その後の展開は恐らくヒソカやネテロと言った一部の人間を除いて、ほとんどの受験生は目で追えなかっただろう。
方や強情に、まいったと言わないハルシャ。方や暗殺一家長兄の、立ち居振る舞いから威圧感の異なるイルミ。軍配は明らかにイルミに上がると思われたが、蓋を開けてみるとそれはとんでもない勘違いだった。
ハルシャが腰のポーチから取り出した巻物は、広げても文字が書かれているだけにしか見えなかったが、ハンゾーにだけはそれがジャポンに古くから伝わる"口寄せの術"と呼ばれる一種の具現化系念能力であることに気付いた。異空間を作り出しその入り口を文字で繋ぐものだが、実はある程度の能力者となれば大量生産が可能なものでジャポンでは比較的よく見られる品だ。だが、鎖国しているジャポン以外の国でこの品を持っている人間は珍しい。
文字は入り口をつなぎ、血は異空間との道を作る。ハンゾーは少なくとも「もう一つの入り口【フォーディメンションズ】」と一般に呼ばれる汎用性の高い念能力についてそのように認識しており、そしてその認識は正しい。
ハルシャは己の親指の皮膚を噛み切ると、巻物に書かれた十の文字を全てなぞるように線を引く。ボン、と煙が上がり急にハルシャのオーラの量が倍以上になったが、それに気付いたのはすでに念を使える一部の人間だけだ。
近松の衆が一挙に現れたと同時に、その煙に紛れてハルシャはすでに姿を消していた。
ハルシャの絶はイルミですら見つけることはできない。しかも今回はこの会場自体がハルシャの巣となっている。
カチ、と突如スイッチが入ったように動き出した傀儡を蹴り飛ばしても、堅で防御された体はひびすら入らなかった。そのままぐるりと前転する形で、傀儡の口から飛ばされたナイフを避ける。黒い髪がなびいて、傀儡の視界を遮ったが、周囲に十体もいるとあまり意味はなさそうだ。イルミの針は最初から役に立たないことはわかっていたから、彼もあえて無駄撃ちはしなかった。代わりに操作した肉体の一撃で傀儡の腕をもぎ取る。


「ッ!!」


だが取られた腕そのものもハルシャの武器であることには変わりない。本体から取れた腕に爆薬が仕込まれていたのはイルミとしても想定外だった。腕を外したときぶつかり合った金属から飛び散った火花が、爆薬に引火しイルミはほぼゼロ距離でその熱を受け、さらに加えて細かな針も仕込んであったせいで全身のいたるところに裂傷ができる。
これらがわずか一秒間の出来事。この会場のほとんどは爆発しか確認できなかっただろう。
真っ黒な爆煙の中から飛び出したイルミは傀儡から距離を置いて着地すると、円を広げた。だがその感覚は途中でハルシャの糸に絡め取られてしまう。だがそれで、イルミはまだハルシャが近くにいることを確認した。少なくともイルミの円が届く範囲にはハルシャはいるのだ。


「どうしようかな」


全身の裂傷からは一筋二筋と血が流れ落ちてはいたが、小さな傷口は空気に触れてすぐに血液が固まる。
イルミは油断なく構えたまま、しかし周囲を十体の傀儡に囲まれ迂闊に動くことも出来ずにじっと立ちすくむ。


『仕込みを知ってても全部かわせないよ?』

「かわさなければいい」


ふいに一体の傀儡からオーラが浮き出て文字を象った。勿論読めるのは凝を十分に使いこなせる程の念能力者だけなので、イルミが何を言っているのか受験生の半分以上はわからなかったに違いない。


『毒仕込』

「耐性はあるよ」


それなりにね、と言うと同時にイルミは強く地面を蹴って傀儡との距離を詰めた。同時に真っ白な布を纏った傀儡は武器を構えるが、イルミの不意打ちの方が一歩速い。
鈍い音がして傀儡の体はバラバラになり地面に落ちたが、イルミは動きを止めなかった。
これだけの大立ち回りともなると少々狭くさえ思えてくる試験会場を縦横無尽に飛び回るイルミに息切れはなく、全身の小さな裂傷を除けば目だった外傷もない。あれだけの長い髪すらも切り落とされることなく傀儡の腕をかいくぐり、イルミはついにハルシャの居場所を見つけた。


「ヒソカ、どけ」


あまりに無感情すぎて言葉だけではついつい聞き落としそうになるが、体を竦ませるようなその殺気は嫌でも誰に向けられたものかわかってしまう。


「♥」


ヒソカがその殺気を受け、その場で高く跳躍した。ヒソカの背後に隠れていたハルシャの目前にイルミの針が迫るが、彼女の傀儡が寸でのところで針を捕まえる。


「ッ!!レオリオ!!」

「すまん!!」


イルミがハルシャの居場所に気付いたのはレオリオの視線の一瞬の揺らぎを見逃さなかったためだ。そもそもほとんど隠れる場所のない試験会場で、唯一ハルシャが姿を隠せるところは、別の受験生の体の影だ。体の小さなハルシャがヒソカの後ろに隠れてしまうのはそう難しいことではなかったし、イルミとハルシャの二人の攻防を楽しそうに見つめていたヒソカが、ハルシャに無言で隠れ場所を提供するだろうことも想像に難くない。
要するにヒソカにとって今目の前の戦いは大層楽しいもので、それを楽しいままにするために協力は惜しまない。
イルミはようやく見つけたハルシャの影を逃がさないよう捉えるため、何のごまかしも使わずに真っ直ぐに彼女に迫った。







2013/01/12

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