ともすれば迷い込んだ何も知らない一般人にも見える
ハルシャは、あまり迷うことなく道を選んでいった。通常、一般人が入ればこの町の(正確にはスラム街の一画なので町と言うのはおかしいが、皆ここをアテネとは違う「町」と呼ぶのでそれに習うとしよう)住人達の餌食になりかねないが、ここまで来る途中もそして来てからも彼女の前を遮るものは誰も居なかった。
ほとんど灯りのない暗がりの中で蹲っている店主たちはぶつぶつと何か呟きながら商品に触れている。店の前を通る
ハルシャの方を時折ちらりと見るものもあったが、大抵は気味の悪い笑みを浮かべるかまた視線を逸らすかのどちらかだ。
ハルシャは地面にすら張り巡らされたパイプをまたいで、時々階段を上って、ようやっと一つの扉の前で立ち止まる。およそ二階ぐらいの高さにあるのだろう、空中廊下の張り巡らされた端っこにそれはあった。扉の上には「__...工房」と書いてあるのが辛うじて読み取れるばかりだ。ショーウィンドウもない、看板もはげているそこは店だと言われなければ気付かない。だが知っている人は知っている。
ハルシャは取っ手に手をかけ力を込めた。開かない。
もう一度力を込める。
開かない。
ハルシャは息を大きく吸い込んだ。
「じっちゃぁぁぁぁん!!!!!開かなぁぁぁい!!!!」
周囲の家々に木霊するが、窓から顔を覗かせるような奇特な輩はいない。やがて扉の向こうでなにやら人の気配がして、次の瞬間扉は猛烈な勢いで外に開いた。ぼけっとつったってたらそのまま空中廊下から地面に真っ逆さまに突き落とされるであろう。だがさすが、と言うべきか
ハルシャはそれを一歩左にずれることで避けて、扉は突き落とす相手を見失い、そのまま壁に激突した。
「うるっせぇぞこのはねっかえりのバカ娘。ちったぁお行儀よくするってことを___」
恐らく中からもきちんと開かない立て付けの悪い扉を蹴り開けたのだろう、白髪のその老人は眼鏡の奥で不機嫌そうな目をしながら
ハルシャに向かって言うが、当の
ハルシャはさっさと老人の脇を通り抜けて店の中に入ってしまう。
「おい!おめぇ
ハルシャ!!また傀儡壊しやがったのか!!」
ハルシャは表よりは店らしい店内で、がさがさと棚を漁っている。
「b-69、b-687のネジが行方不明で、あと腕が取れたヤツが何体かいて、あとねー・・・・」
ハルシャが言い終わる前に、老人は
ハルシャが勝手に壁から抜き取った引き出しを奪い取る。そしてその中身を手暗がりのままに漁り、いくつかのネジを取り出した。
「名札なんざついてねぇんだ。おめぇじゃわからねぇよ」
「わーい」
手の中に転がったネジをポケットにねじ込む。代わりの札束はポケットに乱雑に突っ込んでいたせいでだいぶぐしゃぐしゃになっていたが、金は金だ。その価値が変わることはない。
老人は幾分多いその金を受け取ると適当に机の上に放り投げた。そもそもお釣りを払う気もないのは、
ハルシャが持ってきたその金が真っ当なものではないことを知っているからだ。
老人の名はベネット。この薄汚い店の店主であり、同時にサソリの旧友でもある。故に、
ハルシャのことは彼女が随分と幼い頃から知っているのだ。
サソリとベネットの出会いには色々あったらしいが、少なくとも最初は一方的にベネットがサソリの傀儡術に惚れたらしい。正確には、傀儡術ではなく傀儡人形作りなのだが、細かいところは今は特に肝心な部分ではないので省くことにする。とにもかくにも、偶然この人形を取り扱う店にサソリがやってきたことによって、サソリとベネットの交流は始まり、今でもそれは続いていた。
サソリは基本的に気まぐれにこの店を訪れたから、二人の付き合いの長さははっきり言って短すぎる。だがベネットとてバーンハートの人形師、しかも昔はそれなりにやらかしていたため人形の扱い、念の扱いにはかなり長けている。そのためもあってか、いつの間にかベネットの店にはサソリが扱う傀儡の部品を詳細に取り揃えた、いわばサソリ専用の傀儡部品店へと生まれ変わった。
ハルシャがここを訪れたのは一つはハンター試験から続く連戦で壊れた傀儡を集中的に直すため、そしてもう一つは現在絶賛行方不明中のサソリの行方を捜すためである。そんなわけで、欠けたカップで一服しながら、ベネットにサソリの行方を尋ねたわけだが、ベネットの口から出て来た回答はにべもないものだった。
「おれがあの赤毛の行方なんざ知るわけねぇだろ」
何か隠しているわけでもないだろう。サソリは本当に行かないときは一年以上も音沙汰なくなる。ベネットがその間何をしているかについて、
ハルシャは知る由もなかったが、サソリがベネットの店を訪れると悪態をつきながらもそれなりにベネットが楽しそうにしていることは知っていた。だからこの不機嫌さは、紛れもなくサソリがここへ来ていない証拠だ。
欠けたカップで唇を切った。唇を舐める仕草が、ベネットからは悔しそうに見えたのか知らないが、慰めるようにため息と言葉がかけられる。
「まぁ、なんだ。サソリにも制約と誓約があるからな・・・」
正直悔しいというよりもすごく痛い、というのが先立ってまるきりベネットの話を聞いていなかった
ハルシャはある程度して血が固まったところで顔を上げる。
「父さんが行きそうなところとかは?」
「・・・さぁなぁ。ただあいつの人傀儡は裏社会でもかなり人気の代物だろう。操作系念能力者にとっちゃ、何の制限もなく動かせてしかもオーラが半永久的に宿っている人形なんて喉から手が出るほど欲しいもんだ。次のオークションで、奇妙な人形が出回るって話もあるしな。もしかしたらヨークシンでサソリの手がかりは・・・つかめるかもしれねぇなぁ」
よくそこまで縁の欠けてしまったカップで酒が飲めるものだと思う。何せあちらこちらでぶつけて欠けた跡は鋭くて、簡単に皮膚を切ってしまう。唇にいくつか出来たかさぶたにため息を吐いて、
ハルシャはカップごとゴミ箱に叩き込んだ。ナイスコントロール。中身はなくなったといえど、普通にカップを捨てられたことに対しベネットは何もいわない。
「そういや」
ゴミ箱に落ちていくカップの軌跡を眺めながら、ふと今まさに思い出したかのようにベネットが呟いた。
「あのいけすかねぇ携帯野郎がおめぇのこと探してたぞ」
2013/05/20
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