勿論、シャルナークの腕を持ってしてもサソリの行方を追えるかは微妙だが、かすかな痕跡でも見つけ出しておかなければ、さすがに叱られる。9月まで時間がある。シャルナークは少し気長に構えるか、としばらくの塒となったアパートを後にした。


















シャルナークとハルシャの半同棲生活は始まったものの、日中のほとんど二人は接点を持たない。ハルシャは一度部屋に篭ると食事すらもほとんど手をつけずに傀儡の修理をやっていることが多かったし、当然シャルナークが干渉することも嫌った。しかしその日はシャルナークがハルシャを最後に見てからもう五日もたっており、その間一度たりとも彼女の姿を見ていない。シャルナークも旅団の関係で部屋に篭ることが多く、アパートからは外出していないから、ハルシャが部屋から出ていないのは間違いではなかった。


「・・・・ハルシャー・・・?」


さすがに五日はどうだろうか。サソリは長いと一週間も二週間も部屋に篭ったきり出てこないことはあったが、ハルシャがここまで長く部屋から出てこなかったことは今まで経験がない。勿論そう長く付き合いがあるわけでもないが。それに気になるのは部屋から漏れるオーラがやけに不規則なことだ。ハルシャに限って集中しているからオーラコントロールを間違えるなどありえないだろう。
ゆっくりと扉を開ける。血の匂いがぷんと鼻をついた。暗い部屋の中は、光に慣れた目ではなかなか見通しにくい。だがやがて慣れてくれば部屋一面に腐臭がこもり、さらに床は血まみれであることがわかる。


ハルシャ!!」


その部屋の真ん中で倒れているのは間違いなくハルシャだ。一瞬、シャルナークは肝を冷やしたが、すぐに腐臭そのものとこの血の海の原因は、ハルシャのすぐ脇にある手術台の上の死体であると気付いた。ガランとした部屋の足元は血まみれだが、それ以前にも様々な工具と部品が散らかっていて雑然としている。壁には何もない分、床が散らかっているのが気になった。シャルナークはひとまず電気をつけると、部屋の惨状が寄り鮮明になって眉をひそめる。以前フェイタンの拷問現場を見たことがあるがこの部屋はそれ以上に酷い。まず死体が腐りかけている。傀儡を作る途中だったのか知らないが、皮を剥がれた死体は上皮の下の組織をむき出しにしたまま腐りかけている。空っぽの眼窩は虚空を見つめ、本来ならそこに収まっていた目玉は瓶の中に液体と共に詰められあらぬ方向を向いていた。
ハルシャは血の海にうつ伏せのまま沈んでいる。たっぷりと血を吸い半ば乾いてしまったトレーナーは赤と言うよりも最早黒色であった。


ハルシャ


肩を揺すっても起きる気配はない。心臓の部分がかすかに上下しているから死んだわけではないようだが、妙な状況を怪訝に思って顔を覗き込む。


「・・・・えーっと・・・これは所謂風邪引いたってやつ?」


シャルナークの呟きに答える者は勿論居ない。これで死体が答えたらある意味ホラーだが、すでに内臓も空っぽ、骨も半ば抜き取られていたからロクに動けもしないだろう。シャルナークがハルシャの額に手を当てれば案の定熱が高い。呼吸はさほど変化がないが、今体内ではよほど菌が繁殖しているようだ。単純な風邪なら良いが、と死体をちらりと見てシャルナークは思った。正直雑菌どころではないものが繁殖していそうな死体の近くに随分と長くいたようだから、他のもっと悪質な菌が体内に巣食っていないと良いのだが、と随分と不謹慎なことを思いながらシャルナークはハルシャを抱え上げた。今から傀儡を作るつもりだったのか、ハルシャの傀儡は部屋のどこにもなかった。少しだけ作業過程を覗けるかと期待したのだが、残念だ。
ハルシャは平均よりも小さいが、しばらく食事もとっていないものだから余計軽く小さく見える。長身のシャルナークと比べればなおさらだ。簡単に持ち上がった体でよくもあれだけの傀儡を操れるな、と半ば感心しながら彼女をベッドに運んだ。血がこびりついた上着だけ脱がせてやってベッドの中に放り込んでも身動き一つしない。頬の血をぬぐってもほとんど取れなかったから諦めた。
さてここからはやることが多いな、と思いつつシャルナークはまず携帯を手に取る。何せ風邪をひいたことなど一度もないのだ。ハルシャが体が弱いという話はサソリから聞いて知っていたが、まさか看病する日が来るとはあまり思っていなかったから風邪をひいたときどうすればいいのかなどわかるはずもなかった。携帯電話に登録された数少ない知り合いの名前にざっと目を通しながらシャルナークはハルシャが寝ている部屋から出る。
一人目のコールには誰も出なかった。二人目で当たり。だが案の定というか「パクに聞きなよ」の一言で終わらせられてしまって、シャルナークは仕方なくもう一度パクノダに電話をかける。


『あら、シャル、何の用かしら?』

「あ、パク?あのさ一つ聞きたいことがあるんだけど」

『いいわよ』

「風邪ひいたときってどうすればいいの?」


電話の向こうが沈黙する。これは質問の仕方を間違っただろうかとシャルナークは思ったが、質問そのものは間違えていない。ただ質問の仕方だけを考えるとまるでシャルナーク自身が風邪を引いたような言い方にとられるなと思った。案の定パクノダはシャルナーク本人が風邪を引いたと思ったらしく、看病しにいってあげようかというありがたいお言葉を頂くことになる。とりあえずその誤解を解いて軽く説明すれば、パクノダは大方を察したらしい。病状や現状を確認から始まり、アドバイスまで、こういうときには他の面々は全くといっていいほど役に立たないので本当にありがたい存在である。
電話を切ってからベッドで寝ているハルシャの方を見たが、起きてくる様子はない。一体いつからあれだけの熱があったのかはわからないが、パクノダの話によればあまり高熱が続くのもよくないようだ。薬でも買ってくるか、とシャルナークはアパートを出ようとしたが、それよりも早い来客があり、その客に心当たりもなく首をかしげながら玄関に向かう。鍵がかかっていたはずなのにシャルナークが手を伸ばす前に開いた扉の前に居た男を見てシャルナークは顔をしかめた。


「なんだその顔は」


玄関先に居たベネットも同様で、なんでてめぇがいるとばかりに思い切り額に皺を寄せて、どけ、と言う。いつもはオールバックにしている白髪が乱れているところをみると寝起きのようだ。寝起きにわざわざハルシャのところを訪れるとは、わけがわからない。


「おいだからどけっつってんだろうが。おれぁサソリに頼まれただけだ」

「サソリ?」


思いもしない人物がベネットの口から飛び出たことに驚いた。


ハルシャが熱出したんだとな。薬飲ませろって連絡が来たんだよ。だからどけ」


手に持っている紙袋の中には解熱剤でも入っているのだろうか。ベネットはシャルナークにそれを見せびらかすように揺らしてそれから土足でずかずかと部屋の中に入っていく。


「あ、おい、ちょっと!!サソリの奴、なんで連絡できんのさ?携帯なんて持ってないだろ?」


シャルナークの言葉にベネットは溜息を吐く。わざとらしいそれは、シャルナークに対するあてつけだろう。それからベネットは窓を指差した。相変わらず窓の外には寂れた風景が広がっているが、ふいに窓枠に一羽のハトが現れて、毛づくろいを始める。


「・・・・まさか・・・」

「そのまさかだな。あっちからこっちへの連絡手段はあるにはある。こっちからは連絡できた試しがねぇがな」


ベネットは再び溜息をつく。これはサソリに対する呆れだろう。自分勝手に振る舞う彼に、長年付き合っているベネットの心情など知ったことではないが、シャルナークもハルシャを勝手に置いて行きながら妙なところで監視しているサソリに呆れた。
ベネットに続いてシャルナークが部屋に入ると、ハルシャはようやっと目を覚ましたようだった。若干目が潤んでいるのは熱のせいか。だがその割りに体を起こそうとしてベッドから落ちる。


「・・・・なにやってんだおめぇ」

「・・・まだ・・・仕込が・・・・」


ハルシャはふらつく体を持ち上げて、部屋を出ようとする。仕込み、というのはシャルナークが見つけた部屋にあった死体のことだろう。ベネットはその部屋の様子を見てないにも関わらず、部屋中に充満する血のにおいといつもの癖で大方のことは把握したようだ。もう一度溜息を吐く。ベネットはふらふらと覚束ない足取りで部屋から出て行こうとするハルシャの肩を押さえて止めたが、その瞬間ハルシャの念糸がベネットの体に張り付いた。


「こんの・・・クソガキ!!」


念糸は熱のせいか、常よりも細くなく隠で隠されてもいない。だが至近距離で直接オーラを注ぎこまれたためか、ベネットの体は一瞬動きを止める。その隙にハルシャは自分自身の体を念糸で操ってベネットの腕をかいくぐって逃げ出した。


「ちょっとハルシャ


死体は腐る。だから処理をしなければいけないのはわかるが、自分の体をそこまで酷使する理由はシャルナークにはわからなかった。額に手を当てて、呆れた表情でハルシャの通り道を塞ぐが、それでもハルシャは諦める様子がない。


「風邪、なんてほっときゃ治るわよ・・・どけっつの」


どけ、という言葉が終わるか終わらないかの間に銃口がシャルナークに向いた。だが風邪のせいで動きは遅いし照準はめちゃくちゃだ。シャルナークはハルシャが引き金を引き終わるよりも早く、その首筋に手の中に隠し持っていたアンテナを刺した。アンテナは、ベネットが来たときにはすでに手の中に隠していた。さすがに部屋の中でいつもいつも持っているわけではないが、シャルナークのような身分では部屋だろうがどこだろうがいつ狙われるかはわからない。一応身近に用意してあるし、来客があったときには必ずアンテナと携帯は手の届くところに用意するようにしている。そうしようと思った、というより最早習慣である。
アンテナが刺さった瞬間に崩れ落ちたハルシャの体を片腕で支えて、もう片方の手で携帯を操作する。すぐにハルシャの足に力が入って、ふらつかずに真っ直ぐに立ち上がった。くるりと回れ右したハルシャの視線はどこか虚ろで、虚空を見つめている。ハルシャが取り落とした銃をシャルナークが拾う間にも、ハルシャは元来た道を戻って、そのまま部屋に入ると抵抗なくベッドに入った。










2013/12/01

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