体を支える足という器官が損傷を受ければ姿勢が悪くなるのは当然だ。そして戦闘において姿勢が保てなくなるほどの傷を負えば、どちらが不利かは明らかである。
自己操作の上でも駆動が鈍くて、ヒソカに首をつかまれてもう一度地面に叩きつけられる。吐き出そうとした息は全て押さえられた気道の中で止められて、口から出たのはうめき声だけだった。
ヒソカの目は笑っている。だがその笑みは余裕があるときのそれではなく、興奮が極限にまで達したときのそれだ。あっ、これはまずいと思ったが息が続かない。酸素が入ってこないせいで視界が朦朧とする。
ヒソカの左手に硬質なトランプがあるのが見えたが、避けることが出来なかった。審判の声が遠くでヒソカの勝ちを告げたようだが、それでもヒソカが止まることはない。
これは、まずい。とさすがにハルシャも死を覚悟したわけだが、その後の展開は彼女にとってもそして恐らく全方位からハルシャとヒソカの戦いを見ていた観客も不可思議なものだったろう。
もう止められないと思われたひそかのトランプだが、そのトランプは彼自身が唐突に動きを止めることで、ハルシャは喉をかききられずにすんだ。首を絞めていたヒソカの右腕もゆっくりとハルシャから離れていく。その隙を逃さずにハルシャは後方へ退いたわけだが、もう戦う必要はない。この戦いの勝者は、ヒソカだ。
だがその当人は立ち上がり少しだけふらつきながらハルシャから離れていく。その様子がどうもおかしくハルシャは表情をしかめたが、次の瞬間にはいつも通りのヒソカの目がハルシャを見たので、ほんの少しの疑問を残したままハルシャはもう一度地面に転がった。


「い・・・・痛い」


それからすぐ担架で医務室に運ばれたようだが、ある程度安全を確保した時点で寝るに徹したハルシャはその辺りの細かいことを知る余地はなかった。


























何にせよ敗北は敗北なので、ハルシャは医務室のベッドの上でむっすりとした表情のまま天井を見つめている。その横ではヒソカがいつも通りにこにこと笑みを浮かべているから、それも余計ハルシャの癪に障ったのかもしれない。


「ごめんね♣ちょっとやりすぎちゃった」


その謝罪の言葉には、申し訳なさよりもこの状況を心底楽しんでいる節があったが、それもまたいつものことである。


「すっかり動きがよくなったもんだからつい興奮しちゃった・・・・♥」


目を細めたヒソカの言葉にハルシャの殺気が部屋に満ちる。カチャン、と部屋の隅に据えられていた傀儡がゆっくりと立ち上がった。先ほどのヒソカとの戦いで腕がもげ、顔にあたる部分の半分も欠損している状態だが、核がある以上傀儡人形として問題はないのだ。恐らくは彼女が布団の中から動かしているのだろう、傀儡の動きにヒソカも座っていた丸椅子から立ち上がる。


「今度は・・・一切の制限のないところで君と戦いたいよ♠」


ヒソカはそれだけ言うと、ハルシャの寝ているベッドを軽く飛び越して、医務室を出ていってしまう。ハルシャはそれが少々拍子抜けだったのか、掛け布団を少しだけずらして目だけ覗かせ、彼が部屋から出て行くのを確認した。
(・・・・絶対もう一戦くると思ったんだけどな)
このときハルシャが周到に念糸を張り巡らせ、「巣」を作り上げていたのなら、医務室の外の廊下にもう一人、ヒソカではない誰かがいたのに気付いただろうが、あいにくと疲れて眠たかった彼女はわざわざ円の範囲を広げることもなくそのまま眠りに落ちたのだった。



















「なんだ、君か♥なかなか悪くない殺気じゃないか」


医務室前はヒソカがうろついていたせいか誰もいない。それどころか医者も看護師もいないとはどういうことか。少々職務怠慢な気もするが、狂気染みたヒソカの言動を見れば多少同情の余地もあるというものだ。
ヒソカは扉を閉めて人の気配のない廊下をごく普通の足取りで歩いていったが、ふいに立ち止まって、廊下の影に目をやる。
沈黙、しばらくして、影が動き明りの下に姿を現したのはついこの間までハルシャに念について師事していたイタチだった。


「さっきの、あれ、君だろ?あれが君の念?」

「・・・・」


イタチはやはり沈黙を守ったままだったが、落とした視線をふいにヒソカに向ける。
ヒソカはイタチと目を合わせて、まるで快感に打ち震えるように体をかすかに揺らし、そして真っ赤な舌で唇を舐めた。


「ああ・・・イイよ・・・♣君のそれは・・・・操作系か・・・・♥」


イタチの目は真っ赤に染まっていた。だがそれはクルタ族が興奮した際に見せるそれとは違って、もっと濃く深く、それを美しいと表現するかは人によるだろう。赤い目の中央にはまるでマガダマのような独特の模様が浮き上がっている。
ヒソカはごく自然に目を瞑った。ずっと見ていると何かに飲み込まれるような錯覚に陥る。感覚がおかしくなって、自分の体が自分のものではなくなってくるような気がしてくるのだ。
先ほどの試合中、唐突にヒソカが動きを止めたのは、観客席にいたイタチのこの瞳がかすかに視界に入り込んだからだ。その瞬間、何かに全身を支配されたかのように体が動かなくなり、そしてその束縛が解けた頃には冷静さが戻っていた。十中八九操作系の念能力、と判断しての問いかけだったのだが、イタチは何も答えない。そして気配の中でイタチがヒソカに背を向けてどこかへ去ってしまうのを確認し、ヒソカは改めて目を開けた。
誰も居ない廊下には、先ほどまでイタチが居たという痕跡もない。が、試合中に感じたあの大きなオーラの塊は確かに彼のものだ。


「また、面白い玩具を見つけちゃった・・・♣」









2013/05/19

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