「あのさ、・・・・」


夜、誰もいなくなった選手控え室はやけに静かで、それが余計三人の会話を少なくさせる。
外は街の明かりでキラキラと輝いていたが、電気すら点けていない室内は酷く暗かった。控え室の壁際に用意された椅子に遠い目をして座っているハルシャの顔は窓に向いていたが、何も外に関心があるわけではないだろう。


「フッ・・・・・」


口の端を上げて、自重するようにハルシャが笑う。
ゴンとキルアは一瞬ビクリと体を震わせたが、この状況でハルシャになんと声をかけていいかもわからず二人は顔を見合わせた。


「い、いやぁオレは悪くなかったと思うぜ」

「・・・フッフフッ・・・・」

「そ、そうだよハルシャ!!頑張れば・・・・」

「フフッ・・・・一ヶ月同じ事を繰り返してる人間にそれを言うか」


半笑いに遠い目。今日出来た打撲の痣が無残だったが、ハルシャはその痛みすらも麻痺しているのか壁に頬を押し付けて「フフフフフ」と笑い続ける。
予想通り、ハルシャは負けた。全く進歩のないままに、相変わらず一撃の下に叩き伏せられて、あっさりとダウンを取られ、負けた。ゴンとキルアはまだ10階にいるハルシャに多少疑問を感じながら試合を観戦していたのだが、なるほど、と頷いてしまうほどにある意味見事な負けっぷりだったのだ。
10階の試合会場は50階のそれと違って観客席も閑散としておりいかにも踏み台、というイメージしかない。淡々と勝敗が決まり、審判が次の階へ上がるよう指示する単調な空間だ。ここにいる連中はいかにも負け犬、という印象が強く、ここでなかなか勝ちあがれないものは長居することがあまりないため、人の入れ替わりもかなり激しい。そんな中で負け続けながらもずっと天空闘技場に留まる人間は珍しく、そういった意味ですでにハルシャは有名人だ。
キルアからすればなぜあそこまで動けないのかいまいち感覚がつかめない。以前、ハンター試験でハルシャとやったゲームの時は肢曲まで見抜いたくせに、さして強くもない男の攻撃を避けきれないハルシャが不思議でしょうがなかった。
キルアから見てもハルシャは強い。身体的にはどうだろうか、結構よく転ぶしたまに前を見ていないようなときもあるし、あの細腕ではさすがに筋力的には自分の方が上だろうとは思う。だが、イルミを追い詰めるだけの戦闘センスや、ヒソカに対する殺気や反応速度は並大抵のものではなく、どこぞで暗殺を生業にしていたと言われたのなら素直に信じるだろう。
ほんの少しだけ慰めようと思ったが、名前を呼んでも反応はなかった。これはしばらく放っておいた方がいいだろうな、と思ったキルアはそっとゴンに耳打ちをして控え室を後にした。















「ヒソカ」


天空闘技場200階に与えられたヒソカの部屋を訪れる者は少ない。そもそも200階の闘士の元へ訪れるような物好きが少ないのだが、ヒソカは恐らくもう少し違った理由から距離を置かれているだろう事は容易に想像できた。
静まり返った廊下を歩いて、ヒソカの部屋の前で乱暴にノックをするとガチャリとドアが開いて、髪を下ろしたヒソカが顔を出す。「やぁ♥イタチ」とやけににこやかだが、彼の笑顔はその裏で何を考えているのかわからないからイタチは嫌いだった。


「一体どうしたんだい。君がボクの部屋にくるなんて珍しいじゃないか♣」


窓際の机の上には作りかけのトランプタワーがあって、ヒソカは「入りなよ」とドアだけ開けて再び窓際の席に戻った。どこからともなく取り出したトランプを一枚、乗せてタワーは着々と完成していく。
イタチは入れといわれたが、彼の生活圏に足を踏み入れる気はさらさらない。入り口でドアが閉まらないよう押さえたまま、「ハルシャがいない」と要件だけをヒソカに伝えた。


ハルシャが?風邪でもひいたんじゃないの?」


ヒソカが本当にそう思っているとは思えなかったが、とりあえずそもそも部屋にいないことを伝えると彼は少しだけ興味を示したように「へぇ♦」と言った。


「元から荷物はないが、あの様子だと昨日は帰っていないな」

「ところでイタチ、なんで入って来ないのさ♠」

「ふざけるな。誰が貴様の近くに寄るか」

「ボクも嫌われたなぁ」


と少しだけ寂しそうな表情をしてみせると白々しい、と冷たい返事が返ってくる。そして一拍置いて「貴様が知らんのなら用はない」と言うとさっさと出て行ってしまった。
なるほど彼も随分と纏が上手くなったものだ。まだ甘いところも多いが、いずれは優秀な念の使い手になるだろうことが予測されて、ヒソカは湧き上がる興奮を抑えるように唇に舌を這わせた。


「・・・・ハルシャが・・・行方不明、か・・・・♥」


開かれた窓から風が吹き込んで、見事に作り上げられたトランプタワーはあっけなく崩れ落ちた。カーテンが風に揺れているが誰も窓を閉めるものはいない。部屋の主もまた、すでにその場にいなかった。






2013/02/15

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