ひどい夢をみた、と体を起こして、体の節々に残る痛みに昨晩のことが夢ではないことを知っては愕然とする。決して鶴丸をだましたつもりはなかったが、そのように受け取られていたのだと思うとひどく心が沈みこんだ。行為そのものよりも、あのときの鶴丸国永がひどく恐ろしいものに感じられたのだった。
 「ー?起きてる?光忠が呼んでこいって行って・・・る・・・・んだけど・・・・・・・・風邪引いたって伝えてくるわ」
 あまりにも返事がないのでそろりと障子を開いた獅子王が、布団の中にしゃがみこんだまま放心しているを見てぴたっと口を閉じてからすぐに障子を閉めた。の返事を待たずにばたばたと離を出て行った獅子王だったが、そう時間をおかずに戻ってきてもう一度そろりと障子を開く。
 「入るぜ?」
 「どうぞ」
 「あっ意外と元気だ」
 朝だからか、いつもの戦装束ではなく軽装であった獅子王は、部屋を覗いての様子を見て特に問題ないと見てから部屋の中に入る。そしてしばし迷ったようだが結局が放心したままなのでそのすぐ横にあぐらをかいて座りこんだのだった。
 「平気?」
 「た、ぶん」
 「平気じゃねぇよなー・・・・。ええっと先に言っておくと、なんとなくじゃなくて俺らわかっちゃうから隠してもあんましょうがないとは、思う」
 そうなの、とはゆっくりと獅子王の方を振り向く。獅子王の一言でどこか諦めたついたような表情でもあった。
 「うーん、見えるってわけじゃないけど、俺たちは前の主とか今の主とかとの縁を感じるって感覚があるし、鶴のじっちゃんとは元から強い縁があってそれがもう二度と解けないような形になっちゃってるから、そうなると答えは限られてくんだよ」
 だからそりゃ仕方ないし、そもそもそれ自体は神様とかにとっちゃ普通のことだし、そうすることで神様って力を強めていったりするもんだから、とまで口にして獅子王は一旦口を閉じた。
 「____だからあんまそういうのは気にしなくていいと思うんだけど、でもそういう世界にかかわりがなかったにとっちゃ青天の霹靂みたいなもんだろ。だから平気かって話なんだけど」
 俺らって人と違うからさー・・・・と獅子王は笑った。だがまぁ当然だがは笑う気分にもなれず「うん」と小さく呟くばかりなので獅子王の声もやがて尻すぼみになってからそれからもごもごと何事か言い訳のようなことを口にする。獅子王が直接的に何かをしたわけではないのだが、それでも言っておかなければ成らないことがあるような口ぶりであった。
 しんと部屋に沈黙が訪れる。獅子王は何がしか言葉にしたいようだが口を開くたびに結局言葉を飲み込んでぱくぱくと金魚のように口の開閉を繰り返すばかりだった。あまりにも静かなものだから、誰かがこの離にやってくる音もよく聞き取れた。外をちらりと覗いた獅子王の目に、白い袴が飛び込んできた瞬間「やべっ」と小さく呟いてから、獅子王はに声をかける間もなくそのまま部屋から外へと駆け出していってしまったのだった。
 ぼうっと布団の上で放心したままのの下へやってきたのは、ほかならぬ鶴丸国永その人であった。
 「
 声を掛けられると思わず体が震えてしまった。だが鶴丸はそんなことお構いなしに、に手を伸ばすと襟を正しそれから体を布団に横たわらせてこともなげに「まだ体が重いのであれば寝ていればいい」と言った。
 いつものような豹豹とした口調でもないが、かといって昨晩のように張り詰めた空気もない。この急激な変化についていけずに、立ち上がって部屋を去ろうとした鶴丸の袖を思わず掴むと、立ち上がりかけた鶴丸はもう一度の枕元に腰を降ろしたのだった。
 「なんだ」
 何を言っていいのかはわからない。は改めて鶴丸に問われると自分でもなぜ鶴丸を引きとめたのかがわからずに目を泳がせてから「なんでも、ないです」と消え入りそうな声で告げる。
 「俺が来たのは宮司に次の出陣の日時を決めろと告げられたからだぜ。それ以外には特に何もないさ」
 何が、何もないというのだろうか。は鶴丸のその変容についていけずにますます頭が混乱する。昨晩の続きと怒られるのか、それとも何か話をされるのか、と多少なりとも思っていた分、余計に動揺し何か聞かなければと思っても言葉が口から出てこない。
 それを察してか、それとも本当は後で口にしようと思っていたことなのか鶴丸はの様子を見てため息を吐いてからこんなことを言うのだった。
 「あいにくだが君の意見など聞く気はない」
 これから先何を言われようとどう責められようと、こうなってしまった事実を覆す気はない、と言外に言い含められているようであった。ただ、昨夜の全ては鶴丸国永という付喪神の思うがままの行動であり、そこに人の願望など介入する余地はない。
 人の意志と神の意志は全く別の物であった。が求めていたのは、もっと人らしい交わりであったのだろう。自分の想いを確かめたいという始まりはそれだけであり、その想いに決着がつく前にこのような形になってしまったことは滑稽でもありには悲しくもあった。だが鶴丸国永からすればそんなものはお門違いなのだ。
 「いつから__」
 消え入るような声でが一言だけ尋ねると鶴丸は、の額を手で撫でてただ一言「千年も昔から」と答えたのだった。あの時はほんの少し予定が狂ってしまったのだ、と小さく呟いた鶴丸はの両眼に宿る望月は穏やかな光を湛えている。
 はるか昔、鶴丸国永が生まれと出会ったあの時から、鶴丸国永が抱いていたものはが鶴丸に抱いていた恋慕とは違う、確信であったのだろう。彼女は自分のものである、という人とは全くことなる意識。いずれこうなってしまうことは確かであった。ただ千年以上も昔のあの時は、ほんの少しばかり鶴丸の予定が狂ってしまっただけなのである。
 これから先、がいくら嫌だと言っても交わされた契りは変わらない。だがそれをがほんの少し受け入れれば、そのありようは幾分変わってくるのかもしれなかった。



 さて、この審神者は今生においても早世であったと話しに聞く。だがその後輪廻の世界で彼女の名を聞くことはなく、歴史から消えてしまいついぞその名は歴史に戻ることはなかったのだという。 千年恋慕 完 2015.03.13