九番道路

ガラル地方を旅する物語



 キルクスタウンから続く九番道路はしんしんと降り積もる深い雪に覆い隠されていた。防寒着を着てなお、寒さが体に染み渡ってくる。体を温めるためにもとにかく早足で進むしかなかった。
 雪は地面に降り積もり足を鈍らせ体温を奪っていく。りんどうは白い息を吐きながら、前だけを見て歩いていた。手袋をしているというのに、すでに指先は冷え切ってボールを持つ手も震えるほどだ。モンスターボールの中は基本的にポケモンたちにとって快適な環境が保たれるように作られているので心配はないが、ポケモントレーナーであるりんどうが倒れれば共倒れになってしまう。それだけは何としてでも避けなければいけなかった。
 雪は徐々に強くなっていく。やがて視界は真っ白になり、一寸先は闇、ならぬ一寸先は雪景色となってしまった。
 看板がぽつんと立っている。りんどうは看板に降り積もった雪をふるえる指で払うと、そこには矢印でスパイクタウンの道筋が示されていた。しかしとても古い看板だ。りんどうが触れるとぐるりと回転してしまい、矢印が結局どちらを向いているのかさっぱりわからない。参った、これでは進めない。足は深い雪に取られ指先は寒さに縮こまり、吐く息は凍っていく。視界は雪に奪われ、前にも後にも進むのが困難だった。
 りんどうはこの雪の中を歩くのを諦めることにした。明日になれば雪が晴れるかもしれない。それに期待して、道端でキャンプをする事にしたのだ。ここが道の真ん中なのか、はたまた崖の縁なのかもよくわからなかったので、ペグで足元を確認してキャンプ地を決めた。震える手で、テントをはると中に潜り込んで地面に降り積もった雪を掻きだし、堅い地面を露出させた。そして一通りの準備を終えるとようやっと地面に座ってモンスターボールを握り込む。
「キュウコン、お願い」
 ボールから出てきたのはキュウコンだ。美しい尾を振りながらテントの中で狭そうに体を丸めるキュウコンの毛皮は温かい。りんどうはそそくさとキュウコンに近づくとその温かな毛皮に顔をうずめた。キュウコンは震えるりんどうを覆い隠すように尾を広げてりんどうの上にかぶせる。しばらくの間震えていた体は、キュウコンのおかげで幾分温まった。これならなんとか食事の準備もできそうだ。
 りんどうはリュックの中から三脚に鍋を取り出して地面に置く。キュウコンから火を貰って、事前に集めていた枝葉をくべながら米と水を鍋に入れた。蓋をしてしばらくするとぐつぐつと米が煮えてくる。炎に手をかざしながら、鍋の様子を見つつ、中に調味料を加えて携帯食料を少し削って中に入れれば完成だ。簡易なお粥をさらによそって、スプーンですくいぱくりと口の中に入れる。熱々のお粥は口の中を転がってゴクリと喉の奥に吸い込まれていった。温もりが口から胃にかけて滑り落ちていく感覚がある。
「キュウ」
 キュウコンが自分の分はないのか、とばかりに鳴いた。
「ごめんごめん、キュウコンはこっちね」
 りんどうはリュックの中からポケモンフーズを取り出してキュウコンの口元に持っていくと、キュウコンは嬉しそうにポケモンフーズを食べる。ポケモンフーズはりんどうの持っている携帯食料と同じく完全栄養食だ。これだけ食べていても必要な栄養素が十分に含まれているため、偏食による病を防ぐことができる。
 お粥を食べ終わると体が幾分ぽかぽかと温かくなってきた。それに併せて眠気がじんわりとやってくる。
 りんどうはキュウコンの体に顔を埋めて目を閉じた。キュウコンも眠たいのか大きく欠伸をしている。ゆるゆるとした眠気に誘われて大きくあくびを一つするとりんどうは眠りの世界へ旅立った。
 朝起きるとテントの入り口から明るい日差しが入り込んできている。そっとキュウコンから体を離し、そろそろとテントの入り口をまくってあげるとそこには一面の銀世界が広がっていた。降り積もった雪がきらきらと輝く様はとても美しいが、目に眩しい。リュックの中からサングラスを取り出して、防寒具をしっかりと身につけて外へ出れば、心地よい寒さと鮮やかな青空の切り替えが非常に美しかった。
 半分ほど埋まってしまったテントを雪から掘り出す。なんとかかんとかテントをたたんでリュックに背負い直せば旅支度は完了だ。歩きながら携帯食料を齧り。昨日進めなかった分の行程を埋めるようにりんどうとキュウコンは歩いていった。
 ざくっざくっと固まった雪を踏む感触が楽しい。キュウコンは全く寒くないのか、嬉しそうにあちらこちらへと飛び回っている。キュウコンの毛皮が羨ましいなと少し思いながら、りんどうが足を進めていくと、やがて、眼前に海が見えてきた。流氷が流され集まり海の上に道を作っている。ここから先は徒歩では進めない、あいにくとりんどうの手持ちにはなみのりもダイビングも覚えているポケモンはいなかったし、そもそもりんどうを背に乗せられるサイズのポケモンもいないので、ガラル地方に来てから手に入れた自転車を使うことにした。
 ガラル地方で手に入れた自転車は陸上はごく普通の自転車として使うことができるが、なんと水の上も進めるのである。自転車の前後に浮きを取り付ければ簡単に水陸両用自転車の完成だ。これを乗りこなすには少々コツがいるが、慣れてしまえばこれほど便利なものはない。今まではなみのりを覚えたポケモンの背中にしがみついて、もしくはポケモンを借りて水道を渡っていた。大体どこの地方でも、水道近くにはなみのりを覚えていてかつ背中に乗せてくれるポケモンを借りることができたのだ。それが一つのビジネスとなっていたので、りんどうもありがたく使わせてもらった。
 りんどうはぐっと自転車のペダルを踏み込み水の上へと進む。この一瞬はいつも緊張する。波に押し返されてバランスが崩れがちで、水上自転車に乗る最大の難関が、このこぎ始めなのだ。コツは勢いよく思い切り漕ぎ出すこと、りんどうは自転車屋の店主が言っていたことを思い出しながら思い切って水の上に滑り出した。一度水の上に滑り出した自転車は止まることなくすいすいと水上を進む。冷たい風が頬をかすめて、吐く息は白く、飲み込む息は冷たかった。
 ゆっくりと動いている流氷にぶつからぬよう、慎重に自転車を進めていく。マンタインやタマンタたちが大きく弧を描きながら水中から飛び出しドボンと消えていく。ホエルコの群れがお互いに鳴き合いながら水面すれすれを進んでいくのが見えた。
 頻繁に現れるオトスパスにも注意を払いながら、りんどうは自転車を進めていく。何度か袋小路に迷い込みながらも、簡易なマップを頼りに陸地を見つけ、一旦なんとか自転車を引き上げる頃にはすっかり日が沈んでいた。流氷と水面を輝かせていた太陽は沈み、代わりに反対側から月が登ってくる。今日は鮮やかな満月だ。水面に映る満月はゆらゆらと揺れている。ぽちゃんとタマンタが跳ねて月の中に潜っていった。そんな様子を見ながら、りんどうはキャンプの準備をする。
 りんどうがキャンプ地に選んだ場所は、野生のポケモンも少なく、安全に一晩を過ごせそうだった。朝から気になっていた雪も、今日は降ることがなかったので、天候に関しても安心しながら、ポケモンたちをボールから出してやる。ボールの中が居心地が悪いわけではない。だがポケモンたちは大体外に出たがるのだ。今日の夕飯は、ガラル名物カレーにしようと思い立つとりんどうは早速準備にかかる。キュウコンに炎を貰って、鍋の中には油を敷き斬った玉ねぎを炒める。玉ねぎがいい具合に黄金色になったら、今度は旅の途中でキャンパーを名乗る男からもらった缶詰を入れて水を追加し、木の実を入れていく。この時のために集めた木の実はそれぞれ味に特徴があったので、どれにしようか迷ったが、最終的に今回は甘口で行くことにした。カレーと同時にご飯を炊く。ここいらには燃料にできる木がほとんどなかったので火力はキュウコン任せだ。そうして小一時間ほど料理のために炎の前に座っていると、寒さで凍えていた体もいつの間にかぽかぽかと温かくなってきて、防寒着の上着を脱ぎたくなってしまうほどだった。カレーを焦げ付かないように注意して混ぜれば完成だ。りんどうは、よしっと頷いて熱々の鍋を炎から降ろす。鍋があまり大きくないので量は作れない、一人一人の分は少ないが、愛情はしっかり込めたカレーが出来上がった。ポケモンフーズや携帯食料と合わせて、満月の空の下で食べるカレーは格別に美味しかった。


20210928
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