シャルナークが赤砂のサソリの名前を聞いたのはそれが初めてのことだった。調べれば表世界では人形造詣師の端くれとしてそれなりに名のある人物だ。死体を人形に造りかえるために本当に一部のマニアの間で人気なようだが、ある時期を境にサソリは人形を作らなくなったらしい。ちょうど時期を同じくして裏世界でサソリが名を馳せるようになっている。
(齢は35・・・・これは、昔の写真か)
バーンハートではないどこかで撮影されたその写真は、サソリの横顔を映し出していた。血よりも濃い赤い髪と白磁のような肌は、まるで人形のようだ。その写真の年齢は少なくとも15前後の少年のもののようだった。人形師としてはそれなりに昔から有名だったから、当時のファンが撮影したものなのかもしれない。
カチカチと携帯をいじりながらさらに情報を探せば、やはり現在は裏世界で有名な人間だけあり、賞金稼ぎハンターの情報サイトでガセも含む様々な情報が溢れ出てくる。ハンター資格取得済み、サソリ受験と同時期の受験者はサソリを除いて全員死亡、幼い頃から人形師としての天賦の才を持つ、操作系念能力者、人傀儡、ゾルディック家との関連あり、年をとらない・・・・・一通り情報を眺めてシャルナークは一息つくと、次にサソリの居場所を探し始める。あそこの店主の話が嘘でないならば、サソリの人形を探し歩くだけ無駄だ。本人に直接交渉するか、最悪盗むしか手に入れる方法はないだろう。
シャルナークとしては出来ればその性能についても詳しく知りたかったから、本人に直接会うことが好ましかった。そもそもオーラを留めると言ってもシャルナークとはやはり毛色の違うタイプの操作系であることは確かだ。実際に使えるかは実物を良く見てみないことには始まらない。金で手に入るならそうしたかったが、そうもいかないのなら本人に直接話を聞くしかないだろう。シャルナークにしては珍しく行き当たりばったりの行動だったのだが、今回に限って言えば彼はかなり運が良かった。
サソリが、バーンハートを訪れたのはそれからわずか三日後のことだった。




















ぽかんと口を開けたまま薄汚い路地から上を見上げるハルシャにサソリの怒声が飛んできて、ハルシャは慌てて駆け足でサソリを追った。今まで色んなところを旅してきたが、このような複雑に入り組んだ町は始めてみる。つぎはぎだらけの建物が次はどのように繋がっていくのだろうと目で追うも、前方不注意でサソリの服の裾を踏んづけ睨まれた。


「何してやがる。行くぞ」


ヒルコの中からくぐもったサソリの声が聞こえる。「はぁい」と腑抜けた返事をすればヒルコの尾がハルシャの頚動脈をめがけて振り下ろされた。後ろへ一歩下がると尾は空を切ってそれから元の位置に戻る。慣れたものだった。こうして時折殺気を向けられるものの、ハルシャは今の今まで一度もサソリの置いていかれたことがなかったので、さほど恐怖は感じていなかった。
少しだけ助走をつけて走ると、そのままヒルコの背に飛びつく。サソリが舌打ちをしたのがわかったが、ヒルコの上は居心地が良かったのでハルシャは歩くのに疲れると大抵そこに座っていた。今回は周りの風景をよく見たかったのでヒルコの上に座ることにしたのだった。
錆びた階段を登って、登って、下りて、奇妙に繋ぎ合わせられた空中廊下を辿って、もう元来た場所には戻れないだろうとハルシャが思うようになった頃、サソリはようやっと一つの扉の前で止まった。


「降りろ」


ずるずると滑るようにヒルコの背から降りる。


サソリはそれを確認してからヒルコを脱いで、錆ついた扉に手をかけた。最早枠にはめ込んであるだけのようなそれはサソリが力をかけるとがたんと外れて倒れてくる。慌てて避ければ向かいの鉄柵を巻き込んで下に落ちていった。


「おい!てめぇ何してんだクソヤロウが!!」


扉のなくなった、部屋の置くから怒声が飛んでくる。


「うるせぇカス。扉の一つも修理しねぇてめぇが悪い」


サソリは怒声に負けず劣らずの口の悪さで言い返すと、何も言われていないのに勝手に中に入る。


「相変わらず小汚いガキだな」

「老害は黙ってろ」


奥から出て来た初老の男性は、不機嫌そうな表情で手に持った蝋燭を机の上に立てた。


「ベネット、RO-14、それから478番と546番が欠けた」

「見りゃわかる」


ベネットと呼ばれた初老の男性はサソリの言葉に鼻を鳴らす。そして壁に並んだ数の多い引き出しをぐるりと眺めてから、淀みなく引き出しを開けて中からネジといくつか見慣れぬ部品を取り出してサソリに投げてよこした。


「新しいもんは入ったか」

「いや、仕入先がこの間死んだからな。いいもんが手に入らん。それよりハルシャ、おめぇ飴とチョコレートどっちがいい?」


不機嫌そうな表情はそのまんまだが、ポケットにつっこんだ手に取り出したのはファンシーな包み紙の飴玉だった。


「飴!」


ハルシャが答えればベネットは器用に片手で飴の包み紙を取り去ると、ハルシャの口の中にぽんと飴玉だけ押し込んだ。もごもごと飴玉を舌で転がしながらハルシャは何か言ったようだが、うるせえとサソリに睨まれて黙り込んだ。それからすぐにガリガリガリ、と飴を噛み砕く音がして、ハルシャがサソリの袖を引っ張る。


「外遊びに行ってもいい!?」

「・・・・・・"右腕をよこせ"と言われたら」

「"左の小指ならあげる"!!」

「勝手にしろ」


サソリはそう言って虫でも払うような動作をする。ハルシャはやった!と言ってそれからドアのなくなった部屋から走り出て行った。とん、かん、ゴシャァァガラガラガラ・・・・どうやら階段の一つが崩れたようだった。


「でかくなったな」

「煩くて仕方ねぇよ」


そういってサソリは暗いにも関わらず手首のつなぎ目をじっと見つめ、それから眉をしかめた。


「オイル寄越せ」

「俺に命令するんじゃねぇ」




















はまり込んだゴミ箱から抜け出すのに多少苦労したものの、それからの探検には支障はなかった。あちらこちらぴょんぴょんと跳ね回りながらハルシャは店を除いて路地に入って、あちらこちらを興味深々といった風に覗き込む。サソリがあえてベネットの店まで遠回りして行ったのは、ハルシャを自分の連れだと知らせるためだったが、当の本人は気付くはずもない。ほとんど合言葉を聞かれることなく歩き回れることに疑問を持つこともなく、露店に並べられた作り物の腕を覗き込んだ。


「ガキ、てめぇサソリの連れか」

「うん、父さんと一緒に来た」


話しかけてきたのは店主の方なのに、ハルシャの一言で店主は飲みかけのコーヒーを噴き出した。


「父さん!?」

「父さん」


ハルシャは腕の関節をいじくるばかりで顔を上げない。


「あいつにガキがいるとは知らなかった・・・・・おい、シャルナーク、俺はここまでだ」


後は勝手にな、と店主が奥に引っ込んだところで、ハルシャは顔を上げないまま、じっと動きを止めた。沈黙が流れる。その沈黙はやけに肌を刺すぴりぴりとした空気を纏っていたから、ハルシャはただ相手が動くのを待っていた。店の奥から何か飛んできて、ハルシャはしゃがみ避ける。そのまましばし身を潜めていれば奥で動きがあるのが感じられた。
まだ円は使えない。だから空気の動きとかすかな物音を頼りにハルシャは相手の様子を探る。そしてそっとホルスターに収まった銃に手をかけた。手に合わぬサイズの銃は重く照準を合わせるのが難しかったが、ハルシャの念があれば銃口がきちんと相手に向いていればそれだけで十分だった。店の奥から相手が飛び出してきたタイミングを見計らってハルシャもまた地面を蹴ると、銃を相手に向ける。そして引き金を引いた。
銃弾はパリィン、という高い陶器が割れる音を残して壁にめり込んだ。撃つべき相手を誤った、とハルシャが気付いたときにはすでにシャルナークがハルシャの真後ろに回りこんでいて、残ったもう一本のアンテナをハルシャの首筋に刺す直前だった。
視界が暗転して、ハルシャはそのまま薄汚い地面に倒れこむ。ハルシャが完全に動かなくなったことを確認してから、シャルナークはハルシャに近づき首筋のアンテナを彼女の髪でさりげなく隠してから携帯をいじる。
数秒後、ハルシャがゆっくりと目を開いて、それから立ち上がった。


ハルシャ?俺はシャルナーク。早速だけどサソリのところまで案内してくれる?」

「ウん」


意思のない目がゆっくりと頷いた。







2013/11/13

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