過去へと遡るための起点は、今を生きる
天に他ならない。過去に遡る際の終点とは、過去を生きる
天を指す。審神者と成った
天が意図的に呼吸を重ね、時を計って付喪神たちを過去に送り込む。
ならば戻るときは?戻るためには、今と過去を繋ぐ架け橋が切れてしまえばいいのだ。簡単に言えばそれは、今を生きる
天が死ぬか、それとも過去に生きた
天が死ぬか、という二択である。だから
天は誰にも言わなかったが、あえて自分の死期が近い時期を探って、あの時代に付喪神たちを送り込んだのである。それは
天も事前に宮司からも聞いていた実に合理的な話で、
天もまたそれに納得してその時を選んだ。
だがそれに納得していないのはむしろ付喪神たちの方である。そのようであるならばせめて事前に一言欲しかった、と三日月宗近に苦言を伝えられ、大倶利伽羅はこちらへ帰ってきてから一言も
天と口を交わさず、そして岩融と今剣からも今回は
天が悪いぞと額を小突かれる始末。今回の騒動を目にしなかった和泉守や堀川や兼定、そして獅子王も、ひどく不機嫌であった鶴丸の様子を見てから三日月に話を聞いてやはり
天にそれは、と苦言を呈す。せめて事前に教えてくれていたのならばともかくもと言うのである。
「そのー・・・・俺らって付喪神じゃん。だから今回のことがすっげぇ心にきた・・・・ってよりかさそれ以上に、
天は平気なの?」
「平気って何が?」
皆が帰ってきた翌日随分と寝坊して起きてきた
天に獅子王がそんなことをたずねてきたので、寝ぼけ眼のまま
天があくびをしながら答えた。
昨晩は何か不慮の事故でもない限り、皆が帰ってくる日であったから夜中までずっと起きていたのだ。その後何かと色々あって、ようやっと布団に入ったのは朝の四時。そのまま寝込めば当然昼まで意識は戻らずといった具合である。乱れた着物を直している最中に、やけにそっと中をうかがっていた獅子王を招き入れた最初の一言はそんな、突拍子もない言葉であった。
「んーだからさ、ああいう風になるってわかってて黙ってたことについて」
「獅子王・・・もしかして怒ってる・・・?」
「俺よりも鶴のじっちゃんがね」
獅子王は
天の言葉に首をすくめる。
天はその一言に眉をハの字にして困ったように笑ったのだった。
「平気っていうか・・・・そのどっちみち過去のことだし仕方ないって思ってたし・・・それに」
天はすこしばかり言葉に迷っていたようだが、獅子王が「それに?」と言葉を急かすようにすれば一泊置いてゆっくりと「君達は長生きだから、人が死んでしまうことに慣れているかと思って」と言ったのだった。
獅子王は苦笑とも、嘲笑とも、自嘲とも取れるようにはっと大きく息を吐き出して口元にほんの少しだけ笑みを浮べる。けれども、次に吐き出された言葉はいつもの獅子王の明るい声では決してなかった。
「だから時々神様って人に災いをなすんだぜ」
知ってた?とばかりに獅子王は
天の目を覗き込んでから、首をかしげて笑った。
夜、
天の部屋に来客があったのはその日の晩、刀剣男士たちが過去より戻ってきた次の日の晩のことであった。
弱い明かりの下で、次の出陣のために地図を広げてぶつくさと何事か独り言を呟いていた
天は、障子の向うに人影を見て「どうぞ」と声をかける。音も鳴く開かれた障子とその隙間から吹き込んできた風に灯りが揺れる。ふっと蝋燭の火が消えてしまい、煙の香りが残って
天は突然の暗闇に視界を奪われ驚いたが、突如ぞわりとおぞましいものが背筋を走る感覚があって身を震わせた。背筋がぞわりとしたのは、決して寒いせいではない。
天は、ふと背後に立つ人影に千年前にも感じたあの感覚を思い出していた。
天が振り返るよりも前に、背後から抱きすくめられればそのまま立ち上がるわけにもいかなくなる。声をあげる前に耳元で「君は、」と呟かれるとその感覚にぞわりと鳥肌が立った。
天の心臓が早鐘のように打つ。
「君は、ああなることを知っていたのか」
鶴丸の声音は決して優しいものではなく、どこか咎めるような色を含んでいる。苛立ちが隠しきれないのか、
天の手を掴んだ力が強い。
「鶴っ・・・!」
「君はああなることを知っていて黙っていたのか?」
「ああなることって・・・・こっちに帰ってくるときのこと!?あれは、起点と終点の縁を切るために利用しただけで__」
ぎゅうとさらに強く手をつかまれれば
天はその痛みにぎゅっと目を瞑って悲鳴を上げた。だがその悲鳴も途中で鶴丸が口をふさいだせいで途切れ、途切れて最後にはくぐもった声になる。鶴丸の腕の中から逃げようともがくも、その程度の力ではどうしようもない力量の差がある。着物がはだけ露出した足に鶴丸の腰に下げられた刀の柄が触れて、その冷たさに
天は体から急に体温が奪われたような感覚になって体が硬直する。
「もう少し、君が驚くような形にもしたかったんだが」
耳元でささやかれたと同時に体を押さえる力が弱まって、そのまま
天は逃げ出そうとする。だがそれよりも早く鶴丸の手が肩をつかむ方が早かった。肩に食い込むほどに強くつかまれればそれだけで逃げる意思が根こそぎ奪われる。床に押し倒し、
天が後頭部を強打したのにも関わらず鶴丸はその体にまたがった。
「何事もなければこのまま君とのこの関係を続けても良かったが、俺はあんな驚きは求めちゃいないぜ。わかるか」
鶴丸の声の低さにぞっとする。とうに消えてしまった明かりのせいで、部屋は暗いが、それでも暗闇に目が慣れてくればなんとなく物が見えてくる。部屋の中に差し込む灯りなどほとんどなかったが、その中でも鶴丸の瞳がはっきりと光り輝いているようで、それがいっそう
天には恐ろしかった。
「今生で君を見つけたところでさっさとこちらに引きずりこんでしまえばよかったんだなぁ・・・・ああ、興ざめだ。全く面白くもない喜劇を見せられてる気分だぜ」
わかるか、という鶴丸の手が
天の腰の帯に伸びたがそれを止めるにも
天は鶴丸の満月のような瞳にとらわれて体を動かすことが出来なかった。金縛りのように体が重い。逃げられない、目をそらせもしない。恐怖で体が震えたがそれを押さえる術もなかった。
「君が、俺のことよく信頼していたから、野放しにもしておいたが・・・・」
君は一体何度俺の前で死ぬつもりだ、とささやくように言われて
天は心臓をつかまれる思いであった。
「歴史の中の君は皆早世であったと言っていたな。なら今の
天はどうだ?次の出陣で過去に送られ、戻る際に俺の目の前で死んでいるのは過去の君かそれとも今の君か」
声は低く、静かであった。決してあらぶっているわけでも苛立ちを示しているわけではないというのに、その落ち着きがとにかく恐ろしいと思うのだ。喉がつかえて言葉がでない。前をはだけられて唇に触れられ喉から胸に胸から腹へと指でなぞられ、その冷たさに悲鳴だけがかすかに洩れた。ひっ、ひっ、と引きつった荒い呼吸だけが静かな部屋に響く。離でおこっていることになど誰も気付くはずがない。
神の力を借りること、神と契りを交わすことはとても一言で表せないほどに、強い力に支配されることを意味している。一歩間違えば命を奪われるだけですまない、輪廻転生の世界で二度と生まれ変わることを許されない世界へと引き込まれることをも意味しているのだ。
天は鶴丸と旧知の仲であったからこそ「文言を口にする必要はないだろう」という鶴丸の勧めに従って、契りを交わし鶴丸に肉を与えた。だが契約には必ず互いの利がなければならぬ。
天は鶴丸から力を借りる、その時鶴丸が得るものを
天は口にせずにいた。これはすなわち契約の代償の全てが鶴丸国永に一存されてしまったことを意味している。
鶴丸の誘導は全て意図的なものであった。宮司からの説明を省かせ、
天に契約を急かす。契約を交わしたあの日は、鶴丸にとっては確かに吉日であったが、
天からすれば凶日であった。
天がもしも宮司から説明をきちんと受けていたのならば決して選ばなかったであろう日程であえて契りを交わすように仕向けたのは、そうすることで契りを結ぶもの同士の結束がより強くなるからである。それは言霊の力であったり、付喪神たちの直接的な力であったりするが、今はまさに
天は鶴丸と結んだ契りによって完全に立場は逆転した。今の
天と鶴丸の関係は、主とそれから肉を与えられた代償に一時力を貸す付喪神ではなく、力を借りる代わりに何でも差し出そうとおろかにも口にした人身御供と力を与える神であった。
「君を妻に迎えよう。そうすれば、君は肉が綻びを迎えるまで審神者として生き、死ねば輪廻の輪を外れて俺と共にあることとなろう」
「ふっ、あ、いっああッ!!」
濡れてもいないそこに陽物をねじ込まれ、
天は痛みに悲鳴を上げて、眦から涙が零れ落ちる。
神と交わるということは、愛を確認する行為でも、子を宿す行為でも、快楽を得る行為でもない。神と交わることで、一つになって神域へと踏み入れる。それはこの世の理の一つである輪廻転生の世界から外れてしまうことを意味する。通常は夢の中で交わされるそれも、今は鶴丸が実体を持つが故に、行為もまた実体を伴うそれと成ったが、根本的な意味は変わらない。
腹の奥底の熱を感じながら、逃げることもできずに
天は泣く。それでもつながったままに体を絆されていけば、やがて奥底よりじんわりと零れ落ちるものがあって、
天はそのことにまた悲鳴を上げて泣くのだった。
あまりにも乱暴なその行為が終ったのは明け方になるころで、泣きつかれ気をやった
天の身辺を軽く整えてから鶴丸が
天の部屋ともなっている離を去る頃には山の端に日の光が輝き始めていた。
