ハルシャは荒い足取りで錆び付いた階段を上っていく。所々に穴の空いたその階段は、
ハルシャが一歩足をかけるごとに嫌な音で軋んだ。五年以上前からはずれかけたネジもそのままの階段は五階まで続いていたが、その先は崩れ落ちていた。
ハルシャは非常扉から建物の中に入ると、今度は中の階段を使ってさらに上の階に上る。
薄汚れ、非常灯もほとんどないそのアパートは七階建てで、
ハルシャはその七階まで上ると一番奥の部屋の扉の前に立つ。息も荒く、苛立ち露にして扉に手をかけるとガチャ、と鍵のかかった音だけがして
ハルシャは瞬間的に扉を蹴りつけた。
「シャルナーク!!!!開ーけーろ!!!」
扉を蹴ること三度。そのうち中で音がして、誰かが扉を内側から開錠する。その瞬間、
ハルシャは思い切り扉を手前に引いた。
「わっ!!ちょっ、あぶなっ!!」
金髪の青年、シャルナークが思わずそう叫んだのは、突如扉を開け放たれたことに対してではないだろう。抜き放たれた銃口は、扉を開いた先のシャルナークの眉間をピタリと狙っていて、それがシャルナークに照準を合わせた瞬間火を噴いたから叫んだのだ。とはいえ驚異的な反射速度でそれを避けたシャルナークに怪我はない。
「なんだよ
ハルシャ、なんでそんなにご機嫌斜めなのさ」
ぷくっと頬を膨らませる様子は、どこか可愛げがある・・・・・というのは彼に恋する女性の話であって、
ハルシャはそんなシャルナークをぎろっと睨みつけただけでずかずかと部屋の中に入っていってしまった。
「ちょっと!俺の部屋!」
「わ た し の部屋!」
シャルナークが背後から
ハルシャにかけた言葉を、丁寧に訂正して、
ハルシャはリビングに入った。そして冷蔵庫の扉を開ける。
「私のゼリー!!」
ハルシャは開けるや否や叫んだわけだが、シャルナークもそれに負けじと怒鳴り声で返した。
「はっ?ゼリー?何言ってんのさ!そんなのなかったし!」
「買ってきなさい!私の!」
ぷん、と拗ねてしまった
ハルシャはさすがにどうしようもなかった。明らかに理不尽すぎる要求だが、人の部屋を勝手に改造されてさぞかし不愉快だったのか、完全に機嫌を損ねた彼女を言葉で宥めるのは面倒だ。要するに通訳するとゼリーが食べたいから買ってこいというわけなので、シャルナークはそのまま玄関から外に出て、近くのスーパーに向かったのだった。
何故こんな町で開業しようと思ったのだろうか、とシャルナークはそこそこ品揃えのいいスーパーでゼリーと合わせて本日の夕飯の材料を買い込んだ。時々怪しげな商品も見かけるが、食材の鮮度もそこそこいい。ビニール袋を片手に部屋に戻ると、
ハルシャは今度はリビングの向かいにある寝室に居た。戸口に背を向けて何をやっているのかとシャルナークは覗き込んで、苦笑する。どうやらシャルナークの持ち込んだパソコンのパスワードを解読しようとしているようだが、上手く行かないらしい。
「何?腹いせで俺の大切なデータバンクぶっこわそうっての?
ハルシャじゃ無理だよ」
そもそも背の高くない
ハルシャは椅子に座ってしまうとさらに小さい。シャルナークはちょうどいい高さにある
ハルシャの頭に手を乗せてその上に顎を置いた。
ハルシャのキーボードを叩く勢いが増して、今にも壊しそうな勢いだが、いくらエンターを押したところでパソコンはアカウント情報を読み込もうとはしなかった。
ふざけてる、ふざけてる、と呟きながら
ハルシャはキーボードを窓から放り捨てた。すでに窓ガラスは粉砕していて、多分先にマウスが犠牲になったのだと思う。続けて画面まで外に捨てようとしたらさすがにシャルナークが止めに入る。
「ゼリーは?」
「買ってきたってば!」
ハルシャはそれを聞くとシャルナークの手からビニール袋を奪ってリビングに向かった。シャルナークはずれたパソコンの位置を直してから、彼女を追ったが、すでに
ハルシャは二つ目のゼリーに手をつけたところで、シャルナークの分はなくなっている。
「で、なんでシャルナークがまた不法侵入してるわけ?」
先ほどまでのゼリーだの、窓ガラスをぶち割ってパソコンを捨てる行為だのは一切合切この不法侵入が不愉快だったためであって、怒りをそこそこ物にぶつければ禍根は残らない。いつも通りの口調でそんなことをシャルナークに問うと、彼もまた慣れたように「別に」と答えた。
「ちょっと暇だったから
ハルシャを探してみようと思って」
ハンター試験出てたの?と聞けば、まぁという曖昧な返事が返ってくる。
「なんか父さんに置いてかれたから一応受けてきた」
「ま、
ハルシャなら受かると思ったよ」
最初からハンター試験に応募されていたことも、そして合格していたことも全部知っているから聞く必要もなかったのだが、これが
ハルシャとシャルナークの挨拶のようなものだ。
ハルシャも勿論シャルナークが自分の情報を集めていることを知っているので今さら驚きもしない。ゼリーを全部食べ終わって、ビニール袋にゴミを詰めると、部屋の隅っこに置いてあるゴミ箱(仮)に投げ入れた。
バーンハートにある
ハルシャのこの居室は、一応人が住める程度には整えてある。まるでスラム街も同然の装いの町であるが、それはあくまで表通りだけだ。一歩裏通りに入ると、一気にガラは悪くなるも人の生活空間はそれなりに整った環境が広がっている。上に横に下にと次から次へと付け足されたような家々は、景観こそよくないが、それでも衛生面ではそれなりといったところか。少なくともシャルナークが育った流星街よりはよっぽどマシだった。
基本的に一所に定住しない
ハルシャは、唯一このバーンハートには部屋と呼べる部屋を持っている。そしてバーンハートに来るたびにここを活動拠点とするのが常だった。そこにシャルナークが転がり込むようになったのはつい数年前のことであった。
2013/08/25
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