浅き夢見じ暁の
浅き夢
茫漠とした世界の中にサソリの意識が揺蕩っている。砂丘を超えたところ、渦巻くような砂嵐、それはサソリの遠い昔の記憶そのものであった。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
そういえば祖母が人形遊びを教えるといったのはなぜだったか。
両親のいない寂しさから部屋にうずくまってばかりいた時期があったせいだったと記憶する。あの時は暗くした部屋の中でいつも両親の映った写真を抱えてベッドの上で丸くなっていた。
小さな人形が部屋に入ってくる。それは紛れもない気晴らしであった。あるいは、祖母が自らの術を孫に引き継ごうとしていたのか。そういえば両親は傀儡師だったのだろうか。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
採光用の小さな窓から差し込む光の中で、朝も晩も熱心に傀儡の操演の練習を繰り返した。
傀儡遊びは楽しかった。すぐに操演のコツを掴んだ。チャクラを細くしかし切れないようにするのは難しい。糸のように撚ればいいのだと気づいた。細いチャクラは神経となりより精密な操作を生み出す。一方で、意識が途切れるとすぐに切れてしまう。だから、細いチャクラを撚る。重ねると、一部が切れても残りのチャクラが補完する。操作はより精密に、正確に、意識は違うところへ向ける余力が生まれる。
これは祖母も知らぬ技術のようで祖母はそれを知った時ひどく驚いていた。通常傀儡師は恐ろしいまでに細いチャクラを練りだすまで時間がかかる。傀儡師は血継限界の有無に左右されないが、その一方で適性の有無はかなり明瞭に別れていた。特に傀儡を制作する能力と、操る能力は別個のものとなり、さらに操演者はいかに細く精密な操作ができるかで才能が分けられる。人材が少ない砂隠れの里にとって重要な術である者の、突出した能力者を育てるには時間がかかる。
チャクラを撚る、これはすぐに傀儡師に共有された。あれ以来操演の技術が一段階上がったと聞くが、自分にはどうでもよいことであった。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
傀儡遊びを教わった時、一番大きな窓から見える風景はほとんどが空だった。しかし今は窓の前に立つと砂隠れの家々が眼下に点在するのがよくわかる。
両親の死は遺体の返還を伴った。
珍しく長いこと家に帰っていた祖母と共に遊んでいたときのことである。黒い衣服に身を包んだ忍がやってきて何事か祖母に耳打ちし、祖母が膝から崩れ落ちる。何かあったのだろうと思った。それは表面上のことだ。実際はもうすべてわかっていた気がする。
祖母に手を引かれ、冷たい両親の手に触れた。考えてみれば祖母以外の者に手を引かれた記憶がない。この手は、人形よりも冷たかった。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
両親を傀儡にしたのは寂しさからだったか、はたまた苛立ちか。
少なくともあの日から沸き立つような怒り、悲しみ、苦しみがずっと胸のうちで渦巻いていた。それを思うたびに発狂しそうになるような強い苛立ちが体の底から駆け巡ってどうしようもなくなる。
両親を傀儡にした。安置所より持ち出した遺体をいじって初めて自らすべての傀儡を作った。血まみれの工房から自ら操って部屋へ連れてきた。
自分の両親、自分だけの両親。でもそれは安心と共に集中が途切れることで動かない人形となって崩れ落ちた。その時にふと、諦観を覚えた。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
人形がうらやましい。傀儡がうらやましいと戦場で思う。痛みがないのだから。
倦怠感がひどい、足を引きずりながら真っ赤に染まった砂漠を歩く。
空も赤かったので、世界は真っ赤に染まってしまったかのようだった。
木の葉の部隊の急襲を受け、自分は十の傀儡でそれを迎えた。仲間もいたはずだが、もはやどれが仲間でどれが味方なのかもよくわからない。
全身は傷にまみれ、痛みに呻いている。体力は尽きかけ、吐き気とめまいで気がおかしくなりそうだった。それでも何とか足を引きずって拠点へ帰るべく移動する。いつもは歩きにくい砂が血で固まって歩きやすいのは幸いだった。
あの日以来、確たる血の流れを汲むわけでもない自分が”赤砂の”サソリと呼ばれるようになったと人伝に聞いた。まぁ確かに、赤い髪だ、とその時は思った。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
砂影からの命令で戦場へ出る。出陣命令がない限り、傀儡造りに熱中した。最近はもっぱら死体から傀儡を作ることが多い。何せ人間を模した構造を作るときに位置から木を削りだし、素材を作るのは効率が悪い。臓腑を引きずり出し、骨を文字通り骨格と支えに、皮を被せれば見事な人形が簡単に出来上がる。
仲間ですら自分の工房に近づくことはない。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
ある日のことかろうじて生きている素材を見つけた。悪くない骨格、皮膚、健康そうな臓腑(死にかけてはいるが)。それを素材にするために持ち帰った。そしてその時にチャクラをそのまま人形に組み込み、生前の術を使えるようにする機構を思いついた。
重要なことはいかに点結を移植できるか、である。ここは神経の結節、ここを中心にチャクラを自在にコントロールできる。いわば水道の蛇口に近い。そしてチャクラを生み出す機構は……これはハルシャにのみ伝えよう。お前たちには伝えるべき事柄は何一つない。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
度重なる失敗の果て、ついに人傀儡が完成した。霧隠れの血継限界をそのまま組み込んだ人傀儡はまさしく脅威となった。里の者は自分を恐れた。同時に里の上層部は戦力として喜び、そして監視を付けた。祖母は何度か工房へやってきて死体を弄る自分を眺めていたが、その時の表情は覚えていない。
己を人傀儡にしたいと思うようになったのはその頃であった。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
里を抜ける。
自らの体に刃物を突き入れた時、もはや湧き上がるような歓喜に包まれていた。パーツごとに分けて傀儡にしていく過程で、何度か麻酔が切れた時はさすがに死ぬかと思いもしたが、それでも完遂した。
しかし人傀儡として生まれ変わって見た世界は、今までと大して変わらないのは拍子抜けだった。なんだ、こんなものか。しかし痛みがないのはいい。痛覚も残してはあるが、必要に応じてオンとオフを切り替えるようになっている。
温度を感じる感覚だけはすべて排除した。その時に何を思ったのだったか。冷たい掌を、思い出したのだったか。
≡≡≡ 砂嵐 ≡≡≡
意識は茫漠とした砂漠の中で沈んだり浮かんだり、時折ひどい砂嵐に見舞われて繰り返し鮮明になった。
これが走馬灯かと真面目に思ったのはばかばかしい話だ。考えてみると祖母に殺されたときも走馬灯など見なかった。あれは人傀儡ゆえのものか、あるいは殺された瞬間がまさしく思い返すすべてを孕んでいたからか。
まどろむような夢を繰り返す。もういっそ起きる必要もないだろうか、そう思ったとき掌に触れるものがある気がした。自分よりもはるかに小さな手。高い体温。耳に高い声が届く。ぎゃんぎゃんと泣き叫ぶ音が砂漠の空気を揺るがした。
うるせぇな。
この声はなんだ。なんだ、なんだ、そうだ、ハルシャだ。ハルシャ? どこにいる?
≡≡≡
サソリが目を覚ましたのは彼が早朝に突然ベネットの目の前で倒れてから三日目のことであった。
薄汚れた天井、垂れ下がる点滴のチューブがサソリの腕につながっている。視界がぼんやりと歪む中、サソリは自分のベッドで一緒に横になる小さな体温をようやっと感じ取った。
「……随分と無理したじゃねぇか、クソガキ」
「……うるせェよ……頭がいてぇんだ、わめくな」
「わめくだろ」
ベネットは病院で銃を手入れしていたようだ。人を生かす場所で殺す気か? と皮肉でも言おうと思ってサソリはやめた。ただ、ただ口を動かすのさえ億劫だったのだ。
「ここはどこだ」
「ちったぁまともな病院だよ。まぁ、半分くらいはな、問題のある連中が集まる場所だから治療費は高ぇぞ。代わりに払えりゃなんでもいい」
「なんとかしておけ」
「傀儡売っていいか?」
「好きにしろ」
ベネットは笑って肩を竦めてから病室を出ていった。心配の一言もないのがベネットらしい気遣いである。
わずかに頭を動かそうとして、首のあたりにハルシャの頭が詰まっているせいでまるで頭を動かせない。それでもハルシャを見ようとして鼻に髪の毛がかすった。
くしゃみが一つ、ハルシャが動く。
「……んー……あっ……んー… 父さんおきた……じいちゃんがね……父さん……外でひろいぐいしたんだよって。だからおなかいたいいたいって」
「おい、あのクソジジイを今すぐここへ連れてこい、殺して傀儡にしてやる」
「わかったー……」
ハルシャはにまっと笑ってそのまままた丸くなって寝るのだった。
20250506