霧の合間からリン、リンと誘うような鈴の音が聞こえてきて、その鈴の音の合間に時折悲鳴が混じるのが不気味だった。はじめはひとつの大きな塊でヌメーレ湿原を移動していたはずなのに、生息する生物の巧みな智恵により大きな集団は半分に、そしてさらに半分にと小さく小さく分割されていき、今ではクラピカとレオリオの周囲には誰もいなかった。
「
ハルシャともはぐれちまったな」
「ああ。前方の連中がまさか自分達の影とは思いもしなかった。これでは試験どころかここの生物の餌食だ」
「そりゃ困る」
レオリオは真面目に言い返すが、だからといって現状はどうにもならない。止まっているよりとにかく進もう、と二人はかすかに残っている人の足跡らしきものを頼りに前へ進む。
一方のゴンとキルアは戦闘のグループでサトツの姿を確認しながら走っているため迷うことこそなかったが、後続が急に消えたことによる不安は多少ある。とくにその後続にレオリオとクラピカ、
ハルシャが含まれているとなればなおさらである。
「おい、ゴン!!前見てないとはぐれちゃうぜ!」
「うん・・・でも・・・・キルア!!」
「どうした!?」
急にゴンが立ち止まり、声を上げる。キルアも名を呼ばれて一瞬立ち止まったが、それでもサトツを追うのをやめれば二次試験会場にはたどり着けないと分かっているので本当に一瞬のことだった。
「ゴンってば!!」
「だめだ!クラピカと・・・レオリオが危ない!!」
ゴンがキルアの視界から消えたのはあっという間のことで、それこそキルアは止める暇もなかった。霧の中足音で判別しようにも受験生に紛れ、匂いも花の香りに隠されてしまう。
「ちっ」
キルアはとにかく二次試験会場の位置を確認することを先決とし、サトツを追ったがゴンのように一瞬で動けない自分にほんの少しだけ違和感と嫌悪感を感じた。先ほどの悲鳴にレオリオのそれが混じっていたと、わかっていたのに。
ゴンが二人の下へ駆けつけたとき、ちょうどヒソカがレオリオに追撃を加えようとしていたところで、ゴンは反射的に持っている釣竿を振り被る。ひゅん、と浮き(しかしその名称と異なりやけに重い)を振り回し勢いをつけるとヒソカの顔めがけて一直線に飛ばしたのだ。幾分か考えることならヒソカも反応できただろうが、ゴンほど一切の思考なくただ感じたことに反射的に行動されるとなると非常に反応しにくい。だがその釣竿の一撃がヒソカのスイッチを入れたとなるとむしろ外れた方が遥かにマシだっただろう。
自らを奇術師と名乗るヒソカは、サソリに負けず劣らずの殺人鬼である。犯罪者としてサソリほど名が通っているわけではないが、相手にするとなれば厄介この上ない。その上変態すぎて気持ち悪い。
だから、
ハルシャとしては本当は一切近づきたくない相手だし、戦う気も本当はなかった。だが、
「ゴンを離して、ヒソカ」
それだけは許さない。
ゴンの首に手をかけたまま彼の体を持ち上げたヒソカがゆっくりと視線を
ハルシャに向ける。赤い舌がぺろりと覗いて、それが
ハルシャに寒気を走らせたが構えた銃を強く握ることで耐えた。
「ゴンを、離せ」
そう命令するのとほぼ同時に
ハルシャはぬかるんだ地面を蹴る。そして間合いを詰めるとゴンを捕まえたままの右二の腕に銃口をあてゼロレンジで引き金を引く。
「クラピカ!!レオリオとゴンを連れて早く逃げて!!ゴンはキルアの匂い分かる!?」
「き、キルアはわかんない!!でもサトツさんならわかるよ!」
「何でもいい!行け!!」
銃口が肌に密着していたにも関わらず
ハルシャの念弾はヒソカに掠りもしなかった。信じられない身体能力に、
ハルシャはちっ、と女らしくない舌打ちをすると左手にも銃を構える。
視界の端で一瞬迷いを見せたクラピカだが、余裕のない
ハルシャの瞳にむしろ自分達がいると邪魔になると感じたのだろう、負傷したレオリオを抱え即座にゴンの後を追い霧の中に姿を消した。
これで、ひとまずは安心である。ここの生物は手ごわいがヒソカと居るよりは遥かに安全なはずだ。
ヒソカの動きに合わせてゆっくりと
ハルシャも円を描くように右へ進む。お互いに距離を測り、隙を狙っているが、こうしてただ対峙しているだけで隙を見せるような相手でないことはお互いすでによくわかっているはずだ。
「・・・・いい・・・・♥」
「?」
「いいよ、君、すごくいい♥」
本当に気持ち悪い。頬を高潮させトランプを弄ぶ目の前の男に
ハルシャが感じるのは、相手が快楽殺人者であり自分が獲物であることの恐怖ではなく自身が女ゆえの嫌悪感である。
「そのしなやかな体も、動きもボクをゾクゾクさせるよ、ねぇ
ハルシャ♠」
「・・・・ッ黙れ」
やっぱりハンター試験なんて受けるんじゃなかったかもしれない。受験票なんて、さっさと捨ててしまえばよかった。
2012/12/30
