浅き夢見じ暁の

虚無

 サソリは唯一人ふらりふらりと大陸を横断した。荒野の夜、古びたバス、廃墟、あるいは混沌とした街の中……サソリは特別な目的を持つこともなく移動を続ける。
 町を出てすぐにサソリは自分が指名手配されたことを知る。町を襲った連中に法に則った正当な理由があったとは思えなかった。せいぜいマフィアの内輪もめといったところだが、彼らはどのようにしてかサソリを指名手配犯として祭り上げたのだ。どうやらあの町の惨劇は全てサソリの仕業になったらしい。
 サソリはそのことについては予想していたため驚きもしない。町の生き残りも銃を突きつけて脅されればサソリの仕業だと言うしかないだろう。裏切りとも思わなかった。サソリはとっくの昔から犯罪者でしかない。新たな生を受けてからまた新しい殺人の件数が積み上がったに過ぎなかった。
 サソリは十日ほどバスで移動した先でそのニュースを見た。さすがに町民によってたかって袋叩きにされるのは面倒だ。傀儡は揃っておらずまだチャクラ糸も安定しない。当面は隠れてやり過ごそうと流れ者たちが集まる町へ身を寄せていく。あるいは野宿が何日も続くこともあった。
 もともと忍として訓練を受けている。野宿を何日も続けたところで別に……と思っていたがこの体は訓練を受けたものではなかったためはじめは随分と苦労した。地面で適当に寝ただけで体は冷え、節々は痛む。傀儡になって長らく、この痛みを味わっていなかったこともあり、最初のうちは随分と苦労したが、二ヶ月も経つ頃には、野外で外を越す夜にもなれ、適当に集めた道具も様になってなんとかやっている。
 直近の課題は傀儡であった。サソリはもともと水遁や火遁といった一般的な忍術で優れていたわけではない。ただ一つ傀儡の術を極めている。一般人、それこそ中忍程度と比べればはるかに戦えはするものの、身一つで突出することは難しいだろう。この世界では特に子どもの体であるということもあり、力も弱い。なんとしてでも身を守る傀儡を手に入れなければならなかった。
 サソリは廃墟となった山奥の小屋を拠点に定めた。道具は簡素でいい。まずは傀儡を作らねばならぬ。山の麓はゴロツキが山のようにおり、それを一人一人傀儡に変えていく。闇夜に乗じて草木より抽出した毒で殺した。一度きりしか使えないようなありあわせの木造りの傀儡で死体を運び皮を剥ぎ臓物を抜き人傀儡を作り上げる。
 一体作れば話は早くなる。武器と言えるほどのものはないがそこらでも買えるような針に毒を仕込んで次のゴロツキを狙い、傀儡にする。素材や環境、道具の悪さから腐り落ちて使えないものもあったが、中にはなかなか見栄えするものもできた。
 十を超える傀儡、二十を超える死者が出るとゴロツキ共もさすがにサソリに感づき、山小屋を狙った。しかし忍であるサソリにとって夜の山奥での戦いほど楽なものはない。ゴロツキ共はサソリに手を触れることなく全員が死んでしまい、さすがに山の衛生環境が悪くなってサソリは山を降りることにした。
 それからは人を殺し、人傀儡を作るの繰り返しだ。問題はそれらをどのように運ぶか、である。どうにも状態の良い巻物が見つからず結局紙に印を記し、それを畳んで持っているのだが、どうにも勝手が悪いのだ。仕方ないので人傀儡のいくつかを人形を取り扱う店に持ち込むとそのうちの一人がパトロンになりたいとまで言い出し、サソリは気づけば十分な後ろ盾を得た。道具も金も、ついでに死体も揃うので当面はそのパトロンの言葉に従って人傀儡を作っていたが、どうもその男はサソリ自身が欲しかったようだ。ある日のこと寝込みを襲われそうになったのでその男は死体にして庭に転がし、今まで提供した人傀儡も回収してまた放浪を始める。
 五年あまり経つとまた別の男がパトロンになることを申し出た。その頃には赤砂のサソリとその傀儡の術は世界的にも話題になっており、金にも困ることは少なくなっていたため好きなようにさせた。
 ベネットという一人の男と出会ったのもこの頃である。人形師の町と呼ばれるナエウス通りに店を構えていた彼は、人形の素材を多く取り揃えていた。サソリの傀儡に惚れ込み素材を好きなだけ提供しようと言うので遠慮容赦なくぶんどったか、ベネットはまるで拒否する様子もなく喜んで店の在庫を差し出し、それから付き合いが続いている。彼は別段サソリの容姿には興味が無いようで、人形にしか目をやらないのも気に入った理由だった。
 サソリはそれ以降ナエウス通りを拠点に活動を始める。この頃には赤砂のサソリの名声は広く知れ渡っており、今やサソリは人形師(傀儡師)として歴たる地位を築いていた。

 サソリは二十ニ歳になるが、未だ顔は幼いままである。生前は十五で傀儡になってしまったためその当時の見た目を引きずっていたと思っていたが、どうももともと童顔らしい。鏡を見てもあまり伸びない身長と変わらない顔つきにどうも釈然としない。
 同時にサソリは人形師としての自身の価値に揺らぎを感じていた。技術はますます増し、人形の造りはさらに精巧になり、この世界においてもサソリは造形師として確固たる地位地位にいる。しかし、その技術を受け継げるものはいない。傀儡は作るだけでなく操ることも含まれる。単純な人形の造形だけではなかった。サソリが体の中にくすぶるものを感じるのは人傀儡が完成し、それを操る瞬間であった。この技術はやがて消える。ようやっと見つけた永遠はここで絶えてしまう。カタチは永遠に残ってもそれを受け継ぎ命を吹き込む者たちがいなければこれは消えゆく技術になるだろう。それはサソリの中にゆっくりと芽吹いた虚無であった。後継者がほしい。この技術のすべてを受け継げる後継者が欲しい。
 サソリは虚無が育つとふらりと旅に出た。人傀儡の素材としてだけではない。後継者に相応しい人間がいないかと探し求めるのである。しかしどのような人形師を探してもサソリの求める人材ではない。虚無はますます広がり、そして限界に来るとサソリは人形師の町に戻り製作に没頭した。傀儡造形はサソリにとって何よりも大事なことであり、同時に現実から逃避する手段でもあった。
 秋を迎えようとする頃である。サソリは虚無に誘われてまた旅に出た。かつて使っていたヒルコと同等の人体を見つけその傀儡が完成したばかりである。その動作テストも兼ねていた。
 小柄な体躯のサソリにとっては十分なサイズのヒルコの中で、思いついた方へと歩きだす。この姿でヒッチハイクをするとたいていの場合怯えられるが、ヒルコを脱いでヒッチハイクすると大抵変な輩が釣れるのも問題だった。幼気なサソリの容姿は一部の男たちに絶大な人気を誇るらしい。車に乗せてもらったはいいがそこで突然馬乗りになられ、結果返り血で血みどろで長い道を歩くことになったのはどうにもいけすかない。
 バスを乗り継ぎあてもなくふらふらと旅をした。その場所にたどり着いたのは偶然で、特別な意味もない。ただ乗り合いのバスで乗り過ごしたところその町にたどり着いたのだ。
 深い煙の中。ゴミが散らばり家々は薄汚れている。人々の服装も擦り切れ黒くなったものばかりで、ここは明らかにスラム街だった。サソリはヒルコの中に入ったままゆっくりと道を進んでいく。黒く濁った水溜りの中には何が含まれているか分かったものではない。極力踏みたくないが、そこら中にあるので足をつけざる得ない。三回回避できなかったところでサソリはそれ以上のことを諦めた。
 ここの連中はサソリがヒルコに入っているからか誰も声をかけようとはしなかった。ヒルコは強面の男性の顔に、とても人とは思えぬ奇怪な構造をしている。左右に突き出した手足はワニのような爬虫類を思わせた。長く、関節の多数ある尾を揺らしながらサソリはゆっくりと進んでいく。今日の寝床を探しているのだ。
 サソリはいくばくか歩いて雨が降ってきたあたりで適当な建物に足を踏み入れることにした。
 ここいらはどうやら開発の途中で廃棄された区画らしい。鉄筋が剥き出しになったコンクリートのビルが立ち並ぶエリアは崩壊の危険が高いからか人も少ない。ゴミや濁った水も少ないのでサソリはそのビル群の一棟を今夜の寝床に選んだのだった。
 暗がりの中に身を置いて外を見るとわずかな灯りがちらちらと煌めいている。だがほとんどの家に電気はないようで夜の暗闇に完全に支配されるまでそう長い時間はかからないだろう。
 寝込みを襲われてはたまらないのでサソリはヒルコの中に入って寝ることにした。コンクリートの壁のうち崩壊が少ない場所を選ぶ。屋根はあるがあまりにも高層ビルはやめた。いざという時に天井ごと押し潰されたらさすがのサソリも死にそうだ。サソリはヒルコの中で携帯食を齧るとそのままの姿勢で眠りについた。夜は静かに更けていく。サソリの中の虚無はまだ消えていない。
 
20240921