ひとつひとつの動きが見違えるようによくなったのは、最初のヒソカの肘鉄を避けたところで察した。今までリング上の試合を見ていると、いつも目が開いての動きを追いきれていなかったのに、今は追いきれないどころかよっぽど先読みされている。
頬にかするかかすらないかギリギリでヒソカの腕が
ハルシャの真横を通り抜ける。常ならばその次の攻撃を避けられなかったはずの
ハルシャは、すっと腕を前に上げて後ろに蹴りだすことでヒソカの蹴りの衝撃を殺した。そして間合いを詰めるためヒソカが
ハルシャの懐に飛び込んだ瞬間、その顎を
ハルシャの膝がタイミングよく狙ったのだ。
「おっと♥」
間一髪のところで彼女の膝を手で押さえ、ヒソカは
ハルシャの体を地面に組み伏せようとしたが、掴んだ手を支点に
ハルシャが体を捻ると、腕は握力だけでは押さえきれない力に負けて彼女はあっさりとヒソカの腕から逃げ出した。
回転による遠心力にさらに体を大きく捻った掌底がヒソカの後頭部を打ったが、その程度で気絶するほどヒソカは柔ではなかった。
チッ、と舌打をしたところを見ると今の一撃で決めるつもりだったのだろうか。勢いのまままるで新体操の選手のように空中で一回転をして着地した
ハルシャは、即座に地面を蹴った。体が小さい分ヒソカの懐には入りやすく、一方のヒソカは懐に入られると対処が難しい。
ハルシャもヒソカもそもそもフェアな戦いなど求めておらず、ただかたくなにどちらかが生きどちらかが死ぬことを求めた。ゆえにこの場にあって狙っていけない場所などあるはずもない。だから
ハルシャは男にとってもっともわかりやすく急所となりうる箇所を狙って、それに感付いたヒソカも必然的に防御の態勢をとる。それが
ハルシャの狙いだったのかはわからない。だが彼女は明らかに攻撃が入らないと分かった次の瞬間にはすでに打つ手を変えていたのだ。
(早い♦)
つ、とヒソカの米神を冷や汗が流れた。最初からこの一手を狙うがために用意されたと思われるこの一連の流れにさすがのヒソカもついていくことはできなかった。
ハルシャの右手はガードされた急所の寸前で止まり、代わりにいつの間にか地面に置かれた左腕を軸に体を捻る。
「はっ!!」
大きくしなった右足は一切の防御をしていなかったヒソカの脇腹に綺麗に入った。方や硬により強化された足蹴り、方や完全に防御が出遅れた堅すらままならない箇所。おおよそどうなるかは想像がつくと思うが、それでも足でふんばるだけで耐えたヒソカはやはりもとの鍛え方が違うのだろう。
「・・・・・今のかなり力入れたつもりだったんだけど」
「んー、かなり効いたよ、
ハルシャ♠」
一瞬だけ左脇腹を庇うような動作をしたところを見る限り、骨の一本やそこらは折れただろう。だが所詮それだけだった自分の攻撃に
ハルシャ自身が顔をしかめもう一度舌打をする。今のでもう少し体勢が崩れると思っていたのだが、まさかヒソカが右足で踏み込むだけで自分の体が弾き飛ばされるとは思わなかった。
「悪くない、だが攻撃が軽すぎる。今の堅無しの箇所に硬で当てたにも関わらずボクへのダメージがこれだけなのは根本的な力のさだよ♣動きはすばらしいけどやっぱり君に接近戦は向かないね♦」
それでも昔に比べれば十分か、とヒソカの評価に加え
ハルシャは現状の認識に勤める。
ハルシャの力が足りないのはもとより承知の上だ。そもそも近接戦闘に特化した体作りなど今の今まで一度もやったことがないし、今後もやる予定がない。筋力も足りなければ当然全身のバネもなく、柔軟性にも欠ける。
「だけど」
ヒソカは言葉を続ける。これ以上続ける気はないのだろうか。殺気を収めたヒソカに警戒しつつも
ハルシャもまた臨戦態勢をとき姿勢を正して立ち上がる。
「君はこれだけ多くの不利な要素を抱えていながら、素晴らしい動きを見せてくれた♣一体、何をしたんだい♠」
「イタチの入れ知恵」
ぺろりと舌を出した
ハルシャが「そろそろ出てきたら」と森の中に声をかけると、完全に傍観者を気取っていたイタチが木の上からすっと姿を現す。二人が戦い始めてほんの数分だが、イタチは満足のいくだけの十分な情報を得ることはできた。それはつまり
ハルシャの対ヒソカの戦法は十分彼女にとって価値あるものだ、ということである。
「十分だな」
「ええ」
「なんだ、ボクは仲間はずれか♣」
とりあえずまず突っ込みどころはヒソカが最初から仲間に加わっていたという点なのだが、その点について議論していると永遠に話が終わりそうにないので、とりあえずスルーだ。
ハルシャがそっと手を上げると木陰から何体かの傀儡が姿を現し、ゆっくりとヒソカを見る。
「ふぅん」
ヒソカはしばし傀儡を眺めてから、
ハルシャの方に向き直ると「なるほどね♦」と言う。
これだけでわかるのはそれだけヒソカが戦闘に長けているからだろう。カラクリはいたって分かりやすく、だがそこに至るまでの道のりは長かった。
「そもそもオレは
ハルシャの身体能力的な問題が近接戦闘に影響していると思い込んだから問題だったんだ」
繰り返した体術の訓練は無駄にはならないが、かといって
ハルシャの根本的な問題を解決するには至らなかったのだ。
ハルシャがなぜ、近接戦闘に弱いのか。それは近接戦闘になると戦場を俯瞰できないからである。
ハルシャの戦い方はいわば、将棋やチェス盤の全体を見ながら駒を動かしているのである。駒とは傀儡、全体を見る目は
ハルシャ自身の目と傀儡を介して見える視界だ。もとより空間把握能力に長ける彼女は、それらの視点を併せ持つことでまるで戦場を俯瞰図のように見下ろすことができる。複数からの視点により距離を測り、立体視することで相手の細やかな動作をも認識し予測し、そしてそれは結果として動きの先読みとなる。
だがそれらの要素を排除した接近戦(視界は
ハルシャの正面に見えるもののみであり、さらに相手に近づくことで視界が狭まる)は
ハルシャの空間認識能力を十分に生かせない。
ハルシャが常に一歩遅れた動きになるのは、いままでよりも遥かに狭い視界に柔軟に対応しきれないからだ。いくら体を反応させようとしても、十年近くの間、目で認識し頭の中に戦場の俯瞰図を常に作り上げてきた
ハルシャからすれば、接近戦は針の穴から世界を見渡そうとしているようなものである。少々どころかかなり無茶な話だ。
そこでイタチが提案したのは、傀儡を周囲に配置し、その視界を共有し
ハルシャ自身が傀儡であるかのように動く、という戦法である。常ならば
ハルシャが遠距離から敵の動きを伺うが、その傀儡と
ハルシャの位置を入れ替えてしまうという、言ってしまえばただそれだけの方法である。だがそうすることによって十分な視界の広さが確保され、結果
ハルシャは自身をいつも操っている傀儡と同じように戦場に投じることができるようになった。足りないスピードは自分自身を操ることで補えばいい。近すぎる視界は傀儡を配置することによって強制的に広げ、足りない力は流の技術で補う。己の身を隠して戦う傀儡師からすればあまりに危険な戦法だが、この戦い方を事前に想定しておくかしておかないかの違いはとてつもなく大きい。
「やっぱり君は、いつでもボクを楽しませてくれる・・・・♥」
ヒソカの口元に浮かんだ笑みは、ひどく満足げなそれだった。
2013/02/21
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