「はっ?維茂様?」
 晴天の霹靂とはこのことを言うのであろうか。予想だにしない鶴丸の言葉には目を丸くし体を硬直させるだけでは足らず思わず口から言葉が洩れる。はっとしたが、向かいに座る男性はゆったりと微笑むだけだった。怒る様子はない。
 じっと相対する男の顔を見つめた。が夢で見た平維茂はまだ若く、皺もほとんどなかったように思ったから、最初は全く気付かなかった。だが口元や目元をよくよく見ているとなるほど確かに夢の中の平維茂に通じるものがある。単に子孫というだけでは納得できないほど、声も顔も似ているのだ。
 「貴女は記憶もあるのか?いや悪いが私は貴女の知っている平維茂・・・・本人ではないだろう。ただ断片的に私が生きているこの時代のものではない記憶は持っていてな・・・・確信はないが、もしかしたら貴女の知る平維茂であるのかもしれない」
 『いやはや・・・・この世は驚くことなどもうほとんどないと思っていたが、まさかこんなところでこんな驚きに会うとは・・・・・おい維茂、俺のことが見えるのか?』
 「だが君がであるという確信があるんだ」
 『あっはっはこりゃ見えてないな』
 夢の中のようであった。比喩ではなく、本当に以前見たあの夢の続きであるかのような錯覚を覚える。もしも夢の中で見たが維茂と共に歳を取っていたのなら、いずれはこういった表情を見ることになったのかもしれなかった。
 扉を後ろ手に締めて、男の正面のソファーに腰掛ける。鶴丸が一人分空けろと急かすので仕方なしに、あまり違和感のないように場所を空けると男はすっと目を細めて「鶴丸国永が、いるのか?」とたずねた。
 「ええと見えてはない・・・ですか?」
 「ああ。だがそうだな、君と一緒に私には見えない誰かがいることだけは覚えがある。刀の付喪神か・・・・私には相変わらず見えないし信じがたい話だが・・・・いるのか?」
 「・・・・います。私の記憶が違いなければ昔と全く同じで、その、とても真白で、美しい人です」
 『昔より褒めるのが上手くなったなぁ』
 「訂正します騒がしい人です」
 『?』
 鶴丸はを覗きこむが、はそれをまるきり無視して目の前に座る男性を見つめていた。
 「そうか・・・・相変わらずというか・・・・私には何も見えない・・・・。名乗り遅れたな。私は浅野高尚という。今も、と言おうか政府の高官をやっている。貴女の名前は今もで間違いないだろうか」
 「そうですね・・・・私はです」
 すでに暇をもてあましている鶴丸は無視していないと話が全く進まない。出来る限り視界に入れないようにしては浅野の言葉に集中した。
 「私が今回貴女を呼んだのは・・・まぁ一つには私の記憶にある貴女と全く同じであるから、というのもそうなのだがもう一つ貴女は見えない誰かと確かに話をしていただろう。私も遠目に見たが・・・・単に頭がおかしいという風にも見えない。貴女は所謂霊的なものと話をする力がある。今の世でそれを信じるのは難しいが、貴女がという人物であるのならばそれはあってもおかしくないことであるともいえる」
 維茂の言葉は要領を得ないものであった。は耳にしたのが自分の知る言語であることまでは認識できてもなお、どうも前後の話の繋がっていかない言葉に首をかしげた。維茂もそれをわかっているのだろう、頷いてから一度咳払いをしてゆっくりと言葉を続けていく。
 「今の貴女には何を言っているのかすぐにはわからないと思う。先に話を続けさせてくれ。まず、そうだな先に私達が直面している問題について話そう。基本的に表ざたにはならない政府の裏方の話だ。これを話すからには当然意味があると思って聞いていただきたい。私たちは今大きな問題に直面している。詳細について説明を始めると非常に長くなってしまうのだが・・・・・歴史修正主義者、と言うものがこの世にはいるということをまず名前だけ覚えておいてくれ」
 「歴史修正主義者?」
 『初めて聞く』
 隣で大人しく___はないが話を聞いていた鶴丸も首をかしげる。
 「そうだ、歴史修正主義者。これは今に始まったことじゃあない。昔からずっと存在していた、付喪神と同じ霊的な存在による現象だ。彼らの目的はその名の通り歴史の修正、今に繋がる現象の否定から始まる。過去に遡及し、過去を変えようとする力だ。それら修正主義者の処分は今まで日本の中でもっとも高い霊格を持つ帝が行ってきた。歴史修正主義者は、付喪神と同じように物に宿った想いであるから、人が居る限り消えてなくなることはない。だが太平洋戦争が終ってから帝は実質的な権利を奪われ、日本の象徴と言う形になってしまった。かつて帝が権力の実態そのものであったときと違って、力が薄れ歴史修正主義者に対抗しきれなくなりつつある」
 浅野の言葉はいたって真面目で、かつ全く戸惑うこともない。はあまりにも突飛な話に驚きはしたものの、浅野の表情に気圧されてしまい笑うことなどできなかった。
 途中、警備員が茶と茶菓子を持ってきたがそれに手をつける気にもならない。茶はすっかり冷めていた。
 「歴史修正主義者は過去に現れる。故に彼らを叩くには過去にさかのぼらなければならないのだが、過去に向かうためにはよりしろと言うものがどうしても必要になるのだ。帝は霊格が高いだけでなく、帝の一族という連なった一つの大きな流れがよりしろとなっていた。これはもっとも古くから神の血を引きその血を守り続けてきたことに由来する。だが今はもう帝だけでは歴史修正主義者の活動を抑えきれない。そこで私たちは今審神者なる者を探している」
 『、君すごく阿呆みたいな表情をしているぞ』
 「いやぁ・・・・」
 「すぐには私の言うことが理解できないのは仕方ない。この審神者、とは・・・・・貴女が過去に与えられた役とは少し意味が違ってな。帝は神の血を引く一族であったから、そもそも彼ら自身が過去に飛ぶことも可能であった。だが過去以上に今の対応に手一杯な以上、過去の修正主義者の対応を別の者に任せなければならなくなった」
 それが審神者である、と浅野は言う。
 審神者とは過去が負った役とは全くことなり、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる、技を持つ者を示す。言い換えればそれは付喪神に肉体を与え、魂を精神と言うものでつなぎとめることを示していた。もとより霊格の高いものであればその想いを目覚めさせるまでもなくそれらは人の目に見えない形で現世に存在する。心とは精神、肉体と魂を繋ぐ架け橋であり、肉を持たない間はこの精神は魂の中に隠されている。
 審神者は帝と違い霊格が高いだけのただの人である。だから審神者は過去に飛ぶことはできないが、変わりに付喪神という神の力を借りることで彼らを過去に送り、彼らの手によって歴史修正主義者を抑制しようとする。
 大雑把ではあるがそんな浅野の説明を受けて鶴丸は表情を改めてた。浅野は当然そんな鶴丸の表情の変化に気付くこともなく、なぜなのかということについて話を進めていく。
 当然ではあるが審神者になるにはいくつかの条件と言うものがあるのだ。一つは「霊格が高く付喪神を見ることができること」そしてもう一つは「歴史の中に繰り返し現れる人物であること」であった。
 「という人物が初めて現れるのは歴史の中では平維茂の部下としてが始まりだ。だがその後何度も繰り返し、と言う人物は歴史の中にあるとされる。皆早世であるというが・・・・・」
 歴史の中に繰り返し現れる同一人物とは、それがそのまま過去へ飛ぶときの終点つまり目印となる。には過去の記憶は平維茂の部下であったころのものしかないが、帝が記してきた日本の歴史を紐解けばところどころでと言う人物が名を残しているのであった。
 鶴丸は途中から浅野の話に聞き入り珍しく静かにしているのであった。いつもならうるさいというのに、珍しいこともあるもんだと、は途中からこんがらがってわからなくなった話を放棄して鶴丸を観察していたのだが、しかし目は浅野を見ていたのでばれてはいないだろう。
 「すいません、つまり、その、私に審神者になれということでしょうか?」
 「要約すればそういうことになる。全てを貴女に任せるわけではない。他にも審神者の候補となる者は何人かいるし、彼らにも同じことを頼むつもりではある」
 強制することはできない、非常に突飛で信じ難い話であることは重々承知であるがどうか頼めないだろうかと頭を下げた浅野に、が、いいですよ、と答えたことには浅野も驚いたようであった。は浅野の言葉に対してほとんど迷いがない様子であった。鶴丸は何も言わずにただの顔を見ている。
 は少し興味があった。その後の話によれば、が望むのならば肉を与える付喪神の最初の一人はと縁の深い鶴丸国永で構わないという話であったし、さて鶴丸国永が目の前に現れたとき自分はどう思うのだろうかと、このときはどこか他人事のように考えていたのである。
 「まさか・・・・いやまさかこんなに早く承諾をもらえるとは思わなかった」
 「私も、この間夢を見なければ信じなかったし断ったと思います」
 「夢?」
 浅野は不思議そうに首をかしげる。
 「・・・・昔の夢です。私が、平安の時代に平維茂という人のところで審神者をやっていた頃の___私は鶴丸国永に会ってみたいと思っています」
 「そうか・・・・・わかった。貴女がそれで構わないというのならばそれでいいんだ」
 浅野はどこかほっとしたような、それと同時に少し苦しげな表情で笑った。
 「鶴丸国永は今の展示の間は持ち出すことができないから、始まるのは全て展示が終ってからになる。それまでの間に気になることもあるだろう。もしよければ明日この神社に行ってくれれば神主が話をしてくれるだろう」
 は浅野と一緒に立ち上がって名刺を受け取った。白い掌サイズの紙に書かれていた文字は神社の名前のみ。裏には簡単な交通案内と地図が描かれている。それによると場所は少し都心より離れた場所にある比較的有名な神社であるとのことだった。
 「わかりました」
 浅野はその後一つ二つ必要なことと連絡先だけを告げると仕事があるからと言うことでを置いて先に部屋を後にする。ばたん、とほんの少し部屋の中に風を送って閉まったドアを見つめてからはもう一度手元の名刺に目を落とす。夢のような話であると今でも思っていたが、名刺は何度見ても何の変化も起こさない。
 『、君は浅野の話を信じるのか?』
 「まぁ・・・・・そういうことになるかな」
 『俺たちからすれば理にかなった話もあったからあながち嘘ではないだろうが、神の力を借りるというのは大それたことだぜ。君それをわかっているのか?』
 「わかって・・・はないかな。なんとなく昔みたいに話するつもりでいたけどやっぱり違う?」
 『違うな。まぁ細かい話は神主にでも聞けばいいが・・・・・』
 鶴丸はの持つ名刺を覗き込みながら口を開く。
 『まぁ行かねばならないというわけでもないだろう。俺の展示期間が満了してから俺と一緒に向うで話を聞けばいい』
 「あれそんなもん?一応行ってみようかなって思ったんだけど」
 『いったっていいが、神主も人間であるから、細かい話は俺がいないとわからないだろう』
 そうかも、と呟くとじゃあそうする、とは言う。鶴丸はそれに満足したのか頷いてそろそろに帰るように促した。腕時計を見ればなるほどもう閉館も近い。そんなに長く話し込んでいたつもりはなかったのだが、と驚いたは慌ててかばんを手にとって部屋を出る。こんなところにいたんじゃあ帰り道もわからないのだから早めに展示室に戻りたいところだった。道はわかるから案内するという鶴丸に付き従っては今日のこととそれから昨日の夢のことをひっそりと考えていた。
 「変な話」
 『ははは、そういうのを縁(えにし)というんだぜ
 「じゃあ私と鶴は千年前からの縁があるってこと?」
 『そういうことになるな』
 廊下の突き当たりの扉を開くと展示室に繋がる廊下に出る。は再びスタッフオンリーの立て札を避けて館内に戻ると獅子王と鳴狐が二人を迎えたのだった。
 『おー遅かったじゃん。そんなに説教されてたの?』
 「いやぁ説教、じゃないんだけど」
 は苦い顔で笑ってから今日はもう帰るね、と三人に告げた。