交差する傀儡の腕を潜り抜けて、ヒソカのトランプが舞った。ただの紙のトランプはヒソカのオーラが集中しナイフよりも遥かに鋭い切れ味を誇る。
ピッ、と傀儡の皮膚が裂けて、その下の構造物まで深く抉ったが当然血は出ず、痛みを感じることのない傀儡も動きを止めることはない。
(傀儡師と戦う常套手段は傀儡師を見つけること、だっけ♥)
ハンター試験でのイルミとハルシャの戦い方を思い出しながらヒソカはトランプで隠した口元をほんの少し釣り上げる。
いつの間にか騒がしかった周囲の観客の喧騒も消えてしまうほどに、ヒソカの意識はリング上で自らに殺気を向ける傀儡(実際は傀儡を介したハルシャの殺気)に集中し、心臓はいつ鼓動を止めるやも知れぬ緊張感を喜ぶかのように激しく脈打っている。どく、どく、どくというポンプの一押しごとに激しく流れる血潮が全身に回って、それはますますヒソカを興奮させるかのように血管だけでなく体全身を震わせる。


「いいよ・・・ハルシャ、さすがだ♣」


そうでなければつまらないとばかりに、ヒソカが真横の傀儡の首を腕で掴んだ。ギリギリと締め上げても何も感じない傀儡はヒソカの動きに動じることなくその腕を切り落とそうと不思議な形状の刃を翳す。まるで風車の刃の一枚一枚が鋭い刃のようになったそれは、激しく風を切って回転しながら自分の首を掴む腕を切り落とそうとした。
刃がヒソカの腕に触れるか触れないかの直前で、悲鳴とも歓声ともつかぬ声が観客席から上がって誰もが思わず目を瞑っただろうが、当人のヒソカはいたく落ち着いた精神状態のまま硬によってガードをすると凝が不完全であった刃はあっさりと弾かれ刃が欠けてしまう。
ヒソカの拳が傀儡を打ち抜いて、傀儡はばらばらになってリングに転がった。殴った勢いを殺さずにヒソカは左足を軸に回転し、右の回し蹴りは背後の傀儡の頭部を砕く。
手で触れる傀儡の肌の感触は人間とほとんど変わらないが、熱はなく殴った腕に伝わってくるのは硬い金属質の何かを砕いた感触である。殴った手の皮膚に傷がないことを確認しつつ、ヒソカはその場に佇んだまま、頭を潰した傀儡が頭なしで起き上がるのを確認する。
(いくらバラバラにしても、傀儡は起き上がる。傀儡よりもボクの方が動きは速いしパワーもあるけど、ハルシャは確実にボクの動きを見切って攻撃を仕掛けてくるから、まだ動かない残りの半分が動き出したら無傷じゃすまないかな♦)
ヒソカはもう一度リング上を見渡したが、やはりハルシャの姿はどこにもなく目を細めた。


「絶、じゃ気配は断てても姿までは消せないと思ったんだケド♥」


傀儡に成りすましているわけでもない、傀儡の影に隠れているわけでもない。ちらりと周囲の観客に視線をやっても、彼らもまたハルシャの行方はつかめていないようで、皆リングに視線を集中させている。実況もまたハルシャが姿を消し傀儡だけが残っているこの状況を把握しかねている様子で、実況内容はしっちゃかめっちゃかだ。だがヒソカの視線はあるところまで来たところでピタリと止まって、口元がゆるく弧を描いた。


「ふぅん・・・・♣・・・・・・見ィつけた♥」
















「ああクッソ!!」


ヒソカが観客の様子を観察するよりもほんの少し前、キルアは銀髪の髪をぐちゃぐちゃにかき乱して拳を膝に叩きつける。


「意味わかんねェ!!ハルシャのヤツ一体何したらあんなんになるんだよ!?なぁあれも念なわけ?」


キルアの問にウイングは「ええ」と惑いなく答える。


「あれも念、です。詳しい説明はまだしていませんが、念の中には物体や人間を操作することができるものがある。ギドのコマのように、でも彼女は自分の得意とする分野を最もよく知っているから、ギドよりも遥かに上手く、それこそただの人形をまるで人形のように操ることが出来るんです」

「でもヒソカみたくオーラ見えねーけど」


オレも、とゴンも少し困ったような表情でウイングの方を向く。
現在すでにヒソカの伸縮自在の愛【バンジーガム】はいくつかの傀儡にくっついて傀儡同士をつなげていた。伸縮自在の愛【バンジーガム】自体を発動はしてないが、いざとなればガムを解除してヒソカのオーラはゴムのように縮み傀儡は身動き一つ取れなくなるに違いない。ゴンもキルアもズシも、とりあえずまだ不完全ながらも凝は使える。だからヒソカのオーラが傀儡に張り付いているのはかろうじて見ることが出来た。
だが、このリング上で見えるのはそれだけなのである。ハルシャの姿は勿論、彼女のオーラと思しきものは傀儡にすら見受けられずあの人形が動く理由が分からないのだ。


「・・・・・ハルシャさんのオーラは傀儡を取り巻いています。それどころかこの会場全体すらもすでに彼女のオーラに取り込まれていると言っていい」

「ええ!?」

「隠と絶・・・・の話は前回しましたね?」


ウイングは念の応用業を口にして少し間を空けた。頷いた三人を確認して言葉を続ける。


「ヒソカはカストロ戦で自分のオーラを限りなく見えにくくする高等技術、隠を使っていました。ですが、ヒソカ・・・いえほとんどの念上級者の隠はどんなに隠しても集中すればなんとか見ることは出来ます。現にヒソカの隠を三人とも見破ることが出来た」


ウイングの視線はリングの傀儡の動きに釘付けだったが、不意に彼の手は何もないように見える虚空を指差す。


「彼女のオーラは今指差す先、リングの真上に伸びています」

「えっ!?」


ウイングの言葉にゴンは慌てて目を擦って全身全霊を集中させオーラを目に集中させる。凝どころか、あまりに集中したそのオーラは念を知らない一般人でも空気の揺らぎとして感じることができるほどだったが、それでもゴンの表情は険しいままだ。
ぶはっ、と止めていた息を吐き出すと全身から汗が噴出す。


「な、何にも、ハァッ見えないっ・・・!」

「そう、これが最高レベルの念の使い手の隠です。彼女の隠は私の凝でも見破れない、ただ私には彼女のオーラの糸が複数重なる場所がかすかに揺らいで見える」


私ですらそのレベルですから、三人とも気を落とさなくていい、とウイングは言ったが悔しそうなキルアとゴンの表情を見れば彼らの目標が常に高くへと移動していることがわかる。まだ凝をほんの少し出来るようになったばかりだというのに、これだけの勝負を見て自分もかくありたいと思えるのは無茶ばかりの年頃だからできることでもあり、同時にそうなれると自分自身を信じている証拠でもある。この二人にはそれだけの潜在能力があるということだ。
末恐ろしい子供達だと思いながら、しかし同様に恐ろしいのはハルシャの念能力である。あの齢にして、戦闘狂のヒソカを遥かに超える絶と隠を身につけている彼女はサソリを継ぐ優秀な操作系念能力者になるに違いなかった。


ハルシャさんは非常に細いオーラを放出し、傀儡を自分と繋いでいます。有線LANのように、彼女はその細いオーラの糸で傀儡に命令を与えている。本来ならそれだけでも非常に困難なことのはずです。ですが、彼女はそうでなくても見えにくい細いオーラの糸にさらに隠を使っている。この技術がいかに高等かはもう三人ともわかるでしょう?」

「・・・・ああ、イルミと対等にやりあった時点で並大抵のヤツじゃねぇと思ってたけど、自分が念を覚えて分かる。ヒソカもハルシャも桁違いだ。こんなところ所詮お遊びなんだろ」


キルアの言葉に若干悔しそうな色が混じっているのは勘違いではないはずだ。


「でもハルシャの本体はどこにいるの?あれは全部人形でどこかでハルシャが操ってるんでしょ?」

「ええ、あれは傀儡術、と一般に言われるものです。人形劇の人形が糸で操られるようにリング上の人形は全てハルシャさんの糸が操っている、だから必ず本体であるハルシャさんはどこからかリングを見ています。私にはその場所がわかっていますが・・・・・三人とも絶対に視線を動かさないで聞いてくださいね」


ウイングはほんの少しだけ三人を手招きすると自分の口をリングから隠すように手で覆って「上です」とだけ一言言った。
視線を動かすな、という意味を本当に理解し意識しなければ、人間は言われた方向をついつい見てしまう。悪く言ってしまえば単純なゴンと、戦いをいまいち理解し切れてないズシはウイングの言葉が終わるか終わらないかのうちに首を動かしてしまったのだ。


「馬鹿っ!!何やってんだよ!!」


その途端キルアの手が二人の頭を低く押し下げたがもう遅かった。


「ふぅん・・・・・見ィつけた♥」


ヒソカのその声はまるで自分達に言い聞かせるかのようにはっきりとキルアの耳に届く。ヒソカの視線がキルアを見ていて、キルアはぞっとした。


「痛って・・・なにすんだよキルア!!」

「そりゃこっちの台詞だ!!なんでお前ヒソカのヤツにハルシャの居場所教えてんだよ!!あいつ、ハルシャの居場所がわかんなかったから、観客の表情でハルシャの位置を探してたんだぞ!?お前が上向いたら一発でハルシャの場所がばれちまうじゃねぇか!!」

「あっ、」


ゴンとズシは思わず口に手を当てたがもう遅いことは明白だ。
ヒソカは傀儡の攻撃を避けるためにわざと高く飛んで、そしてトランプを真上に向かって放ったのだった。










2013/03/23

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