ヒソカが傀儡を倒し、針が抜かれて身体が自由になるとハルシャは解毒剤を試験官に渡し、そのまま試験会場を後にした。イルミの針のせいで体中の筋肉と関節が軋んでとても残りの試合を観戦している場合ではなかったからだ。イルミは解毒剤さえ与えればすぐにでも動き出せるだろう。
イルミとキルアの試合がどうなるか気にならないわけではなかったが、ハルシャはわざわざ家庭の事情に口を出すほどお人よしではなかったから、あえて観戦するのをやめた。
ベッドの上でしばらく休んでいればそのうち体の違和感も取れてきてゆっくりと体を起こす。


「あら、起きてたの?」


体を起こしてぼーっとしていたとき、扉を開けて入って来たのは第二試験官のメンチだった。彼女は相変わらず奇抜な髪型のままで、ハルシャはどうやって結んでいるのか気になった。


「それ、どうやって結んでるの?」


ハルシャの突然の問いはさすがにメンチも驚かせたようで、彼女は椅子を引いた手を一瞬止めて、一体何のこととばかりに首を傾げるが、ハルシャの視線に自分の髪型のことを言われているとすぐに気づく。
メンチは笑って、手を顎に当てていたが、結局「内緒♥」と言って教えてはくれなかった。
教えてもらえなかったところでどうにかなるわけではない。ハルシャはベッドから降りるといつものサンダルを手にとってベルトを足首に巻きつける。


「あ、ねぇ試験ってもう終わったの?」

「いっけない、それ伝えるために私ここに来たのよね。一応終わったわ。これから合格者向けの簡単な講習会があるんだけど、行ける?」


ハルシャは立ち上がったがまだ足に違和感を感じて顔をしかめる。その様子を見てメンチは無理ならいいわ、と言うと部屋の隅においてあったソファに移動した。


「講習なんていったって別に大したことするわけでもないし、いいわ私が簡単に説明してあげる」


ほら、座って。
メンチに促されてハルシャが腰を下ろすとふわふわのソファが彼女の体を受け止める。


「とりあえず、もう試験は終わっちゃったわけだけど何か質問とかある?」

「あ、私の傀儡は?」


ポットからティーバックを入れたカップに湯を注いでいたメンチは再び驚いたように顔を上げる。恐らく一言目には誰が不合格なのか、ということを聞かれると思ったのだろうがハルシャとしてはまず一番に気になるのは自分の傀儡のことだ。あの後体がきつくてすぐに抱えられるように試験会場を出る羽目になったせいで傀儡の回収をしていなかった。捨てられたらどうしようと思っていたのだが、幸いにして全て集めて別室に保管してあるらしい。
湯気の立つ紅茶を前にすると異様に喉がカラカラであることに気付いて、熱さも構わず口に含んで飲み込んだ。纏を行えば火傷などしない。
温かなものが胃に流れ込むとやけにほっとした。恐らくイルミとの戦いの後の緊張が、試合後もずっと体に残っていたのだろう。ふええええと気の抜けたような声を出すとメンチに笑われたが、相手が相手なのだからしょうがない。


「・・・・ま、簡単に説明しちゃえばハンターってのはそんなもの。大体ハルシャは念だって使えてるんだから、ライセンス奪われるような心配もないだろうし、裏試験も必要ないし・・・・・合格おめでとう」


笑って差し出された手を握り返すと、メンチはハルシャの指に少しだけ触れてから手を離す。


「でもすごいわね。最初あなたのこと見たとき、それなりにやるなって思ってたんだけどまさかあそこまでの念能力者だとは思わなかったわー・・・・・操作系?」

「まぁ、そんな感じ、かな?」


試験官であったメンチに対し敬語を使うべきか使わざるべきか一瞬迷ったが、面倒になって普通に話すことにした。紅茶のカップを両手で支えて熱をもらいながら、口に運ぶ。


「・・・・会長から聞いたんだけど、あなたの父親ってあのサソリ?」

「うん。だって私の傀儡にも半分くらいサソリのマークついてたでしょ?」


ハルシャがそう答えるとメンチは首をかしげた。あれ?と思ってハルシャは別の、まだ壊されていない傀儡を取り出すとその首筋をメンチに見せる。


「これ。サソリが作った傀儡には必ずこのマークが入ってるから」


ひし形の中に塗り潰されたような蠍の模様が刻まれているそれは、サソリが好んで自分の作った傀儡に入れる、いわば芸術家のサインのようなものだ。ハルシャの傀儡の半分はサソリのお下がりだったからこのようなマークが刻まれているが、彼女が最近作った傀儡の方にはこのマークはない。
意外とこのことが知られていないことにハルシャは若干の驚きを感じたのだが、考えてもみればサソリの傀儡をまじまじと見れるほど近くに来た人間は全て死んでいた。そもそも人と馴れ合うのを好まないサソリは自分の傀儡を人に見せることも多くはない。だからメンチが知らなくても当然なのだが、常にサソリと一緒にいたハルシャからすれば驚きだったのだろう。
ハルシャは傀儡をもう一度仕舞うと、メンチからハンターライセンスを受け取った。


「じゃ、これであなたも立派なハンターね。試験お疲れ様」


それだけ言い残して部屋を出て行ったメンチを追うようにしてハルシャもそれから少し後に部屋を出た。
先に教えてもらった傀儡の保管されているという部屋に足を運ぶと無残に破壊された傀儡とその部品が散乱している。よくここまで拾い集めたものだと思ったが、ここまで潔く壊してくれたイルミへの怒りの方が感謝に勝る。
全てかき集めて、巻物の上に"要修理"と書いた紙を貼るとハルシャはそれをポケットではなく腰のポーチに仕舞った。一部の仕込みは生きているが、こんな状態では近松の衆は一から作り直しかもしれない。材料費は全部イルミに請求しようと心に決めて、ハルシャは部屋を後にする。
人気のない廊下を進むと、階段に行き当たって下りて、角を曲がろうとしたところでイルミと出くわした。


「起きたんだ」

「イールーミーあんたねぇ!」


散々ぶち壊してくれたわね、とばかりに拳でイルミの胸を叩いてみたが効果は勿論、ない。
「仕方ないじゃないか」と悪気なく言うイルミに昔のように頭を撫でられたのがまたむかついた。
イルミのことが好きか、と問われると首を傾げざる得ないが、傀儡にしたいと思うぐらいの愛情はあった。イルミは傍目から見ても非常に綺麗だし、内面(ハルシャの言う内面とはつまり骨や臓器の形のことである)も整っていて美しい。以前そのことを言ったら猛烈に引かれた記憶があるので、面と向かって言うことはないが、8年ぶりに会ったイルミに対してもハルシャは今だ傀儡にしたいという欲求はある。
そんなハルシャの心のうちを知ってか知らずか、イルミはこの後どうするの、とごくごく普通に聞いてきた。


「私?私は・・・んー、まぁ父さん探しに行くかな。でもどこから始めればいいかわからないからとりあえずお金集め」

「そう。父さんに話したら気が向いたら来いって」

「いや、用がない限り行きたくないから遠慮しとく」


ハルシャが目を逸らすと、そう?とイルミは言ってハルシャに背を向ける。


「イルは何処行くのよー」

「オレは帰るよ。キルも家に帰るみたいだし」


ちょっとだけ意表をつかれてハルシャはぽかんとした。キルアがここで話題に上るとは思ってもいなかったのだが、そもそもイルミはそれを目的にしている節もあったので当然なのかもしれない。
じゃあね、と8年ぶりの別れにしてはやけにあっさりとハルシャとイルミは分かれて、ハルシャはハンター協会の入り口でさらに出会ったゴンたちとも別れ一人賑やかな街の中に戻っていった。






2013/01/19

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