ラテラルタウン

ガラル地方の町の物語



 砂塵の舞い散る六番道路を抜けてなんとかたどり着いた先のラテラルタウンはとても賑やかな町だった。賑やかなビルが立ち並び、人が集まっているエンジンシティやナックルシティと違って、シンプルで、無駄がなく、自然に寄り添って生きている、そんな雰囲気が漂う町だ。砂と太陽のきらめく町。しかしだからといって人がいないわけではない。オアシスに集うようにして作られた建物、建物の縁を伸ばすようにして作られた屋根や傘の下には色鮮やかな果物や伝統工芸品が並び、人々はそんな賑やかな通りを歩きながら、あれやこれやと買い物をしていく。
「ふぅ、ようやく着いた。うーちゃんにはさすがに厳しい道のりだからボールの中に居てもらったけどここなら、いいかな」
 ボタンを押すと見慣れた光が走って水色の体、大きなしっぽ、そしてのっぺりとした顔のヌオーが現れた。ヌオーは緩慢な動作で頭を軽く振ってから、ぐるりと周囲を見回した。
 ヌオーの目からは何が見えるのだろうか。ヌオーの平均的な身長は百四十センチ程なので、人間とさほど変わらない。ほんの少しばかり低い目線で見えるのは、屋台の賑やかな花々や熟れた果実、それらを日差しから守る大きな屋台のテント……日差しを遮り続けたそれは体外使い古されてほとんど色を失っていた。
 今の時間帯は一番日差しが高く暑い。その分人が少なかったので、ヌオーとはぐれる心配はないだろうとのんびりとした足取りで歩き始めると、ヌオーもそれに従って歩き始めた。一番日差しが高いということは、世界が一番鮮やかに見える時間だ。色あせたテントの名残の色も、客を待つ店員の日やけた腕も、熟しすぎた果実から覗く虫の頭も何もかもが鮮明に克明に目の中に飛び込んでくる。
 同時に飛び込んでくるのはラテラルタウン特有の砂嵐である。
「わっ」
「ぬ」
 ごう、と吹き荒れた嵐の中に含まれた砂は、目の中に入ってごろごろと暴れまわった。ぱちぱちと何度も瞬きをすれば、涙と一緒に砂が頬を伝って零れ落ちる。ヌオーは水・地面の複合タイプで「すなあらし」も覚えるため、けろっとした顔で砂を浴びている。水中にいるときは色々なところに頭をぶつけるというがそれをあまり気にしないのんきなポケモンだ。この砂嵐もちょっとした騒動程度にしか思っていないのかもしれなかった。
 とはいえ人間にとっては災難だ。とても目が開けていられるず、その場にしゃがみ込んでリュックの中からゴーグルを探し出す。
「こりゃひどい」
「お客さん」
「はい?」
 ふいに声をかけられてそちらを向くと、店主が手を振っている。いや手でこちらを招いている。そして自分の商品を指さした。
 そこにあったのは、この砂嵐にうってつけの顔にぴったりと張り付いて、隙間からも砂を入れないゴーグルだった。
 今自分で着けているゴーグルは砂道やら雪道やらを通り抜けて通り抜けて、そして今に至る。傷もそれなりについていて、そろそろ買い替え時といっても過言ではないだろう。付け替えが可能なタイプで、雪道や単純に太陽に日差しが強く光が強いときにはレンズはサングラスタイプに、砂嵐吹き荒れる道では視界を遮らない透明なタイプに付け替えて今の今まで使ってきたわけだが、レンズが傷だらけなのは勿論だが、ゴムの部分も劣化し始めている。
「見たところそろそろ買い替えのときじゃないのかね」
「さすが商売上手」
「この砂嵐は午後の四時ごろまで続くよ、どうだい一つここであつらえていくというのは」
「レンズが付け替えられるタイプで、一つはサングラスタイプ、もう一つはクリアな奴がほしいんだけど」
「はいはい、人間用はこっちで選んでね。人間は形が大体同じだけど、それでも違いがあるからね、しっかり頭にあったのを選んでちょうだいな」
「ぬ」
 ふいにつんつんと袖を引かれた。ヌオーはこちらを見て、商品を見て、それからもう一度こちらを見る。そして並んでいる人間向けのゴーグルのうち一つを手に取ると、自分の目に当てて見せた。
「……うーちゃんも欲しいの?」
「ぬ」
 ヌオーは大きく首を縦に振る。
「おやおやお客さんお揃いのやつがいいかね」
「そうですねぇ」
「ここらではあまり見ないタイプのポケモンだねぇ。水タイプかい」
「地面タイプでもあります。なので、砂嵐には強いんですけど、日差しにはそんなに強いわけではないのでサングラスタイプと……」
「どうやらお揃いがいいみたいだけど」
「ありゃま、じゃクリアなやつも」
「はいはい承りましたよ」
 ヌオーはほとんど老婆と同じぐらいの身長だ。ヌオーは店主が手を伸ばすとちょっとだけ腰を曲げて縮こまった。店主はささっとメジャーで頭囲と目の位置を測ると、さらに奥の方へ入っていってしまった。そして戻ってくると手には人間用より大きめに作られたゴーグルを手に持っている。
「いやぁ水ポケモンさんが来るのはいつぶりかねぇ。水に潜るのにはゴーグルはいらないね」
「ええ」
「じゃあ水流で流されることはないから、そこまでがっちり締め付けなくても大丈夫な奴にしておくよ。あんたはいいの見つかったかい」
「はい」
「古いのはこっちで処分しようか」
「お願いしてもいいですか」
「いいよ」
 店主にお金を渡して、真新しいゴーグルを二つ受け取る。まだゴムの臭いが強く、ヌオーはくんくんと臭いを嗅いできゅっと鼻をすぼめた。
 まずはヌオーにゴーグルをかぶせてやる。砂嵐程度なら困りもしないのだろうけれど、お揃いがいいのなら仕方ない。後頭部でサイズを調整してやると、びっくりするほどぴったりと頭にはまった。
 それから自分にもゴーグルを被る。締め付けもちょうどよく、顔にぴったりとフィットしている。いいものを買った。旅をするトレーナー向けの商品なのだろう。それも頻繁に砂が飛ぶ地域の商品なので信頼性がある。
 二人で店を出ると、ゴーグルのおかげで視界はいくらかクリアになった。何より顔に体に吹き付ける砂に対し目を潰らなくて済むのは助かる。
 露店の通りを抜けると、今度は二階三階と縦に連なった建物群が現れる。色鮮やかな三角旗が建物から建物に連なって視線を賑やかにしてくれる。
 古代の芸術で栄える町というだけあって、足元のレンガ一つにも気が配られた整った町だ。ポケモンバトルフィールドも簡易ながら用意されており、そこでは岩と砂の大地であるからこそのポケモンバトルが繰り広げられている。
「ふぅ、町を見て周るのは明日にしようか。今日は六番道路を抜けるだけでもうへとへと」
 そう言いながら軽く手を振って見せると、ヌオーは頷く。
「じゃあホテルを探さないとね」
 ラテラルタウンもジムを有する町だ。当然のように旅をするトレーナーたちが行き来をする町であり、ホテルもそれ相応のものが建てられていた。
 赤いレンガとターコイズブルーの扉、扉にはひさしがかかっており、その上に日差しで色あせた文字で「ホテル」と書かれている。窓は砂や強い日差しを避けるためか、分厚いガラスかシャッターが下りている。扉を開けるとカランカランと鐘が鳴った。
 ホテルの中は先ほど入った店の中とそう大きく変わらない。違うといえば、カウンターがあること、それから窓から外を見れないためか大きなタペストリーが壁にいくつも飾られていることだろうか。これも古代から伝わる技法で編まれたものなのか、色鮮やかなタペストリーの模様には新しさと同時に歴史の深さを感じる。
 カウンターで受付を済ませて、鍵を貰うと、そのまま部屋の中に入る。入り口で体に着いた砂を落とすところがあるのは、岩と砂に囲まれた地域ならではだろう。
 体中ざらざらしているというのはいただけない。リュックを地面に置いて、先に着替えてしまおうと服を脱いでしまう。ヌオーはゴーグルが気に入ったようで、そのままのこのことゴーグル越しに部屋の中を見ている。
「ぬ!」
「はいはいちょっと待って」
 靴下の中にまで砂が入り込んでいる。ランドリーサービスを使うかと思いながら、もうシャワーを浴びてしまうことを決意する。ここまで砂だらけではとてもやっていられない。と思えば、目の前にシャワー室がある。よくできたホテルだ。旅人が何を考えるのか予測して部屋の構造物をあつらえている。
「うーちゃん! シャワー浴びるよ!」
「ぬ!」
 ヌオーは水浴びが大好きだ。だからシャワーは必ず一緒に入る。
 ポケモンが入ることも想定されているのだろう。少し広めのシャワー室はヌオーと一緒に入ってもあまり狭く感じなかった。シャワーのレバーを下ろすと最初は冷たい水が、それからしばらくして温かい水が体を打つ。体中にへばりついた汗と砂を落とすように、タオルで片っ端からこすってやれば、皮膚は少々赤くなったが、六番道路を通ってからこの方、へばりついたざらざらとした感覚が落ちていく。
 ヌオーも水を浴びて生き生きとしていた。
 一通りシャワーを浴びたら、荷物を整理して、それからカウンターに寄ってランドリーサービスを頼む。先ほどの店主に聞いた話では、嵐は四時頃には一旦落ち着くらしい。それなら四時以降に出かけようと決めて、それまで部屋のベッドで横になることにする。
 ベッドに倒れ込んで見上げた天井には、色鮮やかなタイルがはめ込まれていた。これも歴史があるものなのだろうか。エンジンシティやナックルシティで見た最新の流行のデザインとはちょっと違う気がする。でもどこか落ち着くそんな色と不思議な模様だ。
 気づけば寝てしまっていた。日差しの強い中を歩き回っていたせいだろう。外の様子は見えなかったが、時刻は夜の七時、これではもう露店も閉まっているのではないだろうか。今日、色々と見て回るのは諦めて、明日に備えることにする。それならと靴を脱いでベッドに入った。眠りに落ちるのに時間はかからなかった。
 起きた時間は朝の七時ぴったり。朝食にヌオーと一緒にマゴの実をかじると口の中にじわりと甘みが広がった。そういえば木の実の在庫もそろそろ切れそうだ。この町で仕入れていくことにしようと決めて、ごくりと木の実を飲み込んだ。
 テレビでは朝から今日は晴天だと言っている。でかけて、町の中を見るにはぴったりの天気だ。
 必要なのは幾分かのお金と、帽子、それからゴーグル。それらをウエストポーチの中に詰めなおして、ホテルのカウンターで鍵を預けると外に出る。
 青い空が晴れやかに広がっていた。風は微風、砂もほとんど飛んでいない。昨日よりも人が多く感じるのは、今がまさにでかけるのにぴったりの天気だからだろう。
 町を歩いていると様々な人に声をかけられる。どこから来たの、だとかジムチャレンジはしていくの、だとか、そんなことを聞かれて、聞かれるたびに丁寧に答えて、するとたまに頑張ってと木の実をもらったりする。そんなあたたかな交流をしながら、ラテラルタウン一、大きな建物、ジムに向かった。
 今、ガラル地方を旅しているのはジムチャレンジが目的だ。今までも色々な地方を回ってジムにチャレンジしてきたが、ガラル地方はジムチャレンジが今までの地方よりいっそう賑やかで楽しい。
 下見がてらラテラルジムの方へ向かうと、人は途切れがちになる。大きなスタジアムはガラル地方の象徴だ。ジムの建物はガラル地方共通で、その地方に馴染んだ色合いをしているものの、基本的な構造は変わらない。大きなジムを見ていると、今までの戦いが思い起こされてなんとなく体と心が引き締まる気がした。
 ジムの大きな建物の横に大きな階段がある。
「なんだろう。遺跡かな。ここに来る途中にも大きな遺跡があったんだよ」
 のんびりとした足取りで町を眺めながら歩いてきたヌオーに話しかけると、ヌオーは「ぬ?」と首を傾げた。
「行ってみよう」
 赤色と白っぽいレンガが交互に並ぶ階段は、長いこと人々が行き来したのだろう。一番人が通る中央のあたりは、レンガがすり減って少し中央がくぼんでいる。それだけ人が通ったということだろう。今まで通ってきた道も、地面は固く踏みしめられ、岩壁に取り付けられた梯子は何度も何度も直した跡が残っていた。
 ヌオーと一緒にゆっくりと階段を上っていく。遮るもののない強い日差しはじりじりと照り付け、ヌオーには少しばかり厳しい道のりだ。
 ボールに入る? と訊ねてみたが、ヌオーは手を上げてそれを拒否した。昔からボールはあまり好きなタイプではなかった。それなら一緒に歩いていこうとヌオーの手を取って階段を上っていく。
 踊り場はとても奇妙な彫像に囲まれている。これはネンドールを模したものだろうか? なんとなく像の上部がネンドールの頭部を表しているように見えなくもない。
「こういうのも昔に作られたのかねぇ」
 見上げていると、首が痛くなってくる。
 踊り場を抜けてさらに階段を上っていくと、そこには巨大な壁画が二人を待っていた。色鮮やかなペンキで、何を描いているのだろうか。残念ながらわからなかったが、とても面白い。そこに居た人にちょっと話を聞くと、これは随分と昔からあるもので、どういった意図の元作られたのかは研究者によって話が分かれるとのことだった。
「うーちゃんは何に見える? 花かなぁ」
「ぬー」
「水中ってこんな感じ? へぇ」
 そうしてしばらくの間、遺跡の間を歩き回り、壁画を眺め、彫像を眺め、そうして昔の人々に思いを馳せる。こうしてポケモンがモチーフの彫像が作られるということは、昔もポケモンたちと共に生きていたのだろう。ポケモンたちは人と共にある存在で、得難い友であったに違いない。
 遺跡観光の後は少し町を歩いてみた。市場を眺め、家々を眺め、昨日は少しばかり速足に通り過ぎてしまった路地裏にも入ってみる。路地裏には地面にポケモンボールの落書きがしてあったりと、洗濯物があったり、荷物が積み上がっていたりとこの町での生活の香りが漂ってくる。
 そして次に行くべき場所もちらりと覗いてみた。ラテラルタウンのジムチャレンジが終われば、次はアラベスクタウンでのジムチャレンジとなる。アラベスクタウンへ向かう道は、空飛ぶタクシーか、はたまたルミナスメイズの森を抜けるか、だ。
 ラテラルジムから少し奥に入るとがらりと雰囲気が変わる。人の気配がぷつりと途切れ、その先はルミナスメイズの森が広がっている。森を超えればアラベスクタウンがあるはずだが、町の人々はほとんど誰もこの森に近づこうとはしない様子だった。ラテラルタウンのジムよりも大きく育った木々の葉っぱがが日光を吸収し、地面にはほとんど灯りが届かない。まるで洞窟の入り口のようだ。さわさわとゆれる木々が人を誘っているようにも見えるが、この森で迷子になる子供は多いのだろう。森の入り口に旅人・トレーナー意外は立ち入り注意の看板が掲げられている。
 町は見た。町に根付くポケモンたちも見た。あと為すべきことはジムチャレンジのみとなる。ジムチャレンジのことを考えると心臓がどきどきして、同時に体がわくわくと今にも動き出しそうな、奇妙な焦燥感に駆られるのが常だった。それでも負ける未来は見えていない。ジムチャレンジを終えたら、旅はまたここから始まるのだ。今一度気を引き締めて、今まで通ってきた道を振り向くこともなく、前を見る。道はこれから作っていくもの、続いているものでは決してない。明日のジムチャレンジに向けて、今日はもう休もう。最大最良のコンディションで、あの焦燥感にまた挑むのだ。


20210928
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