ヒソカの腕に腕輪(というよりは形状からして手錠と言った方が正しいのかもしれない。しかし手錠というとどうも響きが重いので、腕輪と言うことにしておこう)がはまると同時に、ゆっくりと床が動き出して扉が現れた。まるでエレベーターのような構造のそれが、果たして監獄に必要なのか謎だったが、基本的にハンター試験利用を前提とした建物であるならそう首を傾げることもない。
二人揃ってようやく進める仕組みは、まさしくこの二人が運命共同体だと言っているようなものだった。
ハルシャが仕組みに見惚れていると手錠がジャラリとなって、少しだけ長めの鎖が持ち上がる。
「さっさと行こうよ、
ハルシャ♣」
ヒソカの言葉に渋々・・・・ではないが
ハルシャもまた歩き出す。
鎖の長さはおよそ40cm。普通に歩いたりする分にはさほど窮屈に感じないが、この状態でもし戦闘になった場合は少々厄介だ。正直
ハルシャはヒソカの動きについていける気がしなかったし、傀儡師の共演【マリオネットダンス】を使うにしても、ヒソカが腕を引けば力の差であっさりと腕を持っていかれてしまう。それが一番厄介だ。すでに歩幅のせいで半ば駆け足になった
ハルシャは不本意ながらも「もっと速度緩めてよ」とヒソカに注文をつけたのだった。
真っ直ぐに続く廊下は急に折れ曲がっていて、二人は曲がり角を覗き込んだところで足を止める。
「さてと、いきなり別れ道だけど」
「お好きにどうぞ。私、こういうのの籤運悪いから」
「じゃ、こっちにしよう♥」
ハルシャがヒソカと目も合わさずに言うと彼はそれすらも楽しそうに受け止めて右の道を選んだ。選択の理由を聞けば、勘、だそうである。
無音の廊下に二人の足音とこすれあう鎖の音だけが響く。チャリチャリという金属音が耳障りに廊下に響いていたが、どうしようもなかった。少しだけ鎖をつまんでみても存外重いそれをずっと持っているのは疲れそうだ。今手錠をしていて、さらにその重たい鎖が繋がっているのにも関わらず
ハルシャがほとんどその重みを感じないのは、身長差ゆえにヒソカが鎖の重みのほとんどを受け持つことになるからである。とはいえその程度のことで悪いと思うほど
ハルシャは繊細な心の持ち主ではなかったのだが。
少しだけ下に向かってカーブした廊下は何年もずっと人が通っているのか、滑りやすかった。
「
ハルシャ」
ふいに名前を呼ばれて
ハルシャは嫌な顔をする。今回に限って言えばヒソカに名前を呼ばれたことに不快感を覚えたのではなく、彼の言葉の裏の意味を理解したからだ。その裏の意味に答えるように
ハルシャが仏頂面でそっぽを向くと、ヒソカはクツクツと喉の奥で笑った。
「・・・・・円は得意じゃない」
「操作系は往々にして念の応用技も得意だっていうじゃないか♦」
要するに見せろ、と言うことなのだろう。
ハルシャとて先ほどから自分達の足音にもう一人余計な足音が混じっていることには気付いていた。歩けば歩き、止まれば止まる。カーブした廊下では相手の姿は見えなかったが、空間の暗さも相まって不気味だった。
まだ二人に対し試験らしい試験は一度も与えられていないからそろそろなのだろうと思う。先手を取られるのは癪だし、こうなった以上はどちらかが円を広げるしかないだろう。
ハルシャは歩みを止めずに目を瞑って感覚を集中、そして一気に外へと広げる。
「・・・・捕まえた」
「♠」
「ヒソカ走って!!」
彼女の円が捉えたものは予想の範囲内ではあったのだが、この空間でそれはまずい。
ハルシャは即座に判断すると、ヒソカに声を荒げて命令すると自身も駆け出そうとしたのだが、それよりも早くヒソカに抱えあげられてしまう。「こっちの方が早い」というヒソカの言葉はいきなり視界がぐるりと回った
ハルシャには届かなかった。腹にヒソカの肩の骨が食い込んだ衝撃で息が詰まるが、次にヒソカが動き出すとその程度で文句を言っていられる暇はなくなった。
ヒソカは廊下を律儀に走るようなことはせず、壁を蹴り、跳躍しながら一気に階下へ向かう。
「何が来るんだい」
「大量の水。窓もない狭い通路なのはつまりそういうことね。この先、右と左に分かれてるけど左に進んで。開けた空間になってるからそこまで行けば逃げられる。右は行き止まり。あと水に飲み込まれたら多分右に流されて死ぬわ」
「さすがだね、
ハルシャ♠」
後ろから追っていた足跡は恐らくどこかしらで攻撃を仕掛けてくるつもりだったのかもしれないが、それよりも先に気付かれたのは誤算だったのだろう。しかし次の罠を仕掛けてくるあたり第三次試験からは遠慮なく受験者を殺す気のようだ。
「跳ぶよ」
ヒソカがそう呟くと同時に軽い浮遊感が体を支配してそれからどん、という衝撃と共にまた固い地面に落ちる。
「ヒソカ、ちょっと下ろしてくれない」
「ボクとしては君に触れられるのならいつまでだって抱いていてあげるけどね♥」
「即効下ろせ。出なきゃ風穴開けてやる」
ヒソカの言葉にぞっとして
ハルシャは銃をヒソカの後頭部に当てる。
ハルシャの脅しにヒソカは口では「クククッ・・・それは困る」と言ってはいるがとても本心とは思えない口ぶりだった。
「んー・・・だだっ広いところに出たけど進む道は・・・なし」
「ソレをいうならそもそも来る道もなかったけどね」
ヒソカが今先ほど自分達が出て来た通路を見ながら言う。真四角のその通路からはまるで滝のように水が溢れ遥か階下へと消えていった。ここはまるで吹き抜けの空間にぽっかりと浮かぶ浮島のような台で、縁から覗いても下は闇に包まれ何も見えなかった。普通に落ちたら死ぬだろう。
「思いのほか早い到着だったな」
「あれ、向こうにも私たちと同じ人がいるわ」
「よく見なよ。あれはボクたちのと違って本物の手錠さ♣」
「ホントだ」
自分達が出て来た通路とは向かいの通路に急に人が現れて、
ハルシャは首を傾げる。勿論それは受験生ではない。トリックタワーには今受験生の他に、ハンター協会に雇われた何人もの囚人がいる。囚人達の役割は、受験生を一階へたどり着かせないこと。彼らは一時間受験生を足止めするごとに一年刑期が短くなるという恩赦のために、ここにいるのだ。基本的にこの試験方法を考案したのは試験官だが、どのように受験生を引き留めるのかは各囚人に一任されているのだ。
「足手まといの相方でないようで何より」
「私としてはむしろ足手まといでいいから他の人がよかったんだけど」
囚人の言葉を聞いて、
ハルシャは嫌そうに隣に立つ男を見上げる。そんな
ハルシャの表情のどこにそそるものがあったのか知らないが、「ゾクゾクするよ♥」というヒソカに
ハルシャこそ嫌悪感でいっぱいだ。
「それより私としてはさっさと下に下りてこれ外したいんだけど。あなた、ここで私たちを試験するんでしょう?何すればいいのかさっさと教えてよ」
「・・・・そうだな・・・・おい、受験生が来たからいい加減これを外せ」
ふいにその囚人は虚空に向かって話をしたが、どうやらどこかにマイクがあるらしく囚人がそう言うとほぼ同時に彼の腕の手錠がガチャリと重い音を立ててはずれ床に落ちた。
筋骨隆々、明らかに接近戦格闘タイプと分かるその様相は訓練を受けた軍人といった感じだが人相はあまりに悪い。脱走兵か何かなのだろうか。
「ここではハンター協会に雇われたオレたち囚人が試験官の代わりだ。オレたちの指示に従い動け」
「それは結構♠いいから早く説明しなよ」
ヒソカの言葉に若干気を悪くしたのか、囚人は明らかに不機嫌になって言葉を続ける。
「これからオレともう一人の囚人とデスマッチを行う。ただしお前らは鎖に繋がれたまま、攻撃できるのは一人とする。質問は」
「つまりここであなたと戦うのは私がヒソカのどちらかということ?そして後ろのもう一人と戦うのは最初に戦わなかったもう一人」
「そうだ」
頷いた囚人が何を思っているのかよくわかる。
一見して異常性がはっきりと分かるヒソカに対し
ハルシャはいかにもヒソカの足手まといでしかない。接近戦に持ち込むまでもなく、気で威圧できそうなほど軟弱そうに見える。
「それならボクから行こう。あの体格差じゃ接近戦に持ち込まれたとききついだろ♠」
確かにもう一人の方が幾分この男より貧弱そうに見えるが、むしろ殺気が危ないのはまだ控えている囚人の方だと
ハルシャもそしてヒソカも気付いているはずだ。だがヒソカはあえてそちらの男を
ハルシャにまわし、
ハルシャの実力を見る気なのだろう。自分の技をいちいち暴かれるのは気が進まないが、仕方ない。
「ご自由に」
囚人がほくそ笑んだ。
2012/12/31
2013/02/01 前半部分加筆修正
