ここがどこだかよくわからないし、どうやってここまで走ってきたのかもわからない。路面電車が少ないということは、オスナベルガの中央区から外れてしまったのだろうが、よくわからない。携帯は最低限の機能しかついていなかったから、助けにはならなかった。じいちゃんかばあちゃんに電話してもよかったのだが、電話をすると色々と面倒なことになりそうだと思いながら隣に立ってどうしたもんかとばかりに頭をかく人間を見る。

「あの・・・自分で、なんとか、するんで」

知らない人間なんて、家に連れて行けないし。それがましてや半月前と今日追いかけられた人間ともなればなおさらだった。じいちゃんが怒りくるのは見えているし、できれば今日は何もなかった振りをして帰りたい。足が疲れた、もう歩きたくないし、ベッドに転がり込みたい。
ただそれでもここがどこだかわからないのは問題で、ため息をつくとそいつはやっぱり困ったような表情をしてから唐突に「よし、行くぞ」と言ったのだ。

「えっ、あっ」

ちょっと待ってくださいよ。行くぞって、どこか知らないくせに!
という言葉は、人相の悪い顔つきを思い出して慌てて飲み込んだ。それでもどこに連れて行かれるかわかったものではないので、必死で足で踏ん張ってブレーキをかける、があんまり意味なかった。二の腕をつかんだ手は大きくて、力が強くて、踏ん張るのは無理で結局引きずられることになったのだが、全体重がそいつの腕にかかればさすがにそいつも気づいたようで振り返って、わたしを見下ろした。

「あのっ、どこに・・・・いい行くんですか」

やっぱり明らかに堅気じゃないよなぁと思ったらちょっと声が震えて、噛んだ。でも正直恥ずかしいとかよりも、怖いのだ。ひとつひとつの行動を見る限りはそんなに悪い人には見えないが、顔が怖い。

「どこって、飯に決まってんだろ。腹減ったからな。お前の家はとりあえずその後だ」

あいにくと何が決まっているのかさっぱりわからない。だがそいつの一言に混乱しているうちに体の前で抱えていたバッグはすっぽりそいつに持っていかれた。そしてなんでもないように歩き出したので、わたしも慌ててそいつを追う。わたしが追う場合には念は発動しない。あくまで逃げるときにだけ発動する念だから、もしもここでバッグを抱えて走り出されたらそれこそ無一文で身分証名証もなく見知らぬ場所に立ちつくすしかなかったのだが、そいつはしばらく歩いてわたしがついてきていないことに気づいたのか振り返って早く来いよ、と言った。
そのときわたしはなんと言っていいのかわからなくて、思わず口をついて出てきた言葉は「お金、持ってない」だったのだ。これでは一緒にご飯を食べることを承認しているようなものだと言い切ってから気づいてはっとする。でも言ったことを取り戻せなくて、慌てているとそいつは「んなもんオレが払う」とだけ言ってまた歩き出してしまった。
わたしは少しだけ迷ったが、街灯だけの明かりの下に取り残されるのは嫌だったので、そいつの後を恐る恐る追った。






「そういや、お前名前なんて言うんだ」
「あっ、わたっ・・・わたしは、レンリフィヨルドです」
「へー・・・。歳は?」
「じゅ、十四・・・」

ごく普通の口調で話しかけられたもののいまいち距離感がつかめない。当たり前だ。大体さっきまでとんでもない形相で追っかけてきた人間とどう接すればいいのかなどわかったものではない。電車にひかれそうになったところを助けてくれた(らしい)のも事実だが、だからといって、半月前と今日の鬼ごっこの恐怖が消えるわけでもなし、ただこれ以上追いかけっこをしたり変なところに連れて行かれる様子もなかったから、尻すぼみになりながらも言葉を返す。いつもはこんなにしおらしくない。
少しだけ人通りの多い道へ出て、ほっとしているとそいつは目に付いたファミレスに入っていった。チリン、とドアのベルが鳴ってそれから店員の声が聞こえたもののいらっしゃいませーの声は尻すぼみに消えたようだ。あんな目つきの悪いジャージ男が入ってくれば当然だと思う。その後を同じように追って入ると、今度は店員の目つきが変わった。
あっ、やばい。不可抗力だとはいえ、今制服だ。
わたしはそう思った瞬間、そいつの手を引っ張って店を出た。ドアが閉まる直前、その店員は別の店員と何か話していて、窓ガラス越しに何人かの視線を感じる。

「おい、なんだよ。あの店じゃ嫌なのか?」
「今っ・・・制服、だから、この格好でその・・・入ると・・・その・・・」
「? はっきり言え」

周りから見たら今のわたしとこいつはどう見えるだろうか。
かたやそれなりに有名な中央区中学校の女子生徒。かたや、年は10は離れていそうな、金髪オールバック眉無しの、明らかに堅気ではない上に何か犯罪のひとつやふたつ犯していそうな人相の悪い男。
どうがんばっても、とその言葉を口にしようとしたのだが、恥ずかしくなって口にできなかった。そしたらそいつの大きな手のひらでむぎゅぅっと頬をつかまれて、(しかも片手で)ふにふにとしか言えなくなる。

「へっ、へんほうだとほもはへる」
「あん?」

ただのやくざだどう見ても。だが、頬をつかんだ手はそれなりに手加減されていて全然痛くなかったから、だんだん恐怖はなくなってきていた。それで頬をつかむそいつの右手を叩くと、ぱっと開放されてそれからもう一度、ちょっとだけ息を吸い込んでから最後まで言い切った。

「制服でこういうお店入ると、その、援交だと_」

そこまで言い切ってすごく恥ずかしくなった。でも多分そういう風に思われたのだ。たとえ嘘でも長居すれば変な目でみられるし学校にだって噂が届く。それだけは避けたい。だから必死の思いで一言を発したわけだが、その一言は思いのほかそいつに効果があって、そいつは私が言い切った瞬間に顔を真っ赤にして「なっ」だが「うっ」だかよくわからないことをごにょごにょと叫んだ。

「ちげぇ!!!オレは!そんなんじゃねぇからな!!!」

あ、面白い。なんかすごく純情だこの人。
そこは私のほうが照れるところである気もするのだが、それよりも圧倒的に面白い反応をするそいつをわたしはポカンとしながら見上げた。それでもまだ何かと違うとかそういうんじゃなくて、と言い訳をするそいつを見ているとだんだんと笑いがこみ上げてきて、でも笑っちゃいけない気がして横を向くと「おい」とすごまれた。でも、もうなんだか怖くない。

「クソッ・・・・おいこっちこい。こんなところじゃとても飯なんて食えねぇよ」
「うん」
「うんじゃねぇ!!おまっ、ほいほいついてきてどうすんだ!!」
「でも・・バッグあなたが・・」

単純なんだと思う。そう指摘すると自分が持っていることに気づいてはっとして、すぐさまそれをわたしに放り投げて寄越した。さっきから勝手について来いというわりに、素直にうん、と言えば警戒しろと怒鳴られるしよくわからないが、だんだん悪い人というよりも面白い人になってきていて、なんとなくもう少し一緒にいてみたいなと思ったのだ。

「あと、オレはフィンクスだ。あなたとか、んな抽象的に呼ぶんじゃねぇ」

その表情は少しだけ笑える。

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2014/04/08