つくづく運がないのは生まれつきなのだろうか。ハルシャは純粋無垢なゴンとズシの視線移動に気付いてちっと舌打ちをした。
自分でも随分と無茶な態勢なのは承知の上だが、本来安全な場所に陣取って奇襲攻撃を仕掛ける傀儡師としては天空闘技場というこの空間は狭すぎるのだから仕方ない。
ハルシャは今、天空闘技場天井を支えるため縦横無尽に張り巡らされた鉄の棒にぶら下がっている。勿論手ではなく足で逆さまに、だ。リングを照らす水銀灯は猛烈な熱を発し、ハルシャの額に汗が滲むが、零れ落ちたその水滴はリングに達する前に散ってしまう。戦場を上空から俯瞰できるその位置は激しい熱気と宙吊りにならなければならないという物理的な弊害を除けば、傀儡師にとっては悪くない隠れ家だった。
ヒソカはどうしたってハルシャの傀儡を注意しなければいけないから自然と意識は下に向く。さらにハルシャは上空へ飛ぶ際にヒソカの視線を上手いこと下方へ誘導していたから、ヒソカからすれば上空へ隠れるという選択肢すら思いつかないだろう。
傀儡が現れると同時に、自らの気配を絶で断ち放出したオーラを隠で隠しつつ上方へ跳ぶ。操作系と同様放出系の念能力も得意であるハルシャからすればオーラで天井まで飛び上がるくらいのことは朝飯前である。大げさな傀儡のパフォーマンスは一瞬とはいえ相手の意識をどうしたって惹きつけてしまう。その隙を逃さなければ姿を消すことはさほど難しいことではない。
上手く隠れられた分、見つけられたときの衝撃は大きい。これだけの数の人間がいればその全てから身を隠すのは難しくなるから、見つかる可能性も頭の片隅に置いていたがそれでもほんの一瞬反応が遅れる。
いっそ飛び降りればよかった、と思ったがすでにトランプを弾いたせいで腕についたヒソカのオーラを引き剥がす術はない。膝の下に鉄の棒を抱え込んで、何とかヒソカの伸縮自在の愛【バンジーガム】に抵抗するが、このゴムの力に拮抗するだけの力はハルシャにはない。下手に抵抗すると骨がいかれる、と判断した頃にはすでに彼女の体には大きな負荷がかかっていたが、まだ体を動かせなくなるほどのダメージはない。
ぱっ、と足を伸ばして体を浮かすと一瞬がくんと衝撃があってからハルシャの体は一気に落下を始めた。落下の勢いにさらにヒソカのゴムの縮む力が合わさってハルシャの体は一気に地面に近づくが、彼女は表情を変えることなく体を翻す。
キン、と耳を劈く甲高い音がする。恐らく紙性だと思われるトランプとナイフがぶつかってどうしてそのような音になるのかは疑問だが、弾かれたヒソカのトランプは地面に深々と突き刺さった。


「ッ・・・・♣」


ヒソカの伸縮自在の愛【バンジーガム】によってヒソカに引き寄せられたハルシャはヒソカと自分自身の間に傀儡を滑り込ませることで緩衝材を作った。頚動脈を狙ったヒソカのトランプを一体の傀儡がナイフで弾き返し、その傀儡と背中合わせになったもう一体がハルシャを抱き寄せるように抱え込む。傀儡の腕を蹴ってリングの端に着地するとすでにハルシャの腕からガムは剥がれ落ちていた。


「次はないわよ」


先ほどまでガムが張り付いていた腕をひらひらと振るハルシャに、ヒソカは舌なめずりをしてどこからともなくまたトランプを取り出した。











観客にとってはハルシャがどこに隠れていたのか、とかヒソカがどのようにハルシャを引き摺り下ろしたのかとか、あのトランプは何で出てきているのかなどはどうでもいいことだった。言ってしまえば趣味の悪い彼らは戦う人間を見たくてしょうがない。見ず知らずの他人と他人がぶつかり合っている様を見ることで興奮を覚えるわけであった。そして戦う側は戦うことを好むゆえにそれを見世物にして金が稼げるならちょうどいいぐらいに考えている。利害の一致で成り立つこの天空闘技場は今正に戦うものと観戦するものの熱気で溢れかえっていた。









ハルシャはともすれば荒くなりがちな息を抑え心臓の拍動を意図的に制御しながらヒソカの動きを探っていた。通常ならここまでせずともよいのだが、今回ばかりはいくら気を張っていてもまだ足りない。
右手に握った銃の弾はない。左足のホルスターの中の銃にはきちんと弾が詰まっているが、一旦実弾を使い切れば補填する時間はないように思えたからできればこの貴重な実弾は使いたくなかった。傀儡師の共演【マリオネットダンス】にオーラによって放出された弾は向かないのだから。
ヒソカは、と言えば余裕綽々と言った表情でトランプを弄んでいる。だがそれでも彼から攻撃を仕掛けてこないのは周囲の傀儡の動向に気を張っているからだ。ヒソカからしてもハルシャは油断できない相手であった。
二人がにらみ合っている時間はそう長くなく、一瞬二人が動き出した姿をウイングですらも見失った。要するに二人は何の前触れもなく唐突に動き出したのだ。
ヒソカに比べ一挙手一投足がさして速くもないハルシャだったが、傀儡師の共演【マリオネットダンス】で自らを操っているためにその動きはひどく変則的だ。唯一自分自身の視界のみを頼りに動いていれば絶対に出来ない動きをいとも容易くこなして見せるから、ヒソカも彼女に一撃すらも掠らせることが出来ないようだった。
ヒソカの直線的に飛んでくるトランプはあえて避けることもなく全てハルシャの右手の銃が叩き落し、伸縮自在の愛【バンジーガム】を決して自らの体に近づけさせようとはしなかった。伸縮自在の愛【バンジーガム】は一度くっつけられてしまえばそう簡単に剥がすことはできない。凝を駆使し、必ずヒソカの攻撃の全てを避けるか遠距離から叩き落さなければならないのだ。そういう意味でハルシャは伸縮自在の愛【バンジーガム】に対し非常に有効な武器を幾つも持っていた。
ヒソカもあまりトランプを無駄遣いする気がないのか、それともただ単純に伸縮自在の愛【バンジーガム】による仕掛けを意味無し、と悟ったのか目に見えて誘導であるトランプの数が減る。代わりに彼はハルシャが最も苦手とする接近戦に持ち込んだ。それでもハルシャは傀儡と銃の両方によって上手いことヒソカの体との接触を避ける。時には彼女本人が上手いこと避けることもしたが、ハルシャが避けなければならないほどの近距離に迫るということはヒソカの伸縮自在の愛【バンジーガム】を飛ばされる可能性があるから、接触だけでなくヒソカの懐に飛び込むこともできれば避けたい。


「・・・ッ!!こういう場所って狭くて嫌い!」

「そうかい?ボクは君と情熱的なダンスが踊れそうでとても好きだけど♦」


ヒソカがぴんと指を弾く。凝で見ていればはっきりとわかるヒソカのオーラはまっすぐにハルシャに向かって飛んできていた。だからハルシャはそれを引き金一つ弾いて弾き返す。
ハルシャの指の動きと共に傀儡は巧妙な動きでヒソカを誘うが、そんな浅はかな誘いに乗るほどヒソカも馬鹿ではなかった。ハルシャの狙いは傀儡でヒソカを完全に捉えてしまうことである。もしくはクリーンヒットなりクリティカルヒットなりを傀儡で与えようとしているのだろう。だがヒソカとしてはそんなことであっさりと負けてしまうのも試合が終わってしまうのもつまらなかったから、出来うる限り最新の注意を払って回避を続ける。
そんな二人の姿は正しくダンスでも踊っているかのようだったが、酷く敵意と殺気に満ち溢れたものである。そんな中でもどこか楽しげに見えるのはきっと二人ともこの現状を楽しんでいるからなのだろう。
観客は騒ぎ、喚きつつも二人の勝負の行く末を見守った。













2013/04/14


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