(回想)

バーンハートは人形師の町と異名をとる、アテネのもう一つの顔であった。そこに集まった者たちは皆念能力者、しかもその大半が操作系の念能力者である。いつどこが中心となり誰からこの町が作られていったのかはわからない。町の歴史など当てにならない人の記憶の中にあるのみで、書物に残されていない。それもそのはず、ここは念能力者とはいえ表世界で何かしら犯罪を犯した実力者達が集まっているところなのだから、足がつくような情報が残されているはずもなかった。彼らは同じ場所に住みながらお互いに干渉することなく生活をしている。ごちゃごちゃと積み重なるように次から次へと拡大されていく町には、最低限の衣食住が保障される程度には物が揃っており、隠居するには随分と胡散臭いところと言うほかなかった。だがそれ以上に魅力的な操作系念能力者に関する情報がこの町には溢れていたから、常に情報収集に余念のない犯罪者達にとっては素晴らしい環境であろう。
シャルナークがここを見つけたのは本当に偶然だった。幻影旅団の大きな活動が一段落着いて、特にやることもなくふらふらとネットで面白い情報を探していたところ、バーンハートの名を見つけた。一度入れば二度と日の目は拝めないと脅すような一言が書いてあったが、むしろそれがシャルナークの興味をそそる。
(ってことはつまり閉鎖的な空間か、入ったら帰って来れないかのどっちかかな)
一通り調べたものの結局ネット上で大した情報は得られなかったから、結局シャルナークは百聞は一件にしかずとばかりに実際にバーンハートに行ってみることにしたのだった。だが勿論、シャルナーク本人が潜入するわけではない。そもそもシャルナークの念はこのような潜入操作でもっとも力を発揮する。
シャルナークの念能力である「携帯する他人の運命(ブラックボイス)」は、リモートとオートに分類される。リモートは自分のタイミングで何らかの行動を起こしたいときに、そしてオートは操作被害者本人に近い行動や、簡単な行動を繰り返させたいときに使用する。オートの中でも被害者本人の意識をより強く反映させる形で念を発動すると、どうしても深くシャルナークのオーラを注ぐことができない。そのため同じ念能力者相手にはほとんど使うことができないという欠点があった。
バーンハートに出入りするもので、かつ念能力者として成熟していないもしくは念能力を使えないものを探すのに苦労したものの、それらを成し遂げたシャルナークは必要分の情報を全て集めてから堂々と表からバーンハートへ足を踏み入れたのだ。バーンハートの情報が表に出ないのは、中にいる住民の多くが閉塞的なこの空間を好むからであり、何も知らずに興味で入って来た者たちは皆、殺されてしまうからである。古典的な合言葉でお互いを識別しているようで、合言葉さえ知ってしまえばさして怖くもないところだった。
乱雑に組み上げられた建物の間をすり抜けるようにして適当に歩いていく。広く感じるのはひどく街の全体像がわかりにくい構造をしているからだろう。シャルナークは今ここがどこなのかもよくわからなかった。足元を見ると石畳が黒く染まっていた。血か、と思って顔を上げた先には描写するにもおぞましいものを売る店があったから、シャルナークは記念に携帯で写真を撮る。


「・・・・・肝が据わった兄ちゃんだな」

「そりゃ、もっと色々見てるし」


あはは、と金髪を揺らして笑うと、店主の老人もケケッ、と欠けた歯を見せて笑う。


「兄ちゃん、ここへ来るのは初めてだろう?」

「わかる?」

「見たことねぇ顔だ、だがこの町のルールをよく知ってるなぁ」


老人の言葉を勝手に褒め言葉と都合よく解釈して「そりゃどうも」と投げやりな答えを返す。老人はそれきりとんと黙り込んで、シャルナークもまた早々に興味を失ってまたふらふらと適当に歩き始めた。ひとつの店で長話をするほど、この町に興味があるわけではない。かといっておおよそ様子がわかったからさっさと出て行くにはまだ興味があった。
血まみれの露店の隣に食べ物を売る商店もあって、その妙な取り合わせが滑稽だった。その様子はどこか流星街を思わせる。勿論、こちらは町と称されるだけあって流星街よりも遥かに整った町並みをしていた。水溜りの多い道で、時折すれ違う人たちもまた、「人」であるように思えた。
バーンハートにはホテルはなかったが、空き家はどうやら勝手に使っても問題はないようだった。雨風しのげそうなところに居を構えて、必要なものをある程度運び込めば、本当に静かで居心地のいい空間ができる。人が少ない分喧騒もなく、そしてわずらわしい人間関係に悩まされることもない。またこの町へ流れ着く連中には犯罪者が多いようで、逐一詮索されないのが気分が良かった。足元の石の欠片を蹴り飛ばして部屋の隅にやってから、シャルナークは携帯をいじってまた何か面白そうなものを探した。ここ数日の間、適当に町中を歩き回ってこの町の全体像はおおよそ把握してしまったので、もうこれ以上探索する場所もない。あるとすれば次は露店の商品だが、どうにもこうにも血なまぐさいものばかりで触れる気がしなかった。それにあれら露店の商品は皆死体ばかりで、死体を操ることができないシャルナークにとっては無用の長物である。


「ねぇ、ここって死体以外のものとか売ってる店ってないの?」


これでないというならそろそろおさらばするか、と思っていた日のことだ。シャルナークは目に付いた店に適当に入って暇そうにしていた店主に声をかけた。


「ねぇな」

「そっか。そんならいいや」

「兄ちゃん、死体は操れねぇってわけか」

「うーん・・・ま、そうだね」


カタカタと壁にぶら下げられた人形が笑った。ここの店主の念はどうやらシャルナークと違い無機物でないと操れないようだった。壁際の棚に並んだ人形は皆陶器の肌だ。


「ナマモノを扱う店に行きな。あそこには生きた人形がいる」

「生きた人形?何それ」


随分と矛盾した表現だ。シャルナークが聞き返すと店主はよほど暇していたのか、それとも何か他に理由があるのかその生きた人形についてゆっくりと話し始めた。

「・・・・・この町に巣食ってるのはどいつもこいつも表の世界で生きていけねぇような犯罪者ばっかりだ。しかも操作系の念能力者ばっかりのな。独自の規律があるから、町の中で争いはないがな。まぁ、そいつはともかくよ、操作系の念能力者には生きたものを操るようなタイプと、生きてないものを操るタイプの二種類がいるって知ってるか?」

「まぁ、それぐらいは」


これはあまり明瞭に区分されるものではない。実際のところ生死に関係なく操作できるものもいるからだ。シャルナークは質問の意図が掴めず適当な返事を返す。


「この店の人形は元から人形として作られたもんだ。だがな、生身の人体から作られた人形を兄ちゃんも何度か見ただろう?あれの中には特殊なやつがある」

「特殊?」

「そうだ。生身の人体から作られた人形は、肌や髪は生身のものだが、通常なら死体と同じ扱いだ。だがな、生身の人体から作られた人形の中には、生前のオーラを留めたもんがいるんだ。生き物を操るタイプの念能力者は対象のオーラに干渉して操作する。生前のオーラを留めた人形は、生きた人間と同じように操作が可能だ。逆に人形である分操作はしやすいって話だ」


ま、俺には関係ないがな、と笑う店主を他所にシャルナークの頭はすでに猛烈なスピードで回転していた。
シャルナークにとって自分の念能力は非常に扱い勝手がよいものであったが、一方で、これ以上の進展を望めないものでもあった。勿論現状でなんら問題を感じてはいないが、武器は多い方がいい。特にシャルナークのように実力が物を言う世界では、同じ場所に留まっていればいつか必ず置いていかれる。だから生きた人形というものは非常に面白い話であった。


「それ、どこで売ってるって言ったっけ?」

「生身の人体を置いてる店なら、店主に聞けば・・・・運が良けりゃ教えてもらえるだろうよ。ただし寿命は長くて半年だがな」

「えっ?半年?」

「恒久的にオーラを人形に留める術がそうそうあると思ってんのか?どいつもこいつも確かにそれを目指しちゃいるが・・・・実現できた奴は一人だけだ」

「一人?じゃ、半永久的にオーラが人形に留まってる奴もあるんだ?」


シャルナークが聞き返せば、まぁなと店主は答える。


「店にはまず出回らない。闇オークションに出れば億単位で金が詰まれるような代物だ。といっても闇オークションで見たのも随分昔の話だ。出されたのは贋作だって話もあるしな」

「造詣師って、誰?」

「お前も多少人形に興味があれば聞いたことあるんだろうよ。世界屈指の人形造詣師、"赤砂の"サソリだよ」







2013/11/13

S.D.Sランキング参加中