サーヴァントは分類的には使い魔に属する。しかしそれは英霊の座から呼び出された、過去の偉人であり、通常の使い魔(動物や精霊を思い浮かべることが多いだろう。他にも様々な形の使い魔が存在する)と異なり、召喚もそして使役もはるかに難しい。令呪というサーヴァントに対しての絶対命令権がマスターに存在するのは、サーヴァントがマスターと同じく思考する存在だからだ。彼らは聖杯にかける願いがあり、召喚の呼び声に応え現界する。令呪はマスターの意にそぐわぬサーヴァントからマスター自身を守るための唯一の手段であり、そして聖杯戦争を完結させるために必要不可欠なものである。通常の聖杯戦争では令呪の譲渡はそう簡単にはいかない。今回の疑似聖杯戦争では打ち出の小槌の管理者、つまり霞流秋穂による召喚が必須であったため、少し令呪に関して仕様が変更されているものとなっている。サーヴァントを召喚するのは打ち出の小槌の管理者であり、打ち出の小槌の内在魔力により、令呪ははじめ秋穂に宿る。七騎のサーヴァントの分の令呪、合計二十一画、それに加えて令呪を「マスターとして宣言をした者」に譲渡するための一画、つまり秋穂は合計二十二画の令呪を得た状態で召喚を完了することになる。全てのサーヴァントの召喚が叶った後に、余剰の一画を用いて七人のマスター候補に三画ずつ令呪を譲渡し、秋穂の役目は終わる。あとはマスターとなった者が規定の手順に乗っ取り聖杯戦争を行い、七騎のサーヴァントが消失することで、内在魔力を使い切った打ち出の小槌は器として完成するのだ。聖杯戦争に規定を設けたのは、ここがカルデアという施設の一部であり、カルデア内で自由に戦闘を行った場合、甚大な被害が予想されるからである。とはいえこの辺りの詳細は秋穂は知らされていなかったので、召喚が終わればあとは疑似聖杯戦争が終わるのを待てばよい、とだけ伝えられていた。それを伝えられた時、秋穂は痛くなければいいな、とだけぼんやり思った。
時計を見ていようが、窓を眺めていようが、時間は過ぎていく。その時になると、秋穂は立ち上がってふらふらとカルデアの廊下を歩き始めた。所長室の前で待てと言われていたので、その通りにしていると見慣れない職員がやってきて案内をするという。
名前も知らない職員に案内されて、秋穂はカルデアの中枢へと向かう。地下深くに用意された工房は、とても地下とは思えないほど広く、頭上を見上げても天井らしきものは見えなかった。たかくそびえたつ柱が林立し、その間を通っていくと部屋の中心にたどり着く。床は大理石か、はたまた別の石なのか、綺麗に磨かれた白い何かだった。秋穂にはその石の名前はわからない。その白い床には丁寧に溝が掘られ、陣を描いていた。大きな陣が一つ、そしてその周りを取り囲むように七つの陣がある。マスター候補である七名の魔術師はすでにそれぞれの陣の前に立っており、誰が、どのクラスの英霊を所持することになるのかも全て決まっているようだった。そして部屋の中央から少し外れた、一段高い壁際の崖の上に所長であるマリスビリーとそしてドクター・ロマンがいた。秋穂はしばらく所長とドクターを見ていたが、特に言うこともなかったので、案内されるがままに部屋の中央へと進んでいく。要所要所に立てられた蝋燭は、不思議なほどに明るく、数は少ないのに部屋を照らし出していた。
秋穂はすべての中央である最も大きな陣の真ん中に立った。どちらを向いたらいいのかよくわからなかったので、とりあえず所長のいる方を前とすることにした。
死はもはや恐れるものではなかった。それよりも、そこに到達するに存在するだろう痛みが嫌だった。打ち出の小槌の力を使う時は常に魔術回路の完全励起に伴う痛みがあり、実家にいた頃は毎晩行われる実験の中でその痛みだけが苦痛だったのだ。それは他の姉妹たちも同じだったので、打ち出の小槌の管理者になったばかりの頃はお互い泣いて夜を明かしたこともある。
ただ苦痛なきよう、それだけを願いながら秋穂はその時がきたことを口にする。
「……素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。甦に物語より生まれし概念。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
一拍おいて秋穂は言葉を続けた。ただ目を瞑って、その瞬間が来るのを待ちながら、自然と頭に入ってくるような呪文を唱えていく。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。ここに願え。告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。願望の揺籃の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
しん、と静まり返った地下空洞の中で秋穂の言葉だけが淡々と響いていた。そしてすべての詠唱が終わると同時に、完全に入り口が閉まっているはずの空洞の中に風が吹き込む。冷たくも温かくもない不思議な風は床に描かれた陣の中で渦巻き、文字通り壁を作り、そして陣は光り出す。
秋穂の全身に激痛が走ったのはその時であった。呪文はすでに秋穂の口から離れ、秋穂の中で打ち出の小槌が、秋穂の全身の魔術回路が励起するのを秋穂ははっきりと感じていた。耐えがたい苦痛は全身を苛み、秋穂は立っていることかなわず膝をつく。秋穂の体の魔術回路は陣と同じように明滅し、もはや秋穂一人ではどうにもならないほどに魔力が渦巻いていた。秋穂の目から鼻から口から耳から、つ、と零れ落ちたのは血であった。全身ががくがくと震え、膝をついて丸まっている力すらも失って陣の中央に倒れ込むが痛みは止まらない。目が熱く、世界がぼんやりと赤く見えた。音は渦巻く風にかき消され、鼻はもはや何も感じない。口の中いっぱいに釘を含んだような、鉄の味を感じて吐き出したかったが、舌も唇も上手く動かなかった。
もっとも早く反応があったのはライダーであった。
倒れ込んだ秋穂は眼前に左腕を投げ出していたが、痛みと共に熱が左手に現れる。まるで焼き鏝を押し付けられたような痛みが、魔術回路の励起の痛みに合わさって、秋穂は血を吐きながら喉の奥を鳴らして悲鳴を上げた。
耐えられない耐えられない耐えられない! こんな痛みがあと七度もあるなど耐えられるはずがない! 秋穂は全身で足掻く。痛みから逃れようと体をよじる。しかしそれは全て頭の中で行っていることで、もはや体はぴくりとも動かない。四肢など存在しなかったように、何も反応がない。だというのに痛みだけがあって、それがいまだに秋穂の四肢が健在であることを告げている。
「……おお……ッ!」
感嘆にも似た声がどこか遠くから聞こえてくる。秋穂の目の前で、光が形作られていく。じわりと空間に滲みだすように生まれた光は、あっという間に人の形をとって、そして一つの陣の中で光が収束し、風が止んだ。
「……サーヴァント・ライダー、召喚の招きに従い参上いたしました。我が命運はあなたと、おや、あなたでは、ありませんね?」
黒い衣装に緑のリボンと赤い模様が印象的であった。漆黒の髪は闇夜を思わせ、風に巻き上げられた細い三つ編みがくるりくるりと宙を舞う。細目に端正な顔立ち、細い腕、そして手に持つは剣ではなく鞭のような何かであった。そこにもまた長いリボンがくくられ風にあおられたなびいている。青年は目の前に立つ男に対し、ふと言葉を止める。
「な、なにを言う!」
青年の前に立つ男が激高し声を荒げた。この男はマスター候補となるだけあって、カルデア職員の中でも一流の魔術師だ。それ故のプライドもある。
「令呪はまだだがこの私がマスターだ! 貴様の命運は私と共にあり、貴様の剣は私のものであろう! 何が違う!」
「違います。僕のマスターは」
そう言って青年はくるりと秋穂の方を振り返った。ぼんやりとした視界の中で青年が秋穂の方に近づいてくるのがわかる。視界は明瞭ではなかったが、青年はとても美しいと、秋穂は思った。
「僕のマスターはあなただ」
青年は膝をついて座り込み、秋穂の顔を覗き込む。そこで秋穂はようやっと青年の顔をはっきりと見た。立っている状態では秋穂の焦点がうまく合わず視界が不明瞭だったのだ。前髪は左目を少し隠すようにまっすぐに切られ、青年が首をかしげるとさらりと揺れた。端正な顔立ちの青年は、秋穂を見て「おや」と呟いた。
「これは困りました。僕のマスターはどうやら死にかけているらしい。そして、ふむ。疑似聖杯戦争、ですがここにあるのは聖杯ではなく打ち出の小槌、ですか。うーん」
青年は困ったように眉をひそめた。
「万能の願望器、とはなんとも口触りの佳い言葉を選びましたね。しかしいかにも厄介そうだ。__うん、やめだ」
青年はあまり深く考え込む様子は見えなかった。ただ淡々と状況を理解して、そしてなんともあっけない結論を出す。
「何!?」
ライダーのマスターとなるはずの男が叫んだ。
青年は立ち上がる。召喚は今もなお続いており、次なる令呪は今まさに秋穂の体に宿ろうとしている。秋穂には何が起こっているのかわからなかったが、青年は現状を正しく理解しているようだった。
「うん、こんなものやめちゃいましょう、僕はそう決めました」
青年は空間全体に響くように声を発した。手に持った鞭を振って、大きく手を広げる。途端、青年の上空、地下空洞の天井から青年のところまで、幾重にも重なった陣が描かれる。日本にはない漢字と複雑な模様が織り交ざった陣は、サーヴァント召喚のものとは全く異なるものだった。その陣は、サーヴァント召喚の陣を覆いつくすほどに大きく、そして光を放っている。
所長の眉がぴくりと動く。まだ完全に召喚が成ってない他のマスター候補たちにも動揺が走る。
「此度はライダーの霊基での現界となったので、キャスターの時ほどうまくはいかないかもしれませんが、やれるだけはやりましょう。さぁいきますよ__思想鍵紋、励起!」
20220206 サイト掲載