※ ゲーム本編またその他原作で明らかにされていない部分等を妄想で補っております。審神者や刀剣たちとの関係についての情報を詳しく描写している部分がありますが、あくまで私(書き手)の考える刀剣乱舞の世界観であると思っていただければ幸いです。














ぬばたまの、その夜の月夜(つくよ)、今日(けふ)までに、我れは忘れず、間(ま)なくし思へば


 所詮物は物に違いない、と言われたのは齢五つの時であった。その言葉は幼い私の心の奥底にしまわれていたが、ふっとこのときにその言葉を思い出したのは、やはり私がその言葉の意味をずっと昔の昔から理解していたからなのかもしれない。
 ずるりと体内から生きるのにもっとも重要な物がなくなって、代わりの何かが咲きほこる。痛みはなく、ただ血の臭いに吐き気を覚えるだけだった。膝をついて震える手で胸に触れるともうそこには休むことなく脈打っていた鼓動は存在しなかった。



 私が審神者として時の政府に呼ばれたのは十五になる頃であった。過去の改変が、などといわれてもいまいちピンと来ないままに私は刀をとったのだ。



 私には幼い頃から物の名を当て、その物を呼び起こす特技があった。幼かった私はそれを別の友人らが歌が得意だとか折り紙が上手いとかと同じ『私の得意なこと』だと信じて疑わなかったのだ。大抵は見たことのないものであっても、その物に触れればその本来の名がわかる。昔の私は友人らと閉じた箱を用意して、そこに手が入る程度の穴を空け中に物を入れてはこれはなんだと当てっこをして遊んだ。私は絶対にはずさず、そのうちに私が物を選んで入れる役目になるほどだった。私にはたとえ指先一本でも物に触れればその名がわかるという特技を持っていたのである。
 友人も先生も両親も始めはそれを単に感覚の鋭さや図抜けた立体感覚と評していた。私もそうだと思っていたからこそこれらを特技と呼んだのである。その認識が崩れたのは、夏休みに祖父母の家に遊びに行ったときだった。
  祖父母の家はとにかく古く、もうほとんど見かけない土蔵や古井戸、それから雨戸なんてものがあった。昔の私はそんな祖父母の家を探検するのが大好きで、一人勝手に探検をしては見つけたものを夕飯の席で祖父母に報告するのを楽しみの一つとしていたのである。そんな私をおかしいなどと誰が思うだろうか。今日はこんな道を見つけたのだと言い、明日はこの先の箱を開けてみたいが鍵がないといえば祖父がどれ一緒に開けてみようと言う。母はあまりほこりだらけになったらすぐに風呂に入りなさいと言うだけで、そうやって私が楽しく探検をすることを決して止めなかった。
  私はその日、祖父と共に古い箱を開けてその中身が空っぽであることに肩を落とした直後だった。暗い土蔵の中で懐中電灯を比べて錆ついた鍵に悪戦苦闘するのは楽しかったのだが、やはり成果があったならばもっと高揚した気持ちでいられただろう。なぁんだ、と結局埃だらけになって祖父と笑い、それから箱を閉じてその鍵がかっこいいから欲しいという。ならば鍵と箱をやろうと祖父に言われて私はすでにそこに自分の宝ものをいっぱいつめることで頭がいっぱいだった。
 その時私の頭をつんとつついたのは、土蔵の小さな窓から枝を伸ばして中に入り込んでいた梅の枝だった。さて、なんでこんなところに入ってきてしまったのか、と祖父がいい、元に戻そうとしたとき私はそれに触れた。枝の先にはまだ咲ききっていないつぼみがあり、それがとてもやわらかく気持ちよさそうに見えたので、ちょっと指の腹で触れてみたくなったのである。
 「梅の花、古金襴」
 つぼみの先がほんのりと赤いそれは紅筆性の中の古金襴という。花弁は全体的に白いがつぼみの状態だとなるほどまるで赤い色をたっぷりと吸わせた筆のようであった。いつもの通り名がわかる。私はその名を小さく口にすると、祖父はそんな難しい言葉まで知っているのか梅が好きなのか、と喜んだようであったがその表情は、あっという間に凍りついた。
 私がふっとつぼみから顔を上げるとそこには、見知らぬ女が立っていたのである。とても、美しいと幼心に思うほど、それを妖艶と表現することは随分と後になってから知った。美しい、美しい、綺麗な人だと思って私はそれを口にした。
 「おねえさんキレイね」
 女は何も答えることはなかった。ただほんのりと、先だけに紅を塗った唇で弧を描く。
 目の縁取りの赤も唇の赤も、全て古金襴の上品な赤色であった。いや、紅色、か。そしてそれは筆で描いたようにやわらかく細い線を描く。髪はぬばたまの夜のよう、瞳もまた同じように黒いが所々に赤い斑紋が見て取れた。その時女は瞳の中がくっきりと見えるほどまでに近くに寄っていたのだ。
 私はその瞳にすっかりと魅入られて、手を伸ばした。だがその手が女の肌に触れるよりも早く祖父が何事か叫んで土蔵を飛び出したのである。鍵も箱も置いてきてしまった、と言う間もなく、私は一旦家の中に置かれなにやら酒をかけられ塩をぶちまけられた。あの時は酒が目に入り痛いと泣き叫んだのに聞いてくれもしなかったのが恨めしかったが、今では祖父母が一体何を心配していたのかよくわかる気がする。口の中に入った苦い液体を必死で吐き出そうとしている間に思い切り荒塩をまかれて私は鬼じゃないんだ!と叫んだ。当時の私にはこれが新しい節分の行事だと思う他なかったのだ。
 それからはただあっという間もなく、物事も時間も流れていった。私は祖母が何事か呟くのを聞きながら、庭に止めてあった車に濡れた服で乗せられた。土蔵をちらりと見ると、入り口には女がいまだ立っていてこちらをじっと見つめている。唇はいまだ甘く微笑みを浮べており、私は手を振ろうとしたがそれは祖母に止められた。母親が車の後ろでひっと息を呑む音だけが、祖母の胸に抱かれた状態で聞こえてきた。
 「おばあちゃん」
 「大丈夫よ、お前は大丈夫よ。いいかい所詮は物に違いない。だから決して物に魅入られてもお前がそこに心を向けてはいけないよ」
 でないと、と続く言葉は運転席に乗り込んだ祖父それから助手席と後部座席に乗り込んだ父と母のせいで続かなかった。
 「お義父さん、宮古は」
 「大丈夫だ、まだ魅入られて間もない、それに触れては、いない」
 母親の心配そうな声に祖父は出来る限り落ち着いて答えようとしているようだった。それでも手が震えるのか、車は時折小刻みに揺れた。
 「お父さん、俺が代わります」
 「大丈夫だ」
 私は祖母の胸の中でそんな祖父や父や母の会話を聞きながら、結局私はこれからどこに向かうのだろうと考えていた。不思議と不安はなかった。土蔵の女は、私には大して危険にも思えなかったし、先ほど酒や塩を嫌というほどかけられて機嫌を害したことも祖母がぎゅっと抱きしめてくれている間に忘れてしまった。祖母はずっと私のことを抱きしめながら何か呟いていた。それが何なのかは言葉に触れられない私にはわからなかったが、常には特に必要のないもので、今は常でないから祖母がずっとそれを口にしているのだろうとだけ思った。
 車はやがて山をいくつか越える。喉が渇いた、と言っても我慢しなさいといわれる。おなかが減ったと言うとそれもあとちょっとは我慢しなさいといわれる。私は駄々をこねたし車を降りたいとも言ったが、祖父が車を止めたのは赤信号とガソリンを給油するときだけだった。私のことは絶対に車から降ろしてはくれなかった。
 だだをこねていた私は結局窓の外を見たいといったが、それもだめだといわれてしまって、結局途中から母としりとりをして時間をすごした。私には結局まだ両親にさからって車を飛び出すほど力はなかったし、そんなことをして両親と喧嘩をするのは嫌だったのである。祖母は私の話をほとんど聞いてくれなかったから、母親にしりとりをしようと言えばそれはいいよ、と言ってくれたからずっとしりとりをして遊んでいた。でも梅の名前だけは決していけないといわれた。そもそも古金襴は最後に「ん」がついてしまうからしりとりにならないのだと思ったのだが、私は母の剣幕に押されてうんと頷くほかなかったのである。
 私はやがて眠くなってしりとりをしながらふっと寝てしまった。しりとりの最後が何で終ったのか、母と私のどちらで終ったのかも覚えていない。目を覚ますと車は止まっていて、私は随分と久しぶりに車から降りることができた。ずっと車の振動に慣れてしまっていたものだから足元がちょっとだけぐらぐらしたが、それもすぐに治まった。
 「おばあちゃん」
 「ちょっとだけ神主さんのお話を聞いたら、そのあと美味しいものを食べにいこうね」
 祖母は疲れた表情でにっこりと笑ったから、私も笑わないといけないなと思った。だから私もにっこりと祖母に笑い返すと祖母は私の手をぎゅっと強く握り返した。少しだけ、痛かった。
 祖父も父も母もすでに神主さんの前にいて何事か難しい話をしているようだった。私と祖母はしばらく別の畳敷きの部屋に案内されてこの部屋から出るなと言われた。やることもなくただ畳の上に座って祖母と手遊びをする。私が改めて神主に呼ばれるまでどのくらい時間がたったのかはわからない。だがそれでも見慣れぬ空間であったために、そう退屈することはなかった。
 神主は私の頭の上で何かを振っては何かを呟いていた。私にはその半分も何を言っているのかわからなかったが、静かにしていなければならないと思い、しびれる足にぎゅっと力を入れて耐えた。正座は今も苦手だが、緊張してかつ全く内容が理解できなかったあのときほど辛い正座はなかったように思う。恐ろしく長い時間の正座に耐え、祖母に肩を叩かれたときにはすっかりと足がしびれて動かなくなっていた。足に血が通い始めるあのむずがゆいような痛いような感覚がわからないのに妙に敏感になっている感覚が気持ち悪くて、うーうーと唸りながら車に戻った。車の後部座席で寝転がりながら足が痛い、と叫んでいた気がする。祖母の表情は昨晩に比べて随分と和らいだものになっていた。
 「宮古
 「足いたぁい」
 「宮古よくお聞き」
 まだ祖父も父も母も車に戻ってきていない。祖母が私の隣に座って神妙な表情をしたので、私もうめくのをやめてじっと祖母の顔を見た。
 「いいかい、お前には人とは違う力がある。それは仕方ないこと。だけどこれだけは覚えておき。物は所詮物でしかないのだから、何があっても絶対に物に魅入るんじゃないよ。想いを寄せてはならんよ」
 「みいる?」
 「目を離せなくなる、目を奪われたまま抜け出せなくなる」
 当時の私にはわからない言葉だらけで、ただうん、うんと祖母の言葉に頷くほかなかった。しびれていた足もようやっと感覚が戻ってきて、少し神社を探検してみたいと思ったけれども、きっとダメといわれるのだろうと思ったからそれは口にしなかった。
 「お前はきっと物に魅入られてしまう。だけどお前が魅入ることさえなければきっとお前は大丈夫。物は物でしかないのだとよく覚えておき」
 祖母が私の頬をそっと掌で包み込んだとき、フロントガラス越しに祖父と父と母が帰ってくるのが見えた。
 その後私たちは、隣町のホテルで一拍をした。祖父だけは何事か神妙な顔をして、どこかに電話をしてから一足先に帰ってしまったのだが。私はホテルで約束どおり美味しいものを食べて満足して、すぐに寝入ってしまった。なんの準備もなく車に乗せられて丸一昼夜走り通したのだ。私が運転していたわけではないが、ただ長旅というそれだけで疲れはする。白くてやわらかいシーツも布団も私には天国のようで、その上でぐっすりと眠り、次の日父の運転する車で祖父母の家に戻った。
 そのときには、土蔵の裏の梅の木は切り倒され根っこを掘り起こされてもうどこにもなくなっていた。





 物に魅入られるという意味、物に魅入るという意味をきちんと理解したのは十五になる前のことだった。
 五歳のあの日、梅の木に触れたときから私の物の名がわかる、というのは単なる特技ではなく特異的な私だけの持つ力になった。あれから何度も神社に行き、その度に固く約束させられたことは、たとえ物に触れて名を知ろうとその名を容易に口にしない、ということであった。あのときから私は物当てゲームをやめた。最初はどの名前を呼んでいいのかわからず癇癪も起こしたが、その度に父と母が根気よく付き添ってくれた。
 私が呼んでしまうのは所謂付喪神、というものだ。年月を経た器物はさまざまな人の想いを得て形を成す。私はその名を理解し呼んでしまうことで、まだ年月が十分たっていないものも付喪神として形をつくってしまう。私が呼んでしまった付喪神がこの世に形を成していられるのは、私が生きている間もしくは器物そのものが壊れない限りである。付喪神は往々にして呼び寄せた主の好ましい姿をとるのだという。それは主に魅入らせるためなのだ、と言う。
 物に魅入られ、魅入ればその人間は心の臓を食われる。付喪神も形を成したばかりのころは、神に近い存在と言うより化生の者に近い。いわばあやかしなどと言われる存在であり、これらがさらに時を経て神となる。神になるまでの間にどのような行いをするのかが、最終的な力の善し悪しを決めるものではあるが、化生の者はとにもかくにも力を得るために他の生命を食い殺すことも多い。付喪神の場合は、主に強い執着によって相手を取り殺してしまうことの方が多いが、何はともあれ物に魅入られても決して己は魅入ってはいけないのが鉄則だった。私はそれを幼馴染の死を持って、知ることになる。私の幼い頃からの友人は、あるとき古い桜に魅入られやがて衰弱して死んだ。彼女はただ安らかに桜の花びらに囲まれて亡くなっているのが見つかったのだという。私は彼女との最後のお別れのとき、確かに桜の傍に彼女が佇んでいるのを見た。見知らぬ男性に寄り添い、じっと己の葬式の列を眺めていた彼女は、一体何を思っていたのだろうか。あれが、物に魅入られ物に魅入ったものの末路なのだと思うとぞわりと背筋に冷たいものが走ったのを、今でもよく覚えている。





 「和泉守兼定」
 私が審神者になったのは、幼馴染であった彼女が亡くなり数ヵ月後のことであった。五歳のあのときからすでに私は時の政府に存在を知られていたのであろう。十五の誕生日を迎えた丁度その日に、時の天皇からの勅令と言う形で刀を付喪神として形を成さしめ、これをもって過去の改変を食い止めよとの命を受けたのである。
 はて一体何のことだろうと思った私には拒否権などなく、気付けば通いなれた神社で一振りの太刀を前にしていた。新撰組副長土方歳三の愛刀として名高い和泉守兼定は二尺八寸、朱色の鞘が目に美しく、抜けば五ノ目乱の波紋が輝く。幾人斬ったのか知らないが、美しさと同時にほんの少し狂気染みた空気を纏う刀であった。
 どうすれば物が付喪神として形を成すのかは、私自身が一番よく知っていることであった。だがその力をなるたけ行使せぬようにすごしてきた私には、突然刀の形を成せというのは幾分重荷でもあった。
 審神者と言うものがなんなのか、私がこれから何をせねばならぬのか、せめて説明をしてくれれば良かったものを、誰も口をつぐむばかりで私に教えてはくれない。結局私は半ば苛立ちと共に刀に触れてその名を呼んだ。
 長い髪が頬に触れる。鞘と同じ朱色の着物、青色の羽織はよくさまざまな物語の中で見る新撰組のそれに似ていた。明るい青の瞳は、光によって若干その深みを変えていく。
 「・・・・ああ、アンタが新しい主か?なぁ、最後に呼ばれてから何年たったんだあの時は確か、」
 和泉守兼定は私が思ったよりも存外親しみやすく私に話しかけてきて、私は驚いた。確かに私の付喪神の記憶と言えば、妖艶な梅の花と幼馴染を食い殺した桜の木だけだ。話したこともなければ触れたこともない。私は存外気軽に声をかけてきた和泉守兼定の長い髪にそっと手を伸ばして触れた。
 「おい・・・」
 兼定は確かに顔をしかめて私の手を払おうとしたようだが、その前に神主が戸を開けたものだからそれらは全てうやむやになってしまった。神主をはじめとし時の政府の役人達が何事か私に話しかけてはまた和泉守兼定にも話かけていく。私はわかるところは頷き、わからないところは「何を言っているのかわからない」と素直に告げた。だが和泉守兼定は先ほどの気さくさはどこへ行ったのやら、むっすりと黙り込んだまま神主にも役人の言葉にも答える様子がない。なんとなく気まずくなった私が恨めしげな目を向けると、ようやっと一言二言簡潔な返答をするも、目はあわせず返答も気が乗らずといった調子でまるきりやる気が見られず、私は一体どうなるのだろうと頭を抱えた。
 時の政府の役人曰く、私は審神者であるという。審神者という者は「眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技」を持つという。それは所謂付喪神の形を成さしめることに違いなく、私は五歳のときより時の政府に記録されていたのだ。この時代、家系という感覚が薄れ、審神者としての力はほとんど血によって受け継がれるものではなく地によって受け継がれるようになっているのだという。どうやら私の住む地域は地脈のエネルギーが非常に強く、その地で生きる人間にも強い影響を与えるらしい。
 どれもこれも私にはぴんと来ない話だったが、最終的に私は過去へ行きそこで歴史の改変を食い止めなければならないのだ、と告げられた。
 歴史とは、今を作り上げる素地である。一つ一つまるで積み木のように積み重ねられ、歴史がつむがれることで今の時代が存在する。歴史の要所要所には必ず要となる事件があり、これが崩れると歴史は変貌を遂げる。すでにいくつか崩れ始めた「今」がそこここに存在するのだという。私はこの「今」が好きであることは事実だったし、それを壊されたいとは思わなかった。今まで一般人として生きてきた私にはなかなかに現実味のない話であった。だが確かにそれを成せるのは付喪神を呼び起こし主となれる人間に限られることは確かで、私は幾分ぼんやりとした頭で時の政府の言うことに頷いたのである。
 「・・・・アンタも大概だな」
 「・・・・怒ってたんじゃないの?」
 「別に、あの連中と口を聞く必要もないだろう。オレの主はアンタだ」
 その後またしばし準備があるからと、兼定と部屋に残されると、彼は唐突に話しかけてきた。私はてっきり、先ほど髪に触れたことに怒っているのかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。主、といきなり言われても全くしっくりこないために名乗ると今度は兼定の方が少し驚いたようだった。
 「オレはアンタが呼んだように和泉守兼定だが・・・・あまり名は名乗らん方がいいんじゃねぇか。名前ってのはそんだけで力を持つもんだから、あんまり名前を知られると縛られるぞ」
 「実感が・・・・ない」
 「そんだけ力があってもか」
 兼定は幾分あきれたような口調で言った。
 「・・・・私が、この力を持ってるのは昔からだけど、どうすればいいのかよくわからなかったし、今日もいきなり呼ばれて・・・・ええっと兼定さん?」
 「アンタはオレのことを好きなように呼ぶといいさ」
 私はそれからしばらく兼定と特に他愛のないことを話していた。兼定はもう二度、この時代に呼ばれたことがあるらしく、こちらの事情はよく知っているらしい。どちらも主と死に別れたということだったが、彼はそれを彼が刀であったときの主である土方歳三のときほど悲しそうな表情をしなかった。
 「オレはまぁ、刀だがこうやって形を成した以上向き不向きも得手不得手もあるってこった。前の主人とはどうも馬が合わなくてな。何それがどうのこうのって話じゃあねえが。オレなんかは割りと色んな主に会うからどうしても比較しがちなんだよ」
 「そうなのか・・・・。そうだ、兼定さんは前も形を成したことがあるなら知ってるんでしょ?過去の改変って結局何?」
 「ああ、簡単にいやそれもオレらと同じ付喪神の成すこった」
 和泉守兼定曰く、過去の改変は主への強い想いが寄り集まり束となって一つ時代の改変によって新しい未来を迎えようとする力に変わってしまっているものらしい。それは先ほども述べたとおり、「今」の崩壊につながりかねない自体なのだが、当人達はただひたすらに己の望む未来のために一つ前の過去へ戻っては要となる出来事を崩そうとする。今の時の政府はそれを阻止するのが目的であり、私はそのために呼ばれたのだ。
 「実際に戦うのはオレらの仕事だ。主は別に表に出る必要はない。まぁ、オレが形を成すために一緒に過去に来てもらう必要はあるんだけどな」
 「そっか、刀は握れないから少し安心した」
 「ずぶの素人に鞘から抜かれることを考えるとぞっとしない話だ。オレもそれは断るぜ」
 私の言葉に兼定はべぇと舌を出して心底嫌そうな顔をした。先ほどまで鞘から外されて刀掛けに置かれていた刀は今は兼定の右においてある。つまり、私と兼定の間だ。和泉守兼定は形を成してからまずはじめに刀を手に取った。刃の状態を確認し、それからそれを手馴れた手つきで鞘に戻すと何の迷いもなく腰に帯びたのである。実物を触ったことはないが、重いと聞く。彼はそれをなんとも思わずにやってのけたのだから、驚きもしたが、考えてみれば兼定は刀そのものなのだ。自分自身を持ち上げられないはずがなかった。
 それだけ言われてしまうとさすがに触っていいかなどとたずねられるはずもなく、私は正座したまま兼定と会話を続けながらもう一度役人に呼ばれるのを待っていたのである。
 「なぁ。多分、あともう一振りは形を成すことになると思うんだが、もしも指名が可能なら堀川国広を選じゃくれないか」
 「兼定さんがそういうなら」
 「ありがとよ。国広は前の主のときに一緒だったんでな。相性がいい」
 「やっぱり刀でもそういうのあるんだね」
 「あるさ。だからやがて付喪神にもなるってもんだ。ま、オレはオレ単体で付喪神になるまでまだ当分かかるけどな」
 くあっとあくびを一つ、兼定は今の時間をもてあましているようだった。
 「ああ、さっさと戦場に出てぇな」



上  





2015.02.02 執筆
2015.02.04 公開