天空闘技場で受付を済ませるとすぐにハルシャの番号が呼ばれた。
(うーん近接戦闘をメインにしたいから、強化系の念能力だけで頑張ってみようかな)
首をかしげながらそんなことを思うとハルシャは指定されたリングに向かう。
(あれ・・・?)
ハルシャは明らかに格闘技に長けたであろう男と対峙していつも感じない戦闘中の違和感を感じていた。


「悪いな、顔は傷つけないようにしてやる」


男はそういうと審判の「はじめ」の合図で即座に駆け出す。
(ちょっ、まっ・・・・・視界狭っ!!!)
ハルシャは声を出す間も戦い方を考える間もなくリングに沈んだ。

















「・・・・・・」


未だに痛む鳩尾を摩りながらハルシャはヒソカが楽しそうに笑っているのを見てチッと舌打ちする。
ここは天空闘技場200階に位置するヒソカに与えられた個室であるが、客人を招くことを禁止されているわけではないので、特に定住地のないハルシャをヒソカが招いたわけである。


「接近戦は苦手だろうとは思ってたけど、想像以上にひどかったね♣」

「・・・・・・」


先ほどからハルシャが何も言わず沈黙を守っているのは悔しいからだろうか。だが、ヒソカの「悔しいの?」という問いには間髪いれずに首を横に振る。ハルシャが無言のわけは先ほどの敗因を考えても一体何が問題だったのか、さっぱりわからないことだ。


「・・・・・全然動けてなかったよね」

「微動だにしなかった。避けるかと思ったけど♥」


以前ボクと戦ったときよりも動きも悪かったけど、生理?と不躾なことを聞いてくるので一発念糸つきの実弾をお見舞いしてやった。当たるはずもないが、トランプを数枚ダメにしてやったのでよしとしよう。


「でも君、近接戦闘の極意を知らないわけじゃないだろう。傀儡の動きは無駄がなくて完璧だった♣あれができるなら後は自分の体を動かすだけだと思うんだけど♣」

「そんなこと簡単に言わないでよ」

「だけど本当に接近戦に向いてないならその可能性を徹底的に削除してもいいんじゃないの♥」


いつもは変態のくせに時折まともなことを言うから嫌になる。これでも戦闘に関してはかなり経験値が高いのだろう、傀儡はともかくヒソカから得られる戦闘に関するアドバイスはかなり的確なものが多い。ヒソカの言う遠距離戦への徹底的な執着、というのはサソリが常日頃行っていることだ。傀儡師は傀儡に集中するためどうしても自分の周囲の注意がおろそかになりがちである。さらには傀儡という操れるようになるまで非常に時間がかかるものを武器にするため、近接戦闘訓練に割く時間はほとんどないと言っていい。サソリはそのため、常にどんなときでも相手が接近戦に持ち込んでこないよう幾重にも策を張り巡らせて戦闘に望んでいたのだ。ハルシャとてそのようにすれば数回の試合で200階クラスにたどり着けることは知っていた。知っていたが、


「・・・・だけど・・・それじゃ一次試験のときみたいになるじゃん」

「ああ・・・・あのときの続きでもヤる?君が相手ならボクはいつでもOKだけど♥」

「黙れ変態」


そういえばすっかり忘れてたとばかりにヒソカは手を打った。ハルシャはしばらくまともなことしか言わなかったので警戒を緩めていたがそういえばこういう奴だったと思い直し、実弾をお土産にヒソカの部屋を出て行く。
200階でエレベーターを待っている間に、念による洗礼の儀式をかすかに感じたが馬鹿馬鹿しいので無視してやった。ハルシャがこの階にいないのはあくまで今回の天空闘技場の出場を近接戦闘という一点を強化するためである。本気の遠距離戦であればここの階など目でもない。エレベーターの扉が閉まる頃には、実力の差を感じ取ったのか、誰の念も感じられなくなっていた。












それから一週間の間、ハルシャは10階付近で一日一戦、負けては外の宿に戻り負けては外の宿に戻りを繰り返していた。その頃には万年負け娘、という不本意な渾名までつけられ、最初に10階に来た連中のいい踏み台にされるようにまでなったのだから、全く持って不愉快な話である。ちなみに今日の相手は折角20階まで上がったのに一敗して下りてきた奴で、また自分に勝手20階に上がっていった。
幸いなのは10階付近でたむろっているような奴はハルシャと同じようにさして実力もなく、訓練代わりに来ている連中が多い。大半は良い師に恵まれているのか試合内容も血まみれになるようなものではなく、初心者としてはかなり安全な方だ。堅で防御すればさしたるダメージもないが、最近は打たれることに意義があると考えなるべく攻撃を直接受けるようにしているのだが、進歩は見られなかった。


「いーっ」


包帯を取り替えるために触れた傷口が開いて血が滲む。ここ一週間のうちに打ち身も擦り傷も切り傷も猛烈な数で増えたが、休息はあまりないので治る暇もなかった。
顔に出来た擦り傷に絆創膏を貼って、朝ごはんを食べるために適当な食事どころを探す。久々に入ったのはカフェテラスで、朝早い時間帯のせいか人は少なかった。
そう時間をかけずに皿を空にしてハルシャは鼻の頭に貼った絆創膏を剥がした。そのまま部屋に寄らずに天空闘技場に向かうと今日の対戦を受付で確認する。


ハルシャ様は本日10階Aリングにて対戦があります」

「はいはい」


受付嬢の目はまた負けるんだからいい加減諦めればいいのにという同情が入っていたが、そういうわけにもいかないハルシャはポケットに手を突っ込んだまま階段を上った。
狭い空間に出来るだけ多くのモノを押し込む工夫なのだろう、ちょうど真ん中あたりで180度ぐるりと回る階段は少々視界が悪い。ハルシャが眠気から小さなあくびをしながら、ちょうど踊り場にたどり着いたときだった。
突然、目の前を黒い何かが覆ってハルシャはそれにあっけなく押しつぶされる。
ぎゃ、だがうえっ、だがおよそ女らしくない声を上げた、ハルシャは固い床に打ち付けた腰がじんじんと痛むのを感じながら突然落ちてきて理不尽な痛みを与えてくれたその誰かさんをきっとにらみつけた。


「ちょっ・・・・・っと早くどいてよ!」


ポケットに入れた手は誰かさんの下敷きになっているせいで引き出せない。
今日はまだリングに立ってもいないのに傷だらけの一日になりそうだった。






2013/01/20

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