人形は頭部を潰しても動くものの、目の機能さえなくせば随分と扱いやすくなった。小さな石ころを二つ。ピンポイントで眼球にぶつける。ぐちゃっ、と音がした。噂に聞くとおり生身の人体から作られているようだ。シャルナークはそのまま、他の人形に見つからないよう建物の中から飛び出すと、視界を潰され動きを止めた人形の関節を打ち砕いた。人形は目があるときはシャルナークの攻撃に合わせて堅を行うが、目がないとさすがにピンポイントで堅を行うことは出来ないようだ。シャルナークの攻撃から若干遅れてオーラが人形を包むも、そのときには人形の関節は粉々に砕かれ、人間としての動きすらもできなくなっていた。
人形はどうやら多少であれば部品ごとにも操作できるようだが、その駆動域はかなり限られたものだ。そう恐れる必要はない。
シャルナークは他の人形に見つかる前に再び建物の中に転がり込んで、次の獲物を探す。域が切れた。それに二つ目の人形の関節を砕いたところで掠った傷から血が止まらない。小さな傷だがそれがやけに不安だった。とりあえず出血多量にならないよう、傷口を縛ってから、シャルナークは周囲の気配を探る。物音とにおいとそれから、相手の放出するオーラ。人形はただの人形ではない。サソリのオーラによって操られ、そして人形そのものがサソリとはまた異なるオーラに包まれている。最初はサソリがどのように操作しているのかわからなかったが、長いこと観察していればかすかに糸のようなものが人形に巻きついているのがわかる。あれが、操作の根源だ。だが切ろうと触れた瞬間、目を潰した人形に気付かれたから、あの糸は円の役割もしているようだった。あれに触れてはならない、と心に刻んでそれからシャルナークは掌のアンテナを握り締める。いざとなれば自分を操作すればいい。だが相手の実力は恐らく自分をオートモードで操作したのと同じか、それ以上だ。出来る限り相手の隙を狙わなければ、逃げ切ることも出来ないかもしれない。
携帯を見ればメールが入っている。クロロからだった。次の仕事の話だったが、返信をしている余裕もない。
(・・・・?)
一瞬、携帯の画面に映った文字が歪んだ気がした。それも一瞬のことだったから、シャルナークはあまり気にしなかったが、このとき傷のついた足を傷口ごと切り落としてしまった方が、まだシャルナークに勝機があったかもしれない。シャルナークは携帯を手に立ち上がる。このとき、彼の敗北はすでに決まっていたのだった。
















サソリは黙って立ち上がった。ベネットはあくびをしながら「行くのか?」と尋ねたが、サソリは返事をしない。特に何を持つでもなく、床に寝ているハルシャを跨いで店を出る。向かう先はシャルナークのいる建物だ。まさか十機がここまで追い詰められるとは思わなかったが、問題はない。
相手の場所はわかっていたから、急ぐ必要もなかった。崩れかけの階段を下りて、路地を歩いていく。随分と移動したものだ。相手の胆力と念の精度にそれなりに賞賛を贈りながら、しかしどうしてやろうかと考える。人形にするのも不愉快だ。拷問してやってもいいが、あれは拷問に対する訓練か何かを受けている様子もある。そもそも出身は一般家庭などではありえない。恐らくは札付きだろうが、その類の中にあの顔を見たことがなかったから、最近台頭し始めた集団の一人かもしれない。そこまで考えて幻影旅団という名前を思い出した。人数不詳、また盗みの対象もそのときどきだが実力は折り紙つきと聞く。集団構成員は一切不明、もしもあの男が幻影旅団の一員なら生かしておいても面白いかもしれないと思う。
おいサソリ、商品が入ったぞ!という道脇の店主の言葉を無視して右に曲がった。最上階が崩れ落ちた建物が四区画向こうに姿を現して、サソリはそれを一瞥してかすかに笑ったのだった。












シャルナークが自らの敗北に気付いたのは潰す人形の目があと一体になったところだった。足元がふらつく、視界が歪む、傷口の痛みが何倍にも膨れ上がり、心拍数が異常だった。壁に手をついて、まだだ、まだだと言い聞かせても冷や汗が止まらなかった。左足の傷口からはまだ血が垂れている。クソッ、と思ったがそのときには傷口から入った毒が完全に全身に回っていた。壁についた手ごとよりかかって、ずるずると崩れ落ちる。人形はいつの間にか目の前に居たがもう体はほとんど動かなかった。それでも痛みだけがやけに鮮明なのが不愉快だ。
人形はただただシャルナークを監視しているだけのようだ。やがてまだ鋭敏な感覚が足音を聞き分ける。それが誰のものかなど言われなくてもわかる。サソリ以外にありえない。
それからほんの数分後、想像通り赤毛の少年が現れて、シャルナークの前に立った。人形はシャルナークが瞬きする間に消える。視界は相変わらずふらふらと定まらなかったが、サソリに顎をつかまれて無理矢理視界を合わせられれば、嫌でも気だるげな赤い瞳と視線があった。


「何をした」


ここで下手な返答は無用だ。どう答えようと一瞬迷った。だがその一瞬が気に食わなかったらしく、力が抜けた掌に刃物が突き刺さる。どのような仕組みか知らないが鋭敏になった感覚が痛みを鮮明に伝え、シャルナークはかすかに声を漏らした。


「即答しろ、何をした」

「操った」


顎からサソリの手が外れる。人間にしては温かみがないな、と妙なことを思った。


「何故操った」


そんなことは知ってる、と返されなかったのは恐らく何をした、に対するもっとも合理的な答えをシャルナークが返したからだろう。返答しながら間違ったことを言えば殺される、また不合理なことは殺されるよりも腕の一本落とされると思った。だが考える間もない。事実を、言えば今はまだ殺されないだろう。


「サソリに近づくために」

「目的は傀儡か」

「俺はクグツが何か知らない」

「目的は人形か」

「目的は人形」


淡々と会話ともいえないやり取りが続く。動悸が激しく、頭がふらふらとするがサソリの一言一句を聞き漏らすわけにも、いかない。機嫌を損ねれば殺される。


「・・・・・何故ハルシャを使った」

「サソリと関連がありそうだったから」

「お前の念は生者を操るか」

「・・・・・・・」


さすがにこの問には沈黙を返すと、腕にもう一本刃物が突き刺さる。頭が割れそうなくらいに痛んだ。髪を掴まれ顎を上げさせられて赤い瞳が上から覗き込んでくる。答えろ、という圧力が沈黙のまま全身に押しかかってくる。


「試したことはないけど基本的には生きた人を操る・・・」


それは事実だ。サソリは満足したのか半ば投げ捨てるようにシャルナークの髪から手を離す。自分でも頭を支えきれずに下を向けば、自分の血が水溜りのようになっていた。


「・・・・最後だ」


もうサソリの顔を見上げることも出来なくて、俯いたままじっとしていた。心臓の拍動に合わせて貫かれた腕が痛む。


「お前は、幻影旅団の一員か」

「・・・そう・・だけど・・・」


さすがにこの質問はシャルナーク本人も予測していなかった。若干しどろもどろになりながら答えると、サソリは満足げに鼻を鳴らして、それから気配はぷつんと消えてしまう。殺されなかった。シャルナークは久々に味わった恐怖と窮地に自嘲しながら、無事だった左手で右手に突き刺さったままの刃物を引き抜いた。そのときにまた猛烈な痛みが走ったが、早く止血しなければ命に関わる。体を起こす気力もなくて、血の海の中に倒れこめば金髪が赤黒く染まった。
気付けばちょうど手の届く範囲に注射器が落ちている。中に入った液体は無色透明、使用されていないそれがなんだかは何となく予想がついた。サソリに対するシャルナークの答えは彼の満足の行くものだった。だから、殺されなかった、そして恐らくこの注射器の中に入っているのはシャルナークの体を支配する毒物の解毒剤だ。この毒はやがてシャルナークを殺すのだろう。徐々に大きくなっていく痛みの感覚が、それを鋭敏に物語る。シャルナークは痛みに耐えて注射器に手を伸ばすと、それを何処でも構わず突き刺して、それからことんと寝入ってしまった。






2013/11/26

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