ハルシャの操作系念能力はまだ完成していない。そんな不十分な状態でイルミと戦えるのは、その操作の精密さによるものだったが、長引けば長引くほど徐々に押され始めていた。


「ッ!!」


ハルシャにとって傀儡は自分の体の延長である。彼女が思う方向へ思うように、本当の手足のように自由に動くが、傀儡を支配する根本を押さえつけられてしまえばそれ以上動くことはできなくなってしまう。
ハルシャは腕の肉を深々と貫いた針を抜こうとしたが、体は横になったままぎしぎしと軋んだだけだった。
左掌、二の腕、右肘、手首それから脇腹、太腿、足首につきたてられた針のせいで意識こそ保てど意のままに動かない体はじれったい。
今の今まで辛うじて避けていた彼の針であったが、接近戦となるとどうしてもハルシャのほうが不利で、足に一本針が刺さったところから完全に形勢は逆転した。ハルシャが絶のまま、白秘儀で押し通せればまずイルミに勝ち目はなかったが、この試験会場はハルシャが思うままに戦うにはあまりに狭すぎるのだ。


「ラスト」


相変わらず無表情のままハルシャの体の脇に立ったイルミは最後の針を右肩に落としてそれが突き刺さるとハルシャの体は、ピクリとも動かなくなった。


「イ「うるさい」・・・・!」


声を出そうと口を開けるも、舌の付け根が動かない。パクパクとまるで酸欠の金魚のように口を開け閉めする姿は奇妙だったが、息が詰まったような間隔にハルシャは吐き気がした。
イルミの針に囚われた人間はもう自分の意思で好きに動くことができないということを、彼自身が一番よく知っているからイルミはそれ以上ハルシャに触れようとはしなかった。
ただ、真上から見下ろして「まいったって、言ってよ」とだけ高圧的に命令する。






「・・・・ッ!!おいハルシャのやつ一体どうしちまったんだ!?」

「私にもわからない、なぜハルシャは・・・・」


いくら痛いとはいえただの小っさい針だろう!?とレオリオは言うが、その針がどれほどのものかよく知っているキルアはただ兄の行動を見つめることしかできなかった。いや、正確に言えば目を逸らせないのだ。
まだ首筋にまで針を刺していないから、ハルシャハルシャのままでいられるがもしイルミがハルシャの脳に針を刺せば、彼女はもう再起不能のただの針によって生かされる人形になってしまう。
それはいやだ、と思っても声も出なければ体も動かない。
冷や汗だけがじわりと皮膚を伝って、服を湿らせた。
ハルシャが・・・・)
その時のキルアにはハルシャがイルミに殺される、としか考えられなかったのだが、ハルシャもイルミも実際はもっと深い付き合いだ。お互い殺すことは無益だと思っていて、不必要な干渉をする気もない。ハルシャからすればゾルディックを相手にするのは面倒、イルミからすればサソリに後で関与されるのは割りにあわない、といったところである。


「困ったな。出来れば頭に針は刺したくないんだけど」

「ねぇハルシャ。自分で言うのと強制的に言わされるのどっちがいい」


イルミは淡々と言葉を並べていく。ハルシャはキッ、と下からイルミを睨み挙げるが、イルミはまったく別の方向を見ているせいで気付く風もない。


「ねぇ」


唐突にイルミは試験官に声をかけると、試験官は上ずった声で返事をした。


「これって時間制限ある?」

「ありません。片方が負けを認めるまで試合続行です」

「面倒」


試験官を操ったところでイルミの勝ちとはならないのもまた面倒だった。
どうしようかな、とばかりにイルミが首をかしげたときだった。不意に体内に違和感を感じてイルミが珍しく表情を変える。


「な・・・」


何をしたの、とイルミが言うよりも早く彼は膝から崩れ落ちる。口元を押さえた手からはじわりと血が滲んで、おびただしい量のそれはすぐに地面に血溜まりを作り上げた。
イルミのその様子にはキルアは勿論ヒソカですら目を細めた。彼のこんな様子は始めてみるし、持病があるとも聞いてはいない。
だがそんな中ハルシャだけは拘束が緩んだイルミのオーラににやりと口元で笑むと、ゆっくりと「残念でした」と言葉を発した。


「傀儡の仕込には全部毒が入ってること、忘れたの?」


針が刺さっているせいか、若干聞き取りにくいがイルミの集中力が薄れたお陰で十分に口は動くようだ。一呼吸置いて、ハルシャは言葉を続ける。


「遅効性すぎるみたいだけど、十分ね」


舐めていた、というのがイルミの率直な感想だった。
ハルシャは昔から毒や薬を作るのが苦手で、彼女の傀儡の仕込み毒は大抵市販されているような単純な毒だったから、自分には効かないだろうとイルミは考えていたのだ。サソリは彼自身が作った毒をハルシャの傀儡にはあまり使わせていなかったから、平気だと踏んでいたのだが、やはりイルミと近松の衆とは相性が悪い。
腕の力も足の力も抜けて体を起こしていられずにその場にイルミが崩れ落ちると、ハルシャは「私の勝ちね」と言う。


「今刺さっている針だけじゃあなたは私を殺せないけど、私の毒はあと三十分もしないうちにあなたを殺す。ね、どうするイル?」

「あー・・・また近松の衆に負けたね」


解毒剤はある?とイルミが問えばハルシャは勿論という。


「じゃ、オレの負け」


こうして第六試合は思いのほかあっさりと幕を下ろした。試験官がハルシャの勝利を告げると、彼女は表情を緩めてそれから試験官に向かって「さっさと針抜いてよ」と言う。
試験官は彼女の言葉に即座に駆け寄ったが、ハルシャに刺さった針に触れようとしたとき、悲鳴をあげて後ろに転がり込んだ。


「!?」


カキキッ・・・・と独特の関節の音を立てながら、ハルシャの支えを失って倒れていた傀儡のうちの一体が立ち上がっている。


「ちょっと・・・なんで!?嘘!?」


傀儡が動いたことに一番驚いたのはハルシャのようで、彼女は声を荒げたがそれで傀儡が止まるわけではなかった。立ち上がったまま傀儡はガラス玉の目玉越しに試験官をじっと見ている。
手の刀からは血が滴って、試験官の腕が大きく切り裂かれていた。


「本当になんで・・・・ってイル!!あの針お前か!!」

「そうだよ。頭に響くから怒鳴るなよ」


ハルシャは動かせる限りの視界で必死に傀儡を見ると首もとにささった一本の針を見つけて、倒れたイルミに視線を向けた。ここからだと顔まで確認できないが、どうせまたいつものあの無表情で天井でも見つめているのだろう。


「万が一に供えてってわけ。本気でハルシャと闘ったら、オレもギリギリだし殺さないように先に仕込んどいた。ハルシャの念糸から解放された場合、ハルシャに近づく奴を殺せって命令してるから、試験官でも下手に近づくと殺されるよ」

「んなっ・・・・!」


目を見開いたハルシャは「人の傀儡に勝手に!!」と怒ったが論点はそこにあるべきではない。ハルシャは早くにこの体の針を抜いてもらって解毒剤をイルミに渡さなければならないのだ。
ひとしきり傀儡に勝手に針を刺すなと怒ったハルシャはようやっと火急の事態に気付けたようで、慌てて声を上げる。


「誰か!早く針抜いて!!」

「下手に近づくとハルシャが失格になるよ。それハルシャの傀儡だし」

「ちょっふざけるなぁぁぁああ!!!」


針抜かないとどうしようもないから、と言うイルミは毒に体を犯されているというわりに元気そうだ。だが、いくら毒になれたイルミの体とはいえサソリの毒が全身に回ればそれなりにまずいことになる。早く、なんとかしないとと思っても自分では針は抜けないし、下手な人間が近づけば傀儡に殺される。どうしよう、とハルシャが思ったとき絶好の人物が頭に浮かんだ。


「ヒソカ!!その傀儡壊して!あ、仕込みは毒入りだから。ヒソカには解毒剤やんないから注意してよ」

「・・・・・人使いが荒いなぁ♥ボクのことなんだと思ってるのさ♣」


そういいながらも、ハルシャとイルミの戦いを見てずっと闘いたくてしょうがない様子だったヒソカは水を得た魚のように生き生きと動き出す。ハルシャの洗練された傀儡とイルミの針による操作なら相手に不足はないとばかりにヒソカは手始めにハルシャに近づいて左肩の針を一本抜いた。それと同時に傀儡の刀がヒソカの頭をかする。


「さすがに反応がいいね♣」


だが、所詮ハルシャハルシャ自身の操作のために作り出した傀儡を、イルミが針一本で操るのは限界があったようだ。ヒソカはすぐに傀儡の動きの限界を攻防の中で見つけ出して、三分もすると飽きたように傀儡の首を切り落としてしまう。針までも真っ二つにしたせいで、傀儡は完全に動きを止めた。









2013/01/19

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