「ねぇ」
サソリがバーンハートへ来て一週間がたった。
ハルシャは今日もふらふらとどこかへ行く。ときおりベネットがサソリの居住地を訪れる以外は静かであった彼の居場所に、また別の来客が現れるようになったのはその頃からだ。
毎回容貌の違うその来客は明らかに操られているとわかってしまう。初回こそは殺してその操作主を探ろうとしたサソリだったが、首筋に刺さっていたアンテナが以前
ハルシャに刺されていたものと同じであると気付いて表情をゆがめる。そして二回目以降、サソリはその操られていた来客を殺すのをやめたのだった。来客は沈黙を守ったまま窓際に鎮座している。ベランダでじっと部屋の中を見つめていることもあれば、空いた窓枠に腰かけていることもあった。四度目は部屋に入ってきたので殺した。五度目以降は距離をわきまえたのか窓枠より先に越えて中に入ってくることはなくなった。来客は一時間から二時間ほどそうして黙ってサソリの様子を見つめてからどこかへ消えてしまう。視線は感じるものの、別の部屋に篭ってしまえば特に問題もなかったため放置していたサソリだったが、十度目の訪問にして何か気にかかることがあったのか、訪問客に初めて声をかけたのだった。
「・・・・・何の用だ」
「観察カナ。俺としテは諦メタわけジャないシ」
訪問客は話せなかったわけではない。話さなかっただけだ。訪問客を通したあの金髪の青年の言葉を聞いて、サソリは訪問客に向き直る。
「目的は傀儡だと言ったな」
「ソウだヨ」
「何故俺の傀儡を欲しがる?」
「手ごまヲ増やしタいってトコロかナ」
シャルナークがどこにいるのかまではさすがにサソリにもわからなかった。円を使っても感知できない距離にいることは確かだ。
「一つ聞いテもイい?」
「・・・・・」
沈黙を肯定と受け取ったのか訪問客を通してシャルナークは言葉を続ける。
「また
ハルシャで遊ンでいい?」
その言葉が訪問客の口から飛び出した途端、哀れな訪問客の首は胴体と分裂した。切り落としてから本人でなければ意味がないことに気付き舌打ちをしたサソリは不愉快だけを心のうちに留めてカーテンを閉める。
一方のシャルナークは遠く離れたビルの屋上で、消えてしまった画面を見て笑った。パソコンでサソリに関する情報を集めてみた印象とは違う、彼の様子が面白くてたまらない。人形師として殺人鬼として名を馳せるあのサソリを、ここまで変えた
ハルシャに興味が沸くのと同時に、傀儡そのものへの興味も尽きない。ほんの遊びのつもりで来たこの町だが、まだまだ楽しめそうなところが沢山ありそうだ、と思ったシャルナークはしばらくの塒をここに決めたとクロロに連絡したのだった。
それからもシャルナークは懲りることなく操作した人間をサソリの元に送りつけ、そして最後は再び自らサソリに接触した。その頃にはサソリもいい加減諦めていたのか、窓際に現れたシャルナークを見ても何も言わなかった。
手に持った携帯をひらひらとさせて、シャルナークは暗い部屋の中で窓に背を向けたままのサソリに声をかける。
「ねぇねぇ、俺にもその傀儡見せてよ」
返答は、なし。サソリは苛立たしげにスパナをシャルナークの頭部めがけて投げる。背を向けたままにも関わらず正確な投擲に、関心半分、自分の道具を投げてどうするという呆れ半分。といってもその瞬間シャルナークの頭がぐるりと不可抗力を受けて真後ろを向いた。
「取って来い」
シャルナークが避けたせいで窓から飛んでいってしまったスパナを、だろう。気付かぬうちに操作されたことに自分への呆れた感情が脳内を占めた。
「まだ甘い」
シャルナークがベランダを飛び降りる直前にサソリが笑う。どうやら傍にいることは多少なりとも許可されたらしいな、とシャルナークは思った。スパナを取って戻ってきてから二時間は会話は一切なかった。
シャルナークとサソリの特に利害の一致もない関係が始まったのはその頃だ。それからシャルナークは
ハルシャとも接触するようになり、ベネットとも交流を持った。
ハルシャは比較的簡単にシャルナークに懐いたものの、
ハルシャを溺愛しているらしいベネットからは殺気しか向けられたことがない。それは数年たった今でも変わらず、
ハルシャを探してベネットの工房に行くと必ず殺気とともに人形に襲われる。初めてサソリと会った頃より随分と身体能力も念も向上したシャルナークは、さすがに不意をつかれることはなかったが、それでもベネットも相当の実力者だから会いに行くたびに苦戦はした。
それでもあえて会いに行くのはベネットはサソリと
ハルシャに関する情報を持っているし、それに操作系念能力者としては尊敬に値する人物だからだ。ベネットはシャルナークを毛嫌いしていたものの、来てしばらく攻防を繰り返せばそれなりに歓迎した様子を見せてもくれる。大抵熱いお茶の入ったコップを投げられるとか鍋を頭から落とされるとかそんなことばかりだったが、その合間合間に「どこが甘い」だのなんだのとシャルナークの念の欠点を教えてくれるのだ。わざわざそんなことをする意味はなんだろうと思ったら、お前は
ハルシャの盾になれるからというとんでもない答えが返ってきてシャルナークは思わず笑った。今までクロロを除いて人に執着したことがないシャルナークにとっては本当に笑える話だ。
「そんなのありえないよ。俺は俺しか守らないし、なんで
ハルシャの盾になれるのさ」
「・・・・・クソガキが」
てめぇは
ハルシャに手を出さない、とだけベネットは繰り返す。それ以上はベネットは何も言わなかった。サソリはまた違う理由でシャルナークが傍に寄ってくることを許可しているようだった。それはおよそシャルナークが幻影旅団に所属することと関係があるのだろうと、一番最初の問答から見当をつけていた。サソリと連絡を取れるようにと携帯を渡そうとしたらその場で分解されたから、シャルナークは結局
ハルシャに携帯を渡すことになる。
「何これ?」
「携帯だけど、使ったことないの?」
「また私のこと操作すんために使うの?」
嫌そうな顔をされたから苦笑いした。シャルナークはそういうものではないことをとりあえず説明して、それから持っているように言う。そうすればいつでも連絡取れるから、と一言付け加えたのだがあいにくと
ハルシャからの返答は「いつでも連絡を取れる必要性がわからない」というものだった。だが、携帯のデザインは気に入ったらしく気が向いたら使うという返事をもらえたので良しとしよう。
サソリと
ハルシャはひと月ほどバーンハートに滞在して再び行方をくらました。シャルナークはそのひと月の間ずっとバーンハートに滞在して二人のことを観察していたが、彼らの消失は本当に唐突でシャルナークでさえも予測がつかないものだった。サソリと
ハルシャが滞在していたボロアパートは今まで二人の人間が生活していたとは思えないほど空っぽになった。その部屋の前で呆然としていれば、ベネットがわかっていたかのようにクツクツと笑って「あの二人の足取りはつかめねぇよ」と言う。携帯に連絡をしてもひと月に一度返事があればいい方。最初はもう一度接触をしようと試みたものの、結局何もしないほうが遭遇できる可能性が高くなることをこの数年のうちに学んだ。あの二人は自由気ままだ。気が向けば勝手に連絡をしてくる。こちらが接触をしようとすればするほど拘束されることを嫌がって逃げていく。それを追いかけるのも悪くはなかったが、そもそもインターネット上に現れもしない連中を、情報収集で集めようとする方が困難だ。
ただ、待たされるだけ。いつもは探しにいく側であったから、それが余計にシャルナークに影響を与えたのかもしれなかった。いつの間にか追う対象はサソリの傀儡ではなく、サソリ本人と、サソリにくっついている
ハルシャになって、それを繰り返すうちに
ハルシャを追うようになっていた。
シャルナークから見て
ハルシャは外部からの干渉を嫌い、そして外部へ干渉することを面倒くさがる。自分の世界観の中で生きてそれで満足している。他者と何かを高めあうこと、意識をぶつけ合い、知識を得ることに興味を持たない。自分の中で全てを完結させ、思い通りにならないことを嫌った。よく言えば自立している、悪く言えば我侭な子供だ。
ハルシャはシャルナークのことも平気で振り回すし、適当に放り投げていく。最初はサソリが養っているというただそれだけで興味があったが、一緒にいて面倒くさくないところもなかなかこちらに情報を提示しないところもシャルナークの興味を惹いたようだった。
まるで恋してるみたいだ、と一人呟いて、ようやっと自分の中の感情を理解したのは、シャルナークが
ハルシャと出会って年単位で時間が過ぎた頃だった。
2013/11/27
S.D.Sランキング参加中
