「宝貝がきかねぇってんならしかたねぇ! 素手でぶん殴ってやるぜ!」
姫発の暴言とナタクの荒療治によりなんとか意識を取り戻した雷震子は、混元傘の力でナタクの宝貝による攻撃が弾かれているのを見て、ついには接近戦を仕掛けようとする。もっとも接近戦に長けている魔礼青が楊ゼンと戦っていること、そしてもうあまり時間がないことも雷震子を接近戦にけしかける理由となったに違いなかった。そして同時に敵もそれを睨んであえて直接攻撃を仕掛けてこなかったのだ。
雷震子が上空から一気に下降すると同時に魔礼紅が傘を構えた。城壁の上から見ていた太公望は慌てて雷震子を静止させようとするが、時すでに遅く、雷震子は混元傘からの一撃を真っ向から受けることになってしまう。魔礼紅の持つ混元傘はただ受けた攻撃を跳ね返すだけでなく、吸収し蓄えておくことが出来る宝貝だった。それゆえにもっとも接近戦に長けた魔礼青がいなくとも、礼紅も礼海も落ち着いていたのだ。遠距離戦ならば全て混元傘で弾き返し、さらに黒琵琶で操ることも出来る。もしも接近戦を挑んでくるというのであれば、今度は混元傘で直接攻撃する。
魔礼紅の混元傘からの攻撃を直に受けた雷震子は、立ち上がることも出来ず花狐貂の上に倒れ付した。そこへ礼海が近づき、雷震子の羽を背中から引きちぎったのである。空を飛ぶ要の羽を失った雷震子はもはや手足を失ったのも同然であった。
さらに攻撃を仕掛けたナタクもすでにかなりの力を放出しており、限界が近かった。雷震子は自らを呈して魔礼紅を羽交い絞めにするも、礼海の一撃を受け完全に動けなくなる。この隙に礼紅の混元傘を破壊すれば、まだナタクと楊ゼンに勝ち目はあったかもしれないが、ナタクはあえて雷震子を殺そうとする魔礼海を狙い、代わりに混元傘からの一撃を直に受けたのであった。
魔家四将に対し、まだ日の浅い崑崙山の道士は圧倒的に連携プレーが苦手である。誰もが突出した能力を持っているものの、その能力を最大限に生かす連携プレーのやり方を未だ見つけられないでいる。
「さぁ味方はやられたぞ、楊ゼン。変化を解くがいい、もはや猿芝居の必要もないだろう」
魔礼青の言葉に楊ゼンは青雲剣を下ろした。輪郭がぼやけ瞬きの間に、魔礼青の姿は長髪の美男子へと変化する。青雲剣は三尖刀へと姿を変えた。
正面に魔礼青、そして後ろに魔礼紅と魔礼海、完全に囲まれる形になった楊ゼンに勝ち目は薄いと思われた。事実魔家四将も太公望が一対一の戦いに持ち込もうとしていたことは途中から見抜いていたのだ。だがそれでも余裕を保っていたのは一体一でもお互いの足を引っ張り合う崑崙山の道士と戦っても勝機を見出していたからである。
礼青、礼紅、礼海の三人はじわじわと楊ゼンの包囲網を小さくしていく。
先に見せた楊ゼンの脅し、それがはったりには見えなかったからだ。楊ゼンはじっと立ったまま三人の様子をうかがっている。
その時花狐貂の真下から魔礼海に向かって刃を振り下ろすものがある。
「礼海! 後ろだ!」
魔礼青が叫び、わずか一歩でその襲撃者との距離を詰めると襲撃者の刃を青雲剣で受け止める。
芭蕉扇から生まれた風が青雲剣の刃を弾き飛ばし、襲撃者・白琥は大きく跳躍して楊ゼンの隣に立った。
「礼海と礼紅を任せたわ!」
白琥はそう言うと、間髪入れずに打ち込んでくる礼青の青雲剣を受け止めはじく。
一合、風の刃が青雲剣の見えぬ刃を相殺する。
二合、打ち込むスピードも切り込むスピードも魔礼青が圧倒的に早い。白琥はできる限り距離をとりながら花狐貂の上を走り周り芭蕉扇を振るう。小さな竜巻が白琥を中心に荒れ狂う。
三合、交わしきれなかった刃が白琥の頬に一筋の傷をつけた。
四合、芭蕉扇を振りかざす間もない。雨を切り裂く魔礼青の刃をかろうじて視認しながら青雲剣の本体を芭蕉扇の柄で受け止めた。
五合、白琥の両腕に無数の切り傷が刻み込まれる。
「く、ぅうッ!」
それでも白琥は芭蕉扇を手放さず、花狐貂の上を大きく転がりそのまま落ちていった。魔礼青は花狐貂から落ちるぎりぎりまで追いかけたが、すでに原型に変化した白琥の姿はない。
「だが攻撃は見え透いたものだな」
ふっ、と魔礼青が後ろを振り向くと、まさに白琥が魔礼青に一撃を加えんと大きく芭蕉扇を振り上げたところであった。
「白琥!」
楊ゼンの叫び声が聞こえる、だがもはや間に合わない。芭蕉扇を振り抜くよりも礼青の青雲剣の方が二倍も三倍も早かった。
これは、致命傷だと白琥はやけに冷静な頭で考えていた。ここで封神されるつもりはなかったが、青雲剣は確実に致命傷となる部分を狙っている。
(ああ)
目をつぶることはしなかった。芭蕉扇を振り下ろすことをあきらめることもしなかった。礼青の青雲剣を直に受けても、その本体が体に突き刺されば、相打ちを狙うこともできるだろう。楊ゼンならば魔礼紅と魔礼海に勝つことは難しくはないはずだ。
(ごめんなさい普賢、貴方との約束は守れない)
白琥は痛みが全身を貫く覚悟を持って大きく芭蕉扇を振り下ろした。だが、手応えはない、痛みも襲ってくることなく白琥は花狐貂の上に転がった。先に傷つけられたら両腕からどくどくと血が流れ激痛が走る。動かせないのに無理に芭蕉扇をふるったからだ。
魔礼青は白琥に向けた刃をぎりぎりのところで翻して、白琥には見えなかった何かを弾き飛ばし、距離をとったのである。
ザッ、と白琥の隣に立つものがあった。
「遅くなって悪かったさ。」
「っ天化!」
かろうじて花狐貂から転がり落ちるところを支えたのは、楊ゼンの宝貝・哮天犬であった。そしてその背に騎乗してきたものは、先の戦いで魔礼青に敗北を喫した黄天化である。
「天化、貴方まだ傷が!」
「これぐらい大丈夫さ、それより白琥は__」
「私の傷は平気よ、人より少し頑丈だから、それよりも前!」
白琥の声にこたえるようにして、魔礼青が大きく振り上げた剣を振り下ろした。
「一度も二度も変わらないぞ黄天化よ!」
「そうさ?」
ギィン、激しく青雲剣と莫邪の宝剣がぶつかり合う。だが黄天化は今度こそ全ての刃を受け止めて見せた。その手に握られるは二振りの宝剣、今まで一刀で戦ってきた黄天化だが青雲剣対策にと道徳真君より与えられたもう一振りの宝剣であった。
大きな傷を負い、一旦は仙人界へと戻った黄天化がこれほど早く戻り、かつ二刀流を使いこなすのは並大抵の業ではない。一刀を扱うだけでも相当な修行を要しただろう。そして今二刀を扱えるということは、それだけ黄天化には宝貝を扱うのに天性の才能があるということだ。
一方で太公望は花狐貂の上での戦いを城壁からじっと見ていた。四不象と武吉は素直に天化が帰ってきたことを喜んでいるが、太公望の表情は優れない。わずか数時間、黄天化の傷がそれだけ短い時間で治るはずがなかった。
「……天化の傷は治ってはおるまい、あやつは気力だけで立っておるのだ……」
そう太公望が呟くと、四不象と武吉はえっ、と顔を見合わせた。
その時城壁を揺るがす大きな音と共に、巨大な何かが天空より降り立つ。新たな敵かと思わず打神鞭を構えた太公望であったが、そこにいたのが見慣れた顔、道徳真君であったことにほっとして打神鞭をおろす。
「やあっ太公望! 千年ぶりだね!」
黄天化の師、清虚道徳真君は堂々と勢いで意味のわからない嘘をつくと、乗ってきた黄巾力士からぴょんと飛び上がって太公望の隣に降り立つ。さらにその後ろからもう一人の仙人が姿を現した。
「おお普賢! おぬしも来たのか!」
「うん、哮天犬が戦況を伝えてくれたから」
そういうと普賢も黄巾力士から降り太公望の隣に立つ。
「しかし道徳よ、おぬしが出てきたということは、天化の傷は……」
「痛み止めの薬を与えて傷を縫合しただけさ」
「ならばおぬしが戦わぬか! 本当に十二仙は頭でっかちの集まりかい!」
思わず太公望の声も荒くなる。すでに雷震子とナタクが大きな傷を負いリタイアし、さらに白琥も黄天化も万全の状態とは言い難い。このまま戦いが長引けば、崑崙の道士が圧倒的に不利になることは目に見えている。
けれども道徳と普賢は共に首を横に振る。
「それは無理だよ……もしも我々十二仙がでしゃばれば金鰲十天君も出てくる!そうなったら……」
「むぅ……今金鰲とぶつかるのは適切ではないのう……いや?それなら何故おぬしらは来たのだ?」
「僕たちは保険だよ。もしも楊ゼンも黄天化もそして望ちゃんも白琥も負けてしまって、もう成す術がなくなったときに、僕と道徳が出る。それは最後の最後の手できっと誰も望んでいないのだろうけれど、仙道の手で人間界を傷つけてはいけないから」
普賢はそういうと己の宝貝である太極符印をぎゅっと抱え込む。太極符印はわずかに発光しながら現在の魔家四将と崑崙の道士の位置そして豊邑の民の位置を同時に映し出していた。
「……西岐の民の避難はあらかた終わったみたいだね。花狐貂がいる以上安心は出来ないけれど、それでもあの位置から花狐貂が市民を食べるまで十秒は余裕がある。それだけ時間があれば望ちゃんの打神鞭でなんとかできるよね」
「むぅ、普賢おぬしはいつもそうだが、わしのことを買いかぶりすぎだ」
「そうかな。……うん大丈夫、花狐貂は動き初めが遅いから動き出したらすぐに太極符印が反応する」
普賢はそういってさらに何事か太極符印に打ち込んでいく。それは莫邪の宝剣と青雲剣そして黒琵琶、混元傘のデータだった。宝貝人工頭脳・太極符印は順次打ち込まれた情報を元に、勝率を書き加えていく。
「ねぇ望ちゃん、この戦いって話し合いでどうにかできないことだったのかな」
「無理じゃ。魔家四将は初めからこの西岐を破壊するつもりでやってきておる。わしらは西岐の民のためにも戦わねばならぬのだ。話し合いは諦めよ! 普賢! もはや全ては遅いのだ」
「……そっか」
「いいかおぬしが仮に十二仙ではなくここに道士として来ていてもこの戦いは避けられなかったのだ」
普賢の表情は少しだけ悲しそうであった。それ以上普賢は何も口にせず、太公望の隣に立って見守る。もはや祈る他に術はないとばかりに、普賢は手を組んでじっと目を閉じていた。
2018.09.15