刀剣男士が過去に遡っている時間というのはそう長いものではない。遡ることのできる過去の時代、時期、対象の特定と言ったことのほうに時間がかかる一方、いざ戦場へ出れば片や「斬る」ために生まれた刀剣男士と、片や有象無象の百鬼夜行。敵方にそれなりのあやかしなどいれば厄介なことにもなるがそうでもなければ戦に費やす時間はそう長いものではない。
 今回の出陣も、長くて十日という予定であり、、事実先日の出陣の様子を見る限りは十日ぴったりか、それよりも幾分早くに片がつきそうである、というのが鶴丸の見立てであった。
 そんな短い間には毎日のように本丸に顔を出しては何事か適当に話をしては帰っていった。客になったものにはこうして毎日回っては顔を覚えてもらうのだという。薬がある程度なくなればまた越後に帰って新たな薬を仕入れなおして、別の地方にも足を向ける。この時代は徒歩か馬かが移動の手段なのだから、当然一年二年顔を出せないときもあるのだから、逆に会えるときには会っておこうというのが彼女の仕事の方針なのであった。
 刀剣達は皆、よく知る顔のをしたこの時代のに最初は驚いたものの実に明瞭な口調や朗らかな性格にすぐに馴染んでしまった。
 「兼さんは髪が綺麗なんだからもうちょーっと結んだり整えたりしなきゃなぁねぇ堀川くん」
 「あははだそうですよ兼さん」
 「あのなぁ・・・・」
 縁側で五虎退や今剣を相手に琵琶法師の真似事をするはちょうど部屋から出てきた兼定をからかうのであった。地面につきそうなほど長く、それでいいながら美しい髪は光を浴びるたびに特別な輝きをする。着飾れば女にもみまごうほどの容姿、確かにただ長くくくりもしないのは勿体ないのかもしれなかった。しかしながら初めて顔を合わせた日からやれ綺麗な髪だ美しい顔だともてはやすは、それから決まって売り文句のように髪にぬる油を勧めてくるもんだから辟易していた兼定であったが、今日はいつも抱えている薬の箱もない。抱えているのは琵琶一つ。古いそれは手垢がつき、そしてなによりには少しばかり大きさが小さいようにも見えた。
 兼定がひょいと肩越しにの手元を覗き込めば、兼定の髪の毛がの頬をくすぐってけらけらとが笑う。
 は琵琶の撥面をとんとんと指で叩いてかき鳴らす。素人にしちゃあそこそこ、といったところか。弦が震えて成る音に耳を済ませる今剣と五虎退は懐かしいその音色を楽しんでいるようであった。
 「つか琵琶なんて弾けたのか」
 「うちは貧乏で昔琵琶法師の真似事をしてお金稼いでた時期があるんですよ、この歳じゃあ趣味程度にしか思われませんが、まぁ子供にしちゃあ上手いってんでね」
 親もさっさと死んでしまいましたし、とあっけらかんと言い切るに兼定はきょとんとしてから幾分バツの悪そうな表情で後ろ頭をかいた。かといって慰めの言葉をかけるでもなし、兼定はの言葉に肩をすくめてと同じように縁側に腰を下ろす。
 「ったくしょうがねぇなぁ。聞いてやるからさっさとうたっちゃどうだ」
 「あははは、兼さんはいちいち優しいですね」
 露骨な態度でそんなことをいう和泉守には笑う。堀川もまた同じように笑ってからそれなら僕、お茶を用意してきますね、と言ってそのまま勝手場に行ってしまった。 
 「そういや最近はもう薬は売ってないのか」
 「ああ、薬はわりと売り切れちゃってるってのもあるんですけど・・・・お兄さんたち、別に人の薬なんて必要ないでしょう?」
 は弦を指で爪弾きながら、笑ってそんなことを言う。びぃんと小気味良い音が響くが、の言葉はあまりにも突飛な一言で、兼定は勿論五虎退も今剣も目をまん丸にしての顔を覗き込んだのだった。
 「は?」
 「だってお兄さんたちみんな人間じゃないんでしょ?」
 「あるじさまはわかるんですか?」
 の言葉に今剣が首を傾げた。五虎退が主様じゃないですよぅ、と慌てて訂正をするとごめんなさい!と今剣が謝るが、すでに遅い。だがは今剣の失言について特に言及することもなく笑って、言葉を続けるのだった。
 「だってだって皆人には見えない空気をまとってますもん。私が知ってる誰よりも綺麗です。それにこのお屋敷、ほんの数日前まで本当に幽霊が出そうなボロ屋敷でしたしねぇ。そんなところが一夜にして綺麗になってとても人と思えない綺麗な人が住み着いてたら、そりゃあ人だとは思いませんとも」
 「・・・・・・いつから気付いてたんだ」
 「初めて鶴丸さんと獅子王さんにお会いしたときから、なんとなくですけどね」
 はいともたやすくそんなことを言って、もう一度弦を弾く。
 本丸は確かに門を出た一歩先とは少しばかり違う風が流れていて、化生の者であれば確かにこの異様さには気付くだろう。だが今の彼らは付喪神でもあるが同時に肉を与えられ人にもなっている。だから同じ人であるならそうそうにばれることはないと思っていたが、やはりなのだ、と兼定は思いつつ琵琶を弾く横顔を眺めていた。
 「しかしまぁこんだけ人じゃあねぇやつに囲まれては怖くねぇのか」
 「お金払ってくれたら神様だってあやかしだってみぃんなお客さんです」
 ぴっと指を立ててはやっぱり笑っていた。
 出陣がない日はそうしてが顔を出し、出陣のため誰も居ないときでも文が門に残されていたから商売に関して豆な人間であることは確かだった。生まれ変わる前のとなれば、皆今の主であるのことを話題にこそ出さないもののそれなりに絡んでいたから良い縁は築けていたのだろう。だがそれもこの時代での戦が終れば終る縁だ。そのせいもあってか、鶴丸や長谷部、薬研といったわりと早くに肉を与えられ付き合いの長い連中はあまり積極的にこの時代のと話をしようとしていなかった。今の主とこの時代の主を比較してしまうのが嫌だったのか、それとも混同しすぎてしまうのを避けたかったのか、それは本人らにしかわからない。鶴丸に限って言えばすでに違う時代で二人のという人物を知っているから困惑しているというのもあるのだろう。鶴丸はこの時代のが本丸へ来るたびに、何か思うところがあるかのようにじっと沈み込んで部屋で静まり返っているのだった。
 




 虫と鳥の鳴き声だけが聞こえる。朝早く出陣したというのに、大詰めの戦は相手の策もあって、最後の一人を追い詰め切り捨てたときにはもうすでに日が暮れている時間帯であった。
 月明かりが一つぽつんと夜空に浮かぶばかりで、暗い夜道。馬が道を覚えてくれているおかげで、戦の最中ほど足元に気をつけなくてすむのは助かるが、鶴丸をはじめとし何名かはあまり夜目が効かないためにそれなりに苦労して夜道を進んでいた。
 馬に乗る刀を持った集団。皆美しくあるが逆にあまりにも美しいせいでそら恐ろしさすら感じるほどである。幸いにしてもうこの道を通る人もいないのか、誰に呼び止められるでもなく、ただ時折草葉の陰より覗く目玉やら黒い影やらを睨みつけながら本丸へ帰る。そしてこの時代の任務を終えて今の主であるの下へ帰ることになるはずだったのだ。
 ふいに、夜闇に女の悲鳴が木霊する。本丸も近くなり木々が別れて月夜が道を照らしている。物騒な世の中だから、普段ならば辻斬りが出たのか、と干渉することもない。だがその声音に聞き覚えのあった鶴丸は全身が総毛立ち、思わず馬を駆り立てて走り出していたのであった。
 この夜の闇と月明かりが千年も昔に重なるのである。鶴丸の脳裏に生まれ変わりを繰り返すと言う存在は皆歴史の中で早世であった、という言葉が思い返されて、ますます背筋に寒気が走る。
 後ろから追いすがる声が聞こえたが、鶴丸はそれらの全てを無視して声の聞こえた本丸の方へとひた走りに走った。そして本丸の門の近くで見たものは、すでに地にうずくまった誰かの姿とそれから月光を反射する美しい刀をそのうずくまった影に向ける男の姿であった。
 鶴丸は馬から飛び降りると同時に太刀を抜く。あのうずくまった影がであるという確信めいた思いがありそれを思えば刀を抜くに迷いはなかった。踏み込むも振り下ろすも、千年前のあの時と同じように鶴丸の方が圧倒的に早かった。だが、男の腕と首を切り落とすはずの鶴丸の一太刀は追いすがった大倶利伽羅の太刀が筋をそらして男の手首を切りつけるに終る。
 「大倶利伽羅!!!どけ!!!」
 「待て!!落ち着け!」
 「君ごと切り捨てるぞ!」
 今宵の月夜と同じほどまん丸な鶴丸の瞳の奥に剣呑な光が宿る。大倶利伽羅は鶴丸を正面に、刀を持った男を背後にして中段に構えた刀を鞘に戻せずぎりと唇を噛み締めた。
 「つるまるさんはどうしたんですか!?」
 「おいどうしたもんか三日月!」
 岩融の乗る馬に相乗りをしていた今剣が、慌てたように助けを求め、岩融もまた困ったように後を追ってきた三日月宗近を振り返る。
 「ふむ・・・鶴はのことになると少しばかり荒くなるからなぁ・・・・。まぁ鶴との縁を考えれば仕方あるまいか・・・・・」
 だが三日月宗近とてこれといった策があるわけではない。ただ今どうにかしなければならないのは鶴丸よりも、ここで切り捨てれば歴史の修正に繋がりかねないあの辻斬りの男の方だ。じりと地面を踏みしめ、大倶利伽羅を背から斬りつけようとしたその男の刀を三日月が鞘で持って受け止める。美しい拵えに傷が入るものの、名刀からすればなまくらに等しいそれはすでにただの刀とはいい難い三日月宗近を傷つけるには鋭さが足りなかった。
 「そこまでにしておけ。お前程度じゃ俺のことは斬れまいよ。見逃してやるから今は引いてくれんか」
 さてその時辻斬りの男が何を見たのかは知らないが、彼はひっ、と息を呑んでから、斬られた腕をかばいながら闇へと消えたのであった。それと同時に鶴丸も大倶利伽羅も刀を納め、門扉の下ですでに虫の息となった女を見下ろす。
 女は間違いなくであった。大きな荷物を背負って、どこぞの帰り道であったのだろう。背負子のおかげで胴が真っ二つにこそなっていないが、それでも深く食い込んだ刃ではもう助かる見込みは薄かった。
 下駄で踏んだ血が重いと感じたのはこれで二度目である。ひゅうひゅうと苦しそうな息遣いの下で、の視線がかすかに動いて、真上に上る月を見た。
 「・・・・鶴・・・・」
 「
 大倶利伽羅と三日月がすっと背を向けてその場を離れる。門扉より少し離れたところで見ていた岩融と今剣はただ黙って、血に濡れた手を伸ばすと、その手をとった鶴丸の姿を見つめていた。
 「、見えるか。俺は雪のように真白なままだ」
 鶴丸はそのときにはすでにひどく心が落ち着いていた。千年前、死を迎えようとしていたにかけたのと同じ言葉がするりと口から出てきて、はそれを聞くとほんの少し笑ってそれきり事切れた。
 世界が転じる。
 気付けば、鶴丸たちは「今」に戻っていたのであった。