「あ、ハルシャ!」

「ゴン!体力あるね、足早っ」


後半を比較的ゆっくりと走っているレオリオクラピカ組と分かれて先頭のグループに身を紛れ込ませると、そこには今だ疲れを全く見せないゴンがいた。最初に会ったときと同じように笑いかけられてハルシャも若干ひきつった笑みを浮かべる。持久力はあっても、スピードを上げるとさすがに疲れが全身に回るのだ。ヒソカから逃げるために何度か速度を上げて逃げたのが少々仇になったらしい。


「もうやだー!どんだけ走るの!これ!」


そもそも大して受けたくもなかったハンター試験だ。ハルシャは泣き言を言うが、ゴンの隣を一緒に走っていた銀髪の少年は少しハルシャの走る姿を見ていたかと思うとふっと口の端を上げて笑った。
(あ、可愛い)
目つきは悪いが、まだ子供らしい顔つきだから笑うと非常に可愛らしい子であった。ハルシャは素直にそんなことを思ったが、この年齢の子はそんなことを言われると大抵怒り出すので口には出さない。


「少年、名前は?」

「オレ?オレ、キルア。ハルシャって言ったよな。あんたすげー強いだろ」


にやっと笑ってキルアが言う。ちょっと予想外の方向に進んだ話にハルシャは驚いたが、キルアの言葉には純粋に頭を抱えた。


「まだまだ父さんには適わないけどね」

「え、ハルシャさっきすごかったよ!!ヒソカのトランプ全部打ち落としてたじゃん。オレ、動き追うので必死だったもん」

「そうそう。あれだけじゃないし。トンパの奴、あんたのこととても強そうに見えない、なんて言ってたけどあんた逐一動作に隙がねぇもん。それなりの訓練受けてるんだろ」

「うん、まぁ一応それなりの、ね」


サソリのあれは単に虐待なんじゃないかと最近思っている。おかげでそれなりに実力がついたことは事実だが、もう少しやりようがあるんじゃないかというのが本音だ。


「でもそれはキルアも同じでしょ?」

「わかる?やだなぁ、オレここではハンター試験に興味があるだけのガキって設定なんだけど」


キルアはスケボを持っていない方の手で銀色の髪をわしゃわしゃとかき混ぜべっと舌を突き出す。その様子が逆に子供らしい。
キルアの言葉にへぇ、と頷いた時だ。ふいにゴンが立ち止まって、ハルシャと話していたキルアはゴンの唐突な動きについていけず思い切り彼にけっつまずいた。


「げ」

「きゃぶっ」


そしてけっつまずいてバランスを崩したキルアに引っかかって、ハルシャもまた固い金属質の床に頭をぶつけた。


「おいゴン!!急に止まるなよ!!ってかハルシャも『きゃぶ』はないだろ」

「うっうるはい」


鼻から思い切り地面にぶつかったらしい。ハルシャを見れば鼻を押さえた手から赤黒いものがだらだらとこぼれ落ちていた。ヒソカと一瞬でありながらもあれだけやり合う実力者ならもう少し上手く受身ぐらい取れるとは思うのだが、これがハルシャの素なのかそれとも相手を油断させる手段の一つなのかキルアにはいまひとつわからない。
だがゴンはキルアとハルシャのやりとりなどまるで聞こえていない様子だ。


「クラピカとレオリオがいない」

「「え?」」


ゴンは横を次から次へと走り抜けていく受験生を歯牙にもかけず、唐突にそう言うとルートを逆走し始めた。


「あ、おい!!オレ、ちょっとゴン追うわ。ハルシャはとりあえずその鼻血止めろよ!」


後続の受験生から怒号が聞こえる。おそらく急に逆走してきたゴンにぶつかったのだろう。キルアはそんな腹いせ紛れにほかの受験生に当たる連中の足を引っかけながら、あっと言う間に姿を消した。


「真ん中で座り込んでんじゃねーよ!!」

「あだっ!」


がたいのいい男に蹴られそうになって慌ててよけると、今度は着ていたパーカーのフードを捕まれて地面に叩きつけられる。二度も三度も顔をぶつけていたらお嫁に行けなくなる、とさすがにガードしたが、むしろノーダメージなのがその男たちには気に食わなかったようだ。


「さっきからぎゃーぎゃーうるせぇ連中だぜ、いい加減耳が痛くなりそうだ」

「そうだぜ姉ちゃん。さっきの餓鬼も姉ちゃんの連れならちゃんとしつけぐらいしとかねぇか!」


ああ、つまりそういうことか、とハルシャはため息をついた。どこまで走り続ければいいのかいつまで走るのか、なにもわからない状態で走り続けることに苛立ちを募らせる受験生に捕まってしまったらしい。腹いせに暴力は結構だがそれに巻き込まれる方はたまったものではない。殴られるのも犯されるのも大いにごめん、とふりかぶられた拳をしっかりと見据えて、太股のラインにぶら下げたホルスターに手を伸ばす。もとより安全装置を排除した特注の銃であるため細かいことは気にする必要はない。引き抜き、ギリギリで拳を避けて肩口に弾丸を叩き込もうとしたその時、引き金を打つよりも早く男が支えを失ったかのように足から崩れ落ちたのだ。ハルシャは驚いたが、即座に殺気に反応して銃口を先ほど通ってきた道に向けた。


「女の子に暴力は感心しないかな♦」


暗い通路から殺気を垂れ流しにした赤髪の男が再び現れてハルシャはげんなりした。こいつから逃げるために折角頑張って前に行ったのに追いつかれてしまっては本当に意味がない。だが明らかにこちらがヒソカによってダメージ(それも精神的な)を与えられていることを悟られるのは癪だ。ハルシャは目は全く笑ってないが口元にだけ全身全霊を込めた笑みを浮かべる。


「それなら女の子の暴力は受け止めてくれる?」


ほんの数瞬のうちに六回も引かれた引き金、同時に銃口からは同じ数だけの弾が飛び出してそれら全てがヒソカの急所を狙う。
だが弾丸の全ては紙とは思えぬ強度を誇るトランプに打ち落とされ、相殺された。
ヒソカの目が一層細められ、狂気をはらんだ視線がまっすぐにハルシャに注がれた。


「なんで私につきまとうのよ。ほっとけばいいじゃない。もしかしたらここでライバルが減ったかもしれないのに」

「ライバルなんて関係ないよ♣」


仕込みがあるのか、ヒソカが歩く度にやけに高い音が響いた。それが逆に不気味だ。この男は本当に底が知れない実力を持っている。そろりともう一丁の銃に手を伸ばしたが、こうも全身を嘗め回されるように見られては不意打ちには使えない。


「君を見ているとゾクゾクするんだ。ねぇ、君に触れさせてよ・・・♣」


ぞっとした。背筋に寒気が走って、その途端ハルシャはほぼ反射的に引き金を引き固い地面を転がったのだ。
赤い血が飛び散る。


「お遊びはまた今度!」


ハルシャはそう言うと後ろを振り返らずにゴンとキルアが走っていった方向の闇の中に姿を消した。


「本当に、ゾクゾクする」

赤い舌がゆっくりと唇を舐める。ハルシャの念弾が掠った腕から一筋の血が流れ落ちた。







2012/12/30