過去に行ってしまえば、刀も振るえぬ私に出来ることなどほとんどない。兼定や国広や宗近はそもそもすでにただの刀ではなく神に近い存在だ。彼らが握ればその刀は化生の物をも切り、妖怪や化け物の類に臆することもない。また刀本体である以上、刀をどう扱うのかをよく心得ており、審神者は付喪神たちを付喪神として成し、過去と未来を繋ぐ以上にできることは本当にないのだ。そもそも兼定が言うとおり、あんまりの素人に自分を触らせたくないというほどで、人の姿は触らせても刀は遠慮しろとまで言う。私も無理に触る気もないが、そこまで言う彼の逆鱗に触れることもするつもりはなかったので結局私は審神者になってから刀に触れたのは、彼らの形を成すその時だけだ。国広はそこまで言わないために持たせてくれたのだが考えていた以上に重く抜くどころではなかったことだけよく覚えている。脇差で重いと思う私にまさか太刀が持てるはずもない。
 私は退屈しのぎにとばかりに掃除をしたり料理をしたりとしてみる。慣れない生活も三年四年と時間がたてばそれなりになんとかなるものだ。私の知る現代のように何かたくさんの物があるわけではないが、考えてみれば物が多すぎるのかと思う程度に私は生活になじみを感じ始めている。
 面白い、と思うのは付喪神たちの生活である。彼らはまるきり人間の真似事をする。真似事、というのは兼定本人の言葉を借用したものだが、とにもかくにも真似事なのだ。神に近い彼らはその気になれば食うも眠るも必要ないのではないかと思うが、兼定は人間の真似事をしたいと思ったらそれが必要になっていた、と言う。
 「寝ても大して疲労が取れるわけじゃない。ただ夜になると眠いと思う。元は鋼の体が物食ったところでどうにもならねぇはずだが、腹が減ったと感じる」
 「へぇ」
 「人の想いを受けて物が付喪神になるわけだけど、物が付喪神になるってことは物の側も変わりたいという意思が出てきてるってことだから。例えば主さんの傍にいたい、とかそうすると人でないといけない。結果僕達は人になりたいと思うんですよ」
 「何か欲を持つというのは人の性でもあるな。それが薄れれば薄れるほど神に近くなるというものだ」
 私は始めて兼定の形を成したときに、はて生活はどうするのか、と聞いたことがある。その時彼は「人と同じように扱ってくれて構わない」と言った。彼らは人の想いを集めて人の形をなし、故にその思考は人に似る。行動もまた然り。それが時を経てさらに神に近づくまでは彼らはただの人であると言った。その刃は容易いことでは折れず化生の物まで切って見せるというのに本当に不思議なことである。でもおかげで私はそう緊張をすることもなく毎日をすごせているのかもしれなかった。
 私が退屈しのぎにしていたことは料理や掃除だが、時には彼らに教わったこともある。例えば乗馬。私は今まで馬に乗ったことがない、というと兼定が乗るかと言ってくれたのだ。彼らは前の主がやっていたことはおおよそ見よう見真似で出来るらしい。国広も宗近も弓術に優れ、私はよくそんな遠くから的に当てられるものだと感心した。兼定は、弓はあまり得意でないと言っていた。

 「わぁ」
 体の下に馬の鼓動を感じる。縮こまりがちな体を兼定に言われるがままに起こすと視界がやけに高く開けて見えて、私は思わず感嘆の声を漏らした。
 「高いだろ。まぁオレらからすりゃ、人の姿になったような感覚だな。妙な感動ってもんがある」
 「うん、これは・・・・すごい」
 どちらかといえば太刀は乗馬が得意なのだという。そもそも太刀が馬に乗った状態での斬りあいを想定しての物だかららしく、私はなんとなくそういうものかと納得した。そういえば宗近も馬に乗りなれているような様子であった。彼は兼定と違ってほとんど形を成したことがないはずだから、馬に乗る回数もそう多くはないはずなのだ。つまりは太刀そのものにそういう性質があるのかもしれない。
 「動くぞ。体はまっすぐしとけ、あんまり怖がると馬に伝わるぞ」
 動き出した馬の上でバランスを取るのは体がこわばっていればこわばっているほど難しい、とわかったのは本丸の周囲を丸々一周したあたりだったと思う。私はその日あまりにも興奮して夕餉の席で色々とまくしたてたが、国広も宗近も笑っているだけだった。最初は馬鹿にされているのかとも思ったが、どうやらそうではないらしく私の強い感情は彼らにも確かに伝わるらしいのだ。
 彼らが付喪神として形を成しているのは、私とのつながりがあるからである。正確には地脈の力。審神者はその力を器物との間に繋ぎ、付喪神として形を成すのに必要な力を与えている。つまりどのような形であれ付喪神たちとはどこかにリンクする部分があるのだ。強い感情は直接彼らにも伝わる。逆に彼らの強い感情も私に伝わる。ある意味一心同体であるのが審神者と付喪神の関係なのである。

 彼らが戦場に出ている間は、私は大抵一人本丸にいる。時代も時代だ、本丸が完全に安全なわけではないが、かといって戦場についていっても足手まといになるだけであって、結局私は黙って留守番をしているほかない。
 手合わせと言うものは見たことがあるが私は戦場で彼らがどのように動くのか知らないのである。彼らの言う戦は、人のそれとは当然異なってくる。人数も勿論だが、そもそも彼らが相手にするのは化生の物、あやかしや化け物に近い存在でありただの刀では切れぬ。付喪神たちの刀は本来そうであるように人を斬ることも可能だが、あやかしも斬る。斬り捨てられたものたちがどうなるのかは、彼ら自信もよくわからないらしい。ただ、おそらくは本体が壊れてしまえば底で再び物に戻るのだろうといっていた。
 「宮古は戦が怖いか」
 「・・・・・名前は呼ばれない方が良いって兼定さんが」
 「そうか、ならば主殿と呼ぶか?」
 宗近は明らかに私の反応を楽しんでいたし、名を呼ばれるたびに私がなんとなく嫌がると今度は白々しく「主殿」と呼ぶ。口調はとても静かでふとすれば聞き逃すが、言葉の片隅にからかいが見える。それを抜きに考えれば、宗近は比較的話やすくあった。はじめこそ魅入られそうになったものの、心を落ち着けていれば時々ざわりと背筋が寒くなることもない。もしかしたら、それは私の心がけの問題ではなく、宗近の方の問題なのかもしれないが、何はともあれ私は険悪な雰囲気にならなくてよかったとだけ思っていた。それでも時々宗近の目を見るのは怖く感じ、私は宗近と話すときは大抵彼の口元に目を落としている。
 「怖い、というか・・・・うん」
 「人が死ぬわけではない」
 「でも兼定さんも国広くんも、宗近さんも死んでしまうかもしれない」
 「しかり」
 だが、俺はそう死なんぞ、と宗近はほんの少し笑みを浮べて言った。
 「しかし主殿は面白いことを言う。元が刀である俺も和泉守も堀川も、死ぬではなく壊れるが正しい」
 「・・・・・私はこうやって話をして人のようであると思ったら、割り切れないよ。本体は壊れるのかもしれないけど、でもそうやって壊れたら宗近さんとはもう話せないんでしょう」
 「はっはっは」
 これより春になろうとする本丸の庭は、朝晩の寒さも和らぎ、春の新芽が芽吹き始め黄緑が目にまぶしい。先日の出陣からしばしの平穏。私はこの春の風と土の匂いが好きでこの時期はよく縁側に座っていた。通りがかった宗近が私の隣に座り、先日の戦の話をして、私がほんの少し顔をしかめたために彼はそんなことを聞いてきたのだ。
 「まぁ形ある物はいずれ壊れるということだ。俺も和泉守も堀川もさらに神に近いものになればまた変わってもくるが、戦場にある限り壊れる可能性は消えん。主殿は優しいな」
 「優しい、んじゃなくて単に自分が怖いんだと思うんだけど・・・」
 「そう悩むな。戦場にあるのが刀の本来の形でもある」
 私は今が壊れてしまうのがいつだって恐ろしいのだ。兼定や国広や宗近と別れてしまうのは、私が死ぬか彼らの本体が壊れてしまうかのどちらかのみ。審神者の役割を持てるものが少ない以上私は、生涯審神者として生きていくだろうという予感があったから、短い人の一生の間に訪れるかもしれない彼らの死は家族の死と同じように怖かった。
 「怖いといえば、主殿は俺のことも怖いか」
 「・・・・前にも、聞かれた気が・・・・。怖いのかよくわからない」
 時々ぞっとするのだ、と本人のいる前で言うのもどうかと思ったが、どうなのだ、と重ねて問いかけられて私は結局それを口にした。
 「和泉守や堀川は怖くはないと」
 「・・・・・時々血がついてて、それは怖いと思うけど・・・・でも違う気がする」
 単純にいる時間が長いからかもしれない、と自分の中でこじつけた答えを宗近に示すと、宗近はそれに対しては何も答えなかった。私はその時ちらりと目を見て、その瞳がまたあの時と同じように不可思議に惹きつける何かを持っていることに背筋がぞわりとする。この感覚は恐怖するときも感じる、だが同時に興味興奮といった大きな衝撃を受けるときに感じるそれにも似ている気がした。
 私は時々宗近が一体何をしたいのかわからなくなるのだ。私だけに優しいとか、私だけに厳しいとかそういうことではない。彼の態度にむらはなく、兼定や国広ともごく普通にやっている。年月ゆえの差、また兼定と国広は元は同じ主に仕えていたもの同士という意味での差はあれど、兼定も国広も決して宗近のことを忌避しない。ただ、そうやって宗近が兼定や国広と話しているのを見ると、いつも瞳の色が違うように見えてしょうがない。私は宗近の瞳の中の三日月が、いつだってもっと・・・・もっと、怖いというのもおかしいのだが体を震わせるようなものを持っている気がしてならない。だがこうやって二人と話しているのを見ても何も思わないのだ。
 兼定がことあるごとに私に呑みこまれるなよ、と言うからなのだろうか。呑みこまれるなとはつまり、気圧されるなそして魅入られるな、という意味合いだ。私は疑心暗鬼になってでもいるのだろうか。
 私はそんな不可思議な想いを抱えたまま、本丸で夏を迎える。庭にまた草が茂り始めたが、昼日中に草むしりなどやれる気がしなかった。また夕方になったら朝の続きをしようと思い、私は屋根の下で書棚を眺める。
 先人が残した本は、最初は何も読めなかったが宗近に朗読をしてもらい何度も同じものを繰り返し読むことでようやっと行書をほんの少し解読できるようになった気がする。解読、と表現する当たりまだまだという自覚はあるが、自分でなんとか読めるようになるのは大きなことだ。古文に近いそれなど無理だろうと思っていたのだが、この世界に長く居て、何度も読み重ねていると不思議と意味が通ずるのが、これもまた不思議なことであった。学校の授業で古文をやったときよりよほど易しい、と私はもう何度目になるかわからない枕草子に手を伸ばした。
 夏は日が長いというのに、夕日だけはあっというまに沈んでいくような気がする。
 今回の出陣はすでに三日になり、長いなぁとひぐらしの鳴き声を聞きながら私は思った。兼定と国広の二人だけであったときはもう少し長くかかることもあったが、宗近が入るようになってからは長くても二日ほどでおおよそ戦は終結していたように思う。そろそろ、この時代も終わりか、と思う。こうして戦が長引くのは、往々にして戦が終りかけている兆候である。最後とばかりに手勢が多くなるのだという。
 私は一人夕餉を食べ終え、やることもなく縁側に座って空の三日月を眺めていた。それはどこか宗近の瞳の中のそれに似ていて、見られているような恐怖も覚えたが、私はそのことに体を震わせる前に、門に現れた宗近にぱっと駆け寄ったのである。
 「おかえり」
 宗近は薄く笑んだ。
 「兼定さんと国広くんは」
 「はて・・・・夜闇にまぎれての襲撃があった。はぐれたが、無事ではあろう。本丸に近かったゆえ、無事かと先に戻ったが何もなかったようだな」
 「何もなく静かだったよ」
 いつもなら三人共に帰ってくるために心配をしたが、襲撃の話を聞き少し顔をしかめる。こうした奇襲が多くなるのも相手が追い詰められている証拠で、やはり戦の末に多いのだ。そろそろここでの仕事も終るのかと思うと私はいつも安心とほんの少しの寂しさを覚える。「今」に帰れるという安堵、しばらくは彼らが戦で死ぬことがないという安心、なじんでしまった生活へのほんの少しの寂しさ。それから「今」に帰ってしまうと、今度は私もやらなければならないこと・・・・例えば学業などが増えるせいで彼らと話す機会が減るのも寂しいと思う理由の一つだった。
 「宮古はここを去るのが嫌か」
 「嫌、ではないよ」
 宗近は時々こうして私の表情からよく私の心のうちを読む。だからその時はさしてその言葉に違和感を感じなかった。だから逆に続く言葉に私は驚きを隠せなかった。
 「俺は、嫌だ」
 「・・・・」
 私は沈黙したまま宗近より一歩退く。三日月が今頭の真上にあった。私は決して宗近の目を見てはいけない、と思ったが頬に添えられた手が目をそらすことを許さない。彼の手からはほんの少し血のにおいがしたが、いつもなら気になるそれが全く気にならないほどに私は再び彼の瞳に魅入られてしまった。
 「俺は今の今まで、大層大事に扱われては来たが俺を適切に扱うものはいなかったな。それがようやっと新たな主を得られてどれほど高揚したか、宮古にはわかるまい」
 暗い中で宗近の瞳の中の三日月が、夜空のそれと同じように強く光を放っている。
 怖いな、と思った。
 「人の一生は短いな。千年を生きた刀からすればあまりにも一瞬だ。今は良いが、やがて宮古も死ぬ。そうすれば俺はまた主を失うのだな」
 私の頬から宗近の手が離れて、私はもう目をそらせるはずなのに、今度は三日月が目をそらすことを許さない。私は宗近の目にしっかりと捉えられたまま視界の片隅で、腰に携えた太刀が抜かれるのを見た。
 刀身二尺六寸四分およそ八十センチに及ぶ太刀は薄い月明かりの下でもよく輝いていた。その刀を美しいと思ったのはこれで二度目である。初めて三日月宗近と会ったそのときに目を惹かれたのと同じように、視界の片隅で光るそれもまた美しいと思った。私は彼が刀を抜くところを始めて、見た。
 彼の口元に浮べられた笑みは穏やかで、口調もまた決して荒ぶったものではない。いつもの通り穏やかに、まるで幼子でも諭すかのように彼は言葉をつむいでいく。
 「これは恋心と言うほど易しいものではないな。言うなれば執着だ、宮古。俺は、もう一度誰も俺を適切に扱わぬあの世界に戻りたいと思わないのだ。俺は、今得た主をもう二度と失いたくはない」
  付喪神、とは元は器物、年月を経て想いを宿すもののことである。人が幾たびも手に取り想いを吹き込む、それを何十何百いや下手すれば何千年と繰り返すことでやがて物に吹き込まれた想いがひとつの形を成すのである。彼らは往々にしてその時の主人が願う姿となって現れ、ただひたすらに宿った想いを願われた想いを叶えようとする。物が持つ想いは付喪を九十九と書くこともあるように千差万別である。丁寧に丁寧に扱われた機織器は壊れる寸前にただ最後の主人に感謝を伝え、すばらしい織りの技術を伝えて消えたという。またある茶器は大切に扱ってくれた前代の主人が忘れられず、何の想いもなく売り払った今の主人を呪い殺したという。
 だが全ては主の死を持って終わりを迎えるだけではない。私の幼馴染が桜に魅入られ死を迎えはしたものの、彼女は今でも確かにあの桜と共に生きている。物に魅入られ、そして同時に物に魅入ってしまったときに人間としての存在は消えるが、その代わりに化生の物となり存在を残すことがある。仙人や生き仏などというものではない、どちらかと言えばしやはりあやかしに近い存在、そしてまた年月を経ることで神に近づく存在だ。
 私は、三日月宗近が怖いのではなかった。私は三日月宗近を始めてみたときに確かにその美しさに呑まれ魅入ってしまった。そのときから、やがてこのような日が来て、もう二度と後戻りが出来ない場所に踏み込んでしまうそのことに恐怖を感じていたのだ。所詮物は物に違いない、と言われたのは齢五つの時であった。私はその言葉をその齢にして本当によく理解していた。私はもう戻ることができないとはっきりとわかってしまった。
 宗近の刀は間違うことなく私の心臓にあてがわれ、そして彼はそれを躊躇することなく私の体の中に挿しいれた。痛みは感じなかった。宗近の腕の中に抱えられて、?まで、通る。つんと鼻をつく臭いが果たして宗近の身に染み付いた血の臭いなのか、自分の血なのかわからなかったが、胸元に手をやるとほんの少し濡れたものがあってああなるほど自分の血なのだとやけに他人事のように思った。
 頬をなぜられ、痛みもなく。三日月だけが美しいなぁなどとその場にそぐぬことを私はやけに悠長に考えていた。最後の最後に、心臓が大きくなったように思えたが、それはきっと錯覚であろう。やがてゆっくりと刀が抜かれていく感触があって、最後にふくらまで体内から消えると、私はそのまま膝をつく。ゆっくりと手を胸に当てるともうそこには休むことなく脈打っていた鼓動は存在しなかった。
 血の臭いに吐き気を覚える。こみ上げるものを感じて口元に手を当てても、ただ気持ちの悪い感覚があるばかりで出てくるものは何もない。私の視界の端で、宗近の刀の切っ先から血が滴り落ちているのだ。それでもなお美しいなと思った。
 「主さん!!」
 遠くで国広の声がした。私はあれほどまでに兼定に呑みこまれるな、と忠告を受けてなお宗近に飲み込まれてしまったのだ。合わせる顔がない、と頭の片隅で思いながら私は肩を震わせて地面にうずくまった。





 次に私が目を覚ましたとき、外は雨であった。いつもと変わらぬ目覚めかと思いきや、私はどうやら昼ごろまで寝ていたらしい。ただ、それでも何も変わらないな、と思いながら胸に手を当てても鼓動は感じない。布団を掴めば透けることもなく頬をつねれば痛みもある。私は自分が人ではないなにかになってしまった自覚がただ薄いままに首をかしげていると、ふすまをたんと開いて国広が入ってきたのであった。
 「兼さんがあれだけ魅入られるなと言っていたのに、すっかり魅入られちゃったんですね」
 昨日はだいぶ驚きました、と国広は落ち着いて言う。
 「でも兼さんも僕もなんとなくこうなるんじゃないかって思ってたんですよ。だから、兼さんもだいぶ気にかけてたんですけど、昨晩はまさかあんな形で奇襲されるなんて思わなくて」
 「それは、」
 「昨日のは本当に偶然です。でもあの人に歪みが出ていたのは僕達も知っていた。兼さんは前の主さん・・・・ええっと土方さんじゃなくてですね、別の審神者なんだけどをやっぱりこんな風に亡くしたそうです。そのときは前の主への執着のあまりの強さに今の主が認められずに殺しちゃったんだとか」
 付喪神って厄介ですね、と国広は自分もそうであるくせに笑った。
 「そういえば」
 「はい?」
 「国広くんは、なんでここにいるの?」
 「はい?」
 私が首をかしげると国広も一緒に首を傾げた。一拍間を置いてから、私の言葉の示すところを理解したのかぽんと手を打って笑う。
 「ああ、だって主さんも僕達と同じになっちゃたじゃないですか。主さんは付喪神じゃないですけど、極端に言えば主さんは今地縛霊みたいなもんですよ」
 実際は違いますけど、と国広は言葉を続ける。
 「主さんは宗近さんに心臓をとられた、心臓をつぶされたとは違うんです。主さんも宗近さんと一緒にいたいって魅入られて思っちゃったからとられちゃった。今は宗近さんに従属するあやかしに近い何かですね。僕も今の主さんの状態をなんと言うかわかりませんけど」
 「従属する、あやかし」
 「人でなくなって付喪神と同じ神性を持つ存在です。だから、僕達もそれに合わせて付喪神としてそのまま形を成す・・・というかこの場合は変化しちゃったっていうんですかね。だからここで主さんがなんらかの事情で死んでも・・・・うーん主さんはどういう条件で消えるのかよくわかんないですけど、主さんが消えても僕達はもう刀に戻らないってわけです」
 「・・・わからないなぁ・・・」
 国広が苦笑する。
 「とにもかくにももう主さんは僕達の主じゃなくて、化生の位で考えると僕達よりも下にありますね。元が人だ、しかも心臓をとられて時間もたっていない。一般には妖怪なんて呼ばれますけど、まぁなんにせよ主さんはこれから時を経てやっぱり僕達と同じように少しずつ神に近づくわけです」
 「そっか」
 庭の方から剣戟が聞こえた。耳も目も昨日と全く変わらずによく機能している。何かが変わったようには思えなかった。
 「兼さんすっごく怒ってましたよ」
 「ううーん・・・・顔を合わせたくない・・・です」
 「あははきちんと謝ってあげてくださいね。そうでなくても心配してたんだし。今は宗近さんと手合わせ・・・ってか本体使ってますよねこれ。兼さーん!手合わせなんだから木刀使ってくださいよ危ないな」
 「うるせぇ!」
 キンッという高い金属音の合間に兼定の怒鳴り声が聞こえた。

 私は、もう戻れないところまで踏み込んでしまったのだと、昨夜に理解していた。本丸の裏手の竹林にあったはずの時空のひずみはもう私には見えず、この時代から考える未来私の本来の居場所である「今」にはもう帰ることができなかった。私はそもそもこの時代からの未来にあたるところの人間だから、ここで死んでしまっても過去の改変が起こることはない。向うでの私は別の審神者の報告によって死んだことになったらしい。同時に和泉守兼定、堀川国広、三日月宗近の三振りの刀は消失という扱いになり、私は私の人としての一生に幕を下ろしたのだ。
 「ああ、そうだ主さん・・・・うーんもう名前で呼んだ方がいいのかな。宮古さん。これから時代は幕末を迎えるんです。僕達が時代の改変者の側に回らぬように今度こそきちんと見ててくださいね」
 「うん、わかってる。私は、私の知ってる未来をもう一度みたいから、時代は変わって欲しくない、かな」
 「あと五百・・・うーんもっとか。そのときにはもう宮古さんも神様って呼ばれてるんじゃないかな」
 「そっかぁ・・・・」
 私は、もう帰れなくなった世界に思いを馳せながら、小さく頷いた。私は過去に取り残されたままもう一度私が生きていた時代に向かう。その時までに歴史が変わらぬように、私は過去で三振りの刀と共に歴史の改変者に立ち向かうのだ。実感にかけるそのことを、私はただ兼定の不機嫌そうな視線と言葉を受けながらひっそりと考えていた。



  下 完結





2015.02.04 執筆
2015.02.04 公開