身体能力で言えば圧倒的にヒソカの方がハルシャよりも上である。見た目からして細いハルシャの手足はとても近接戦闘に向いているとは言えず、ヒソカが思った通り、ハルシャはヒソカが距離をつめたとたん距離をとろうとして後ろに跳んだ。武器の選択とその使用方法の熟練度から見て、傀儡をこれだけ使う故に近接戦闘という手段を捨てた、ということであろう。これだけ自由に傀儡を、しかも複数同時に操るには数年の努力ではどうにもならない。念の制約と誓約ではないが、幅広い戦法を捨て、一点に集中することで、プロとも呼べる技術を身に着けることができるようになるのだ。


「今度は隠れる時間も与えないよ」


ヒソカはトランプで念弾を全て弾き返し、振り被った拳をハルシャに真正面からぶち当てた。逃げることは元より得意なのだろう、ハルシャはヒソカの拳の勢いを自らの体を後ろに引くことで殺したためにダメージは少ない。だがヒソカにとってはハルシャの体に触れられれば十分なのである。


「捕まえた?」

「!?」


不可抗力とも呼べる力に無理やり引っ張られて、ハルシャの体ががくんと傾いだ。凝をすれば殴られた部分にヒソカのオーラがひっついているのがわかる。まるでそこを支点にして引っ張られているような感覚に、ハルシャは何とかオーラを引き剥がそうと、オーラの張り付いた腹部の一点のみを絶状態にしたがまったく効果はなかった。ハルシャの念糸とはまったく異なるもののようだ。傍から見ればただのオーラにしか見えないが、物理的拘束力を持っているこれはヒソカのオーラが変化しているものに間違いないのだが、それが何に変化しているのかまではハルシャにはまだわからなかった。
地面を踏みしめ、ヒソカに引き寄せられる力に抵抗してみるも、その抵抗はヒソカにとってはほとんど無いも同然である。これで、相手がヒソカでなければハルシャも自ら懐へ飛び込むこともしたものの、今のハルシャではヒソカと近接戦闘をしたところで勝ち目がないのでそのような無茶はしない。
ヒソカは気味の悪い笑みを浮かべ、突っ立ったままハルシャが自分の能力によって引き寄せられるのをじっとまっている。わざわざこんな演出をしてくれるのは、さらにハルシャが何か手の内を見せてくれるのを待っているのだろう。
ハルシャはそんなヒソカの笑みに吐き気のするような感情を覚えた。絶対にこの男だけは傀儡にしたくないと思いながら、ハルシャは着ていたパーカーのチャックを下ろす。そして足の力を抜くと同時にしゃがんで、パーカーの袖から一気に腕を引き抜いた。間髪いれずにホルスターから抜いた銃の引き金を引く。ヒソカは急に抵抗する力の弱くなった対象に、一瞬だけ反応が遅れた。視界がパーカーで覆われた状態での銃声に、反射的に身をかがめたものの、銃弾が頬をかすった。
じわりとヒソカの頬に赤い一線から血がにじんだ。銃弾が貫通し、穴の開いたパーカーが地面に落ちる。ハルシャは油断無く銃を構えていたが、ヒソカが立ち上がったその表情を見て、ぞくりとした。口元に浮かんだ深い笑みは、悪魔のようだった。瞳孔が開ききったその目はまっすぐにハルシャを見ている。見られている感覚がたまらなく気持ち悪い。


「ああ・・・・・・いい・・・・いいよハルシャ・・・・!君は誰にその念を教わったんだい」


口調はいつものようにゆっくりと、だがその響きにはできうる限りの狂気を含んでいて、ハルシャは額に冷や汗が浮かぶもぬぐうことなく銃口でヒソカの急所を狙う。もう弾はなかったから、後は念で応戦するしかない。銃撃のコントロールは実弾が入っていた方が威力が増すのだがわがままを言っている場合ではないだろう。
ぴりぴりとした空気が木々の間を包み込んでいる。動物たちは皆自分が餌食にならぬようにと息をひそめてピクリとも動かなかった。ほんの小さなきっかけが、合図だ。そのタイミングを誤れば誤った方が、死ぬ。だが、その静寂を破ったのは、思いもよらぬ電子音で、ハルシャもヒソカも一気に殺気を削がれた。
piriririri....
ヒソカの懐で鳴った電子音に二人して顔をしかめた。ぷつんと張っていた糸が切れるように緊張の糸が途切れて、二人の殺気は霧散する。ハルシャは銃をおろした。これ以上、ヒソカから攻撃はない。そんな確信がある。ヒソカは懐から取り出した携帯を見て、少しだけ表情をゆがめてから電話に出る。


「何?」

『ヒソカ、何してるの。もうそろそろ一次試験終わりそうだけど』

「折角いいところだったのに?わかった、すぐ行く」


電話の相手が何を言ったのかハルシャにはわからなかったが、ヒソカはもう戦う気はないようだ。


「残念だったね、ハルシャ。この続きはまた今度だ?」


残念なのはお前だけだと内心で愚痴りながら、ハルシャは地面に落ちたパーカーを拾った。一張羅は見事に銃弾が貫通して袖と背に穴が開いてしまっている。キャミソールの上から着ると少しスースーと風通りがよかったが、あいにくと代えはないから我慢するしかなかった。銃はホルスターに壊れた傀儡も全て回収して、さっさと二次試験の会場に向かおうと思ったとき、ヒソカの、今度は邪気のない笑みとぶつかった。と、ほぼ同時に腕をつかまれてハルシャはひどく嫌な顔をする。


「離して!」

「君、その念糸で試験官の位置がわかるんだろ?ボクもつれてってよ?」


振りほどこうにも振りほどけず、逃げようにも逃げられずハルシャは観念したのか、空いた片手で銃をヒソカに向けるようなこともなく「こっち・・・」と力なく念糸の方向を指差した。










薄暗く足元はぬかるんだ森の中を黙々と進むハルシャは不機嫌だったが、一方のヒソカはハルシャのことをいたく気に入ったようで楽しそうである。


ハルシャ、傀儡師の共演【マリオネットダンス】は操作系というより放出系と流の応用のようにも思えたけど、どの辺が相手に干渉する操作系なんだい?」

「・・・・・そんなの簡単に教えるわけないでしょ」

「いいじゃないかボクと君の仲だろ」

「どんな仲よそれ!!」


いい加減離してよ、とハルシャは怒鳴るがヒソカは「ヤダ?」と言うばかりで捕まえた手にますます力を入れるだけだ。今度はもっと近接戦闘訓練もしようと心の中で誓ったハルシャだったが、多少の訓練ではとてもこの男には及ばないだろう。
しばらく無言で(だが一方的なヒソカの問いはあった)歩き続けるとやがて人の話し声が聞こえてきてそれが二次試験会場への到着を告げていた。
もう一度ハルシャが腕を振り払おうとすると、今度はヒソカの手はあっさりと力が抜けてハルシャはフリーとなり、彼女は間をおかずに駆け出した。


「クラピカ、レオリオ、ゴン、キルア!!皆無事でよかった!!」

ハルシャこそ無事で・・・・!」


言いかけた言葉を飲み込み、ハルシャのすぐ背後から出て来たヒソカを睨みつけるレオリオとクラピカだったが、ヒソカはいけしゃあしゃあと「別に何もしてないさ?」と言いするりと人の間に姿を消した。











2012/12/30
2013/12/29 加筆修正