「すまなかった」


突如階段から落ちてきたその男性はそういって謝ったがどうにも視点が定まっていなかった。本人曰く目が悪く、段差があることに気付かずに踏み外してしまったのだという。
齢は・・・・・恐らく20代後半、もしかしたら30代かもしれないとハルシャはその黒髪の男性を見ながら思う。
背はハルシャより高く、イルミと同じ黒い美しい髪を後ろで一つにまとめていた。ただ、彼は見た目の年齢に似つかわしくない半袖を着ていて、その服装にだけ若さを感じる。


「何かお詫びを、」

「えー私も急ぐし、お互い怪我なかったからいいでしょ。じゃあね」


ハルシャは時計を見てそろそろ自分の試合が近いことを知ると、少しだけ顔をしかめてその男性の脇をすり抜ける。ハルシャが最後に男性の方をチラリと見ると、その背中にうちわのような不思議な模様が描かれているのが見えて、再びふいにその姿が消えたから多分また階段から落ちたのだと思う。
















今日の相手はカラテとかなんとかいうどこぞの国の武術を学んだ男で、修行のためにここへ来た、といきなり名乗りを上げられた。正直へぇ、という感想しか思いつかなかったのだが、はじめ、の審判の合図の次の瞬間にはまずクリティカルヒット2点を叩き込まれて視界が朦朧とした。


「女性だからといって手加減はしない!」


多分、手加減したところでこの男が現在のハルシャに負けるとは思わないが。
ハルシャは次の攻撃はぎりぎりのぎりぎりで避けたが、それでも頬にかすり傷が増えて一瞬その痛みに目を瞑る。だがそのせいで後ろからの攻撃に反応しきれなかった。とん、と首の後ろに手刀を叩き込まれて、ハルシャの視界は暗転した。










「あー・・・・・」

「起きたかい♥」


むくりと体を起こすと今日新たに出来た傷が痛んだが、それよりもヒソカがなぜここにいるのかの方を問いただしたい。視線だけで問いかけると、ここはボクの部屋だよ♣と言われてしまって見渡せば確かにそうだった。


「今日も悲惨だったね♣」


ヒソカの言葉はどうしようもない事実だったからもう拗ねるのもやめてハルシャは布団の中に顔を埋めた。
どうしたらいいんだーとくぐもった声が響いてヒソカが笑う。


「ボクとしても君には早く200階に上がってきてもらって、もう一度君と戦いたいんだけど♠」

「私は上がったとしてもヒソカとだけは戦いたくないんだけど」

「つれないなぁ♦」


ふと部屋の時計を見るとそろそろ1階の試合が始まる時間だった。1階とはつまり新参者のそれであって、時折この中に一気に50階まで行ってしまうような猛者が現れるため存外観客は多い。だからハルシャも気が向くと観に行くようにしてたのだが、今日は階段で痛めた腰のこともありあまり行く気にはなれなかった、のだが、


「そういえばハルシャ、1階の試合観戦にいかないかい♣」

「1階ぃ?今日は遠慮しとくわ、私今日はつかれ「もう始まるから行こうか♥」ちょっと!!」


ヒソカはハルシャの言葉を聞かずに彼女の体を抱え挙げるとあっという間にエレベータに乗り込んでしまった。身長差体格差も相まって、ヒソカからすれば大した荷物ではないのかもしれないが、荷物扱いされた方は不愉快極まりない。
ハルシャは何度か自由に動く足でヒソカの胸を蹴り飛ばしたがまるで効果がないので、仕方ないから殺気を込めて念弾を彼の脇腹にぶちかました。
一瞬、宙に浮く感覚があってその次にハルシャはエレベータの床に激突する。それはほかならずヒソカがハルシャの念弾を避けたせいだからなのだが、本日二度目の理不尽な痛みにハルシャは顔をしかめた。


「こんな狭いところでやめてよ♠」


そう言いながらも余裕の表情のヒソカは床に倒れたままのハルシャの腕を引いて体を起こす。


「離せって言ったときに離せばよかったのよ」


ハルシャは不機嫌そうな表情のまま銃をホルスターに仕舞ってエレベータが1階へ到着するのを待つ。
それから1階にたどり着くまでの間ハルシャとヒソカの間に会話はなかった。エレベータの個室から解放されて騒がしい1階の廊下に出ると、すでに1階の試合は始まっているようで時折歓声が響いてくる。
暑苦しい男たちの間をすり抜けて、時々邪魔臭いとばかりに階段から蹴り落としてハルシャとヒソカは何席か残っていた空間に腰を下ろした。


「で、」

「ん?何?♦」

「わざわざ私を連れてきた理由」

「ああ、多分キミも気に入るだろうと思ってさ」


ヒソカはそういってハルシャの頬に指を当てるとくいとリングの方を向かせた。


「右奥♥」


言われるがままにハルシャはそちらを見て、目を見開く。
ヒソカが指差したここからみてちょうど右手最奥に位置するリングにいたのは、今朝方ハルシャを階段でひき潰してくれたあの男だったのだ。黒髪が少しだけ揺れて男はリングに上がっていった。


「今日始めてここへ来たんだってさ♣気に入ったから唾つけちゃった」


どこか満足そうに言いながら赤い舌で唇をゆっくりとなぞったヒソカは、さぞ面白い玩具を見つけたと思っているのだろう。ちょうどいいから自分からさっさと離れてくれないか、と思いながらハルシャは膝に肘をついてぼーっとその試合を観戦した。ただ、ぼーっとしていられたのは本当に少しの時間だけだった。



イタチ、というその名前の男は強かった。ただ強いだけでなくその戦い方は非常に洗練されていて、美しい。彼らがクナイと呼ぶ武器(ハルシャはそれをナイフと呼ぶが)一本でしばらく相手の刀をいなしていたが、ふいにその武器を捨てて懐に飛び込むと拳の一撃で相手を仕留めてしまう。武器だけに頼るわけでなく、だがその一方でその武器の扱い方をよく知っている。
よほどの訓練を受けていなければできない動きである。
観客達も試合半ばでイタチの戦うリングに気付き息を呑んだ。ハルシャもまた、その試合に釘付けになった。
唯一ヒソカだけは楽しそうにそんなハルシャの様子を見ていたのだが、幸いにしてといおうかハルシャはイタチの試合に集中しすぎてヒソカのそんな視線には気付かなかったのだ。


「ね♥面白いだろう・・・・・♣」







2013/01/20

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