念を教えてあげる、と思ったのは心の底から本音であった。そもそも嘘をつく理由なんてない。
身を守るために、それだけじゃなくサソリに追いつくためにもっと強くなりたいからどうしても近接戦闘の術を学びたかった。
だから、イタチに声をかけたのだ。
サソリがそうだったためか自分でもよくわからないが、ハルシャはとにかくギブアンドテイクの関係が一番便利だと思っていた。無償の愛なんてものも存在するのだろうが、それをヒソカに説きたくはないし、初対面の人間ならなおさらだろう。その点イタチは接近戦が得意でも、念を使えないというハルシャにとっては最も良い条件に当てはまる人物だったのだ。彼が与えてくれる代わりに自分も彼に渡せるものがある。
ベッド脇の椅子に座って肘をついたままイタチを眺めているハルシャに対して、ヒソカはいつの間にか姿を消していた。大方イタチのことは諦めたのか、それとも何か他に思惑があるのか本当によくわからない男だ。
ハルシャはカールした自分の髪を弄びながらそんなことを思う。
あの男は自分に好意があると言ったが、あの男の好意を素直に気付き受け止める人間が果たしてどれほどいるのか。イルミのゾルディック家への愛(ひいてはキルアへの愛)も相当に歪んでいるように思うが、ヒソカも大概だろう。
破壊衝動とでも言い換えればいいのかもしれない。彼が持っているのは、他者を壊したいと同時に自分を壊して欲しいという自虐的な破壊行動だ。自分が傷つくのなど気にしないどころか、むしろそれだけ強い相手を得れば得るほど、さらに自分を逆境に追い込んでいくのである。彼の念能力である伸縮自在の愛【バンジーガム】はおよそ戦闘に向いているとは言いがたいが、それもまた彼の一つの拘りであるのだろうとハルシャは勝手に想像していた。
全て想像の域を出ないことではあったし、そもそもヒソカのその好意(行為、厚意)の対象にされているのは気に喰わないが、かといって無関心になるほどハルシャと気が合わないわけではない。それはこの世界の裏っ側で生きている故の相性の良さなのかもしれなかった。


「んー・・・・んん?」


ぽわっと一つあくびをすると目じりにたまった涙が頬を伝う。イタチの額にもう一度手を当てるとまだ熱はあったから生きていた。


「ん?」


ふとなんの気なしに凝をしてみて、ハルシャは首を傾げる。立ち上がり、そしてイタチの額からゆっくりと手を離すと凝のままじっくりと彼を観察した。


「纏が・・・・できた?」


凝をすれば簡単にわかるくらいに、ぼんやりとしたオーラがイタチの体を包んでいた。先ほどより幾分穏やかな表情で寝ている彼は、どうやら命の危機に瀕したことで体が無理矢理纏の状態を作り出したのだろう。イタチの纏はハルシャやヒソカのそれに比べてまだ不慣れだったから、ぼんやりと時折風の吹く湖面のようにさざめいては、薄くなったり分厚くなったりを繰り返している。不安定な足元だが、ヒソカに(明らかに悪意が入っていたと思われる)オーラを注がれて生還したのだから上等だ。
イタチが目を覚ましたのはそれから三日後のことだった。その間天空闘技場ではヒソカが上手いこと動いたらしくイタチの席はなくなっていなかった。目を覚ました頃には随分と纏の精度も上がり、オーラのムラもなくなっていたからやはり彼には天性の素質があるのかもしれない。


「元気そうでよかったじゃん」

「どこかだ」


明らかに不機嫌そうなイタチはオーラを限界まで出し切ったせいか震える手をベッドについて、上半身を起こす。


「危うく死ぬところだった」

「自覚はあったんだ」


まぁそしたら傀儡にしてあげたし、と言うとじろっと剣呑な瞳がハルシャの方を向く。


「とりあえず明日から念はやるから、準備しといて」

「今日はどうする」

「ご自由に。あ、纏状態は解かない様にね」


ハルシャはイタチの視線などものともせずにはねつけて、彼の肩を押してもう一度ベッドに逆戻りさせると部屋を出て行ってしまった。一人残されたイタチは天井をしばらく見つめていたが、意識し始めると纏はとたん崩れて形を成さない物になってしまう。しかし一方で、今まで意識していなかった精孔が開いたためか、目の痛みはなくなっている。
イタチが天空闘技場を訪れた理由はあまりない。ただ、これからの当面の生活費を稼げるというのは大きかった。
イタチの故郷はこのパドキア共和国より東にあるジャポンという国である。ハンゾーとは同郷ではないが、似たような出身ではあった。つまり彼もシノビという連中の一人だ。
イタチはジャポン木の葉隠れの里ではかなり有名な一族の出身であったが、彼の一族は彼とその弟を残して死に絶えた。その真実を知っているのはイタチと弟のサスケだけだという話だが、所詮ジャポンの片隅で数十人の人間が死んだ、ということはこの世界ではさほど大きな問題にはならない。幻影旅団に虐殺されたクルタ族のことすらも、新しい物好きの人間達にかかればわずか数週間のうちに風化していくほどのものなのだから。
イタチには帰る場所も行く宛てもなく、なんとなくふらりと天空闘技場に寄ってハルシャと出会った。ヒソカの気まぐれと、自由気ままなハルシャとの偶然が重なって今こうしてベッドに横たわることになったわけで、人生とはかくも度し難く先の読めないものである。
こうして利害の一致した二人の修行が始まったわけだが、それを端から楽しそうに見守るヒソカがいる以上、果たしてどうなるかこちらも先が読めない話になりそうだった。





2013/02/01

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