No.50
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マツは迷うことなく屋敷の中を進んでいく。複雑に折り重なる建物は、増築に増築を重ねていることがよく分かった。建物が継ぐごとに新たしい材木となり、継ぎ目は隠されているものの見ればすぐにそれと分かった。要所要所には仕込みばかりの仕掛け屋敷は奥へ行けば行くほど巧妙なそれとなっていき、ついにはデイダラにも見分けがつかなくなっていく。だが、仕掛けがないということもないだろう。
階段を昇れるだけ昇った先の部屋は、一つの階が丸ごと一部屋になったひどく豪奢な場所であった。どうも、怪しいとデイダラは思う。この部屋はおそらく客室だ。楼主が客と楽しくおしゃべりするだけの部屋ではないだろう。何かあるのだろうか、いやしかしそれならワカは席を外すはずだ。自分に何か用があるか、あるいは罠に仕掛けたいというのであれば。
すっと感情がフラットになっていくのを感じながらいつも通りの表情で、マツとワカの様子を眺めていた。
茶と菓子を運んできた女に礼を言う。マツもそうだがあの女も忍だろう。里は分からないが抜け忍だろうと思う。
「さて……と」
マツは少しばかり高い席に腰掛けて、肘掛けに体重をかけると菓子をつまみながら「岩隠れのデイダラだね」と言った。
「オイラのこと知ってんのか」
「当然だとも。岩隠れ爆破部隊所属、里を抜けてしばらくは爆破テロで名を聞いたが……暁に入ってからは静かになったもんだねぇ」
お食べよ、とマツはワカとデイダラにも茶を勧めながら言う。ワカは茶と茶菓子に手を付けたがデイダラは触れなかった。
「随分と詳しいな……うん」
「ああ、あたしとサソリの関係が気になるのかい。まぁ話してもいいがね」
マツはデイダラが警戒していることを察している。けらけらと笑った。
広い畳敷きの部屋、続き物の絵が描かれた衝立が部屋を仕切って、三人のいる場所を一つの空間に仕立てていた。ふすまも天井も細やかな装飾があり、この部屋に入るには随分と金が必要だろう。
「さぁて、ワカ。デイダラはワカのことをどこまで知ってるのかね」
「いえ、おそらく、何も。巫蠱口寄せについて少し」
「ああ、そう」
デイダラは少しイライラする。どうも自分だけ何も知らないガキのような扱いを受けているようだった。
「まずあたしとワカは同郷さ。それは砂隠れの里という意味じゃあない。とある小さな村の出身でね。里というほどじゃあないがそれなりに傀儡師が集まった場所さ」
「傀儡師……? じゃあ、あんたもワカも旦那と同じ……?」
「厳密には傀儡を造る村さね。傀儡初代操演者、モンザエモンはそれは見事な造形と操演の腕を持っていたそうだが、その弟は操演に関してはからっきし、造形に兄よりも優れたとか。体が弱かった弟は山奥に小屋を建て、良い材を集めて兄の操演を手助けしたという、それがあたしらの始まり」
マツは目を細めながら、何かを懐かしむように遠くを眺めた。
「長らく里には傀儡を下ろしていてね。傀儡師ってのは基本的に操演者を指すのさ。サソリのように自ら造り、自ら演じるのは珍しい。ああ、チヨも優れていたか」
「チヨバア様はサソリ様の祖母にあたる方です」
ワカが口を挟む。
「そんなわけでサソリとは昔から縁があってね。だがあたしらの村は木の葉の連中に焼かれたのさ」
「……」
戦時中の話であれば珍しくもない。
鍛えられた傀儡師は一人で国一つ滅ぼせる、サソリが実にいい例だろう。先の大戦では砂隠れの傀儡師は猛威をふるい恐れられたと聞く。故に大国であるかを問わず、砂隠れの忍との戦いではいかに傀儡師を殺すか、が各国での戦術に組み込まれたそうだ。
「村は死んだ。ちょうどその頃里を抜けたサソリが助けてくれてね、何人かは生き残ったんだよ。まぁ、サソリはある意味命の恩人かね」
マツはくつくつと笑う。
「ワカの母親は村一番の美人でねぇ。気立てもよく幼い頃のサソリもよく懐いていたねぇ」
「それは存じませんでした」
ワカもマツの言葉には少し驚いたようだ。
「……旦那が懐いているってのはあんまり想像できないな……」
「ま、いつも通りのひねくれたクソガキだったけど、少ぉーしだけ優しいのさ。ま、その娘も死んだがね。結局サソリが娘の胎から子供を取り上げることになってワカが生まれたんだよ」
デイダラもその話は少しだけ聞いている。同時に、サソリのワカに対する態度はやはり過保護なものなのだと察した。
「あたしらは村を離れ散り散りになったが、それぞれサソリを支援する立場にあるんだよ。里はあのときあたしらを見捨てたが、里を抜けたサソリに助けられた身だからね」
「それも理由の一つですがマツばあさまはサソリ様の傀儡の虜なのです。サソリ様含めて傀儡師は傀儡の整備に場所が必要です。マツばあさまはこの楼閣に傀儡の整備部屋をご用意くださって、サソリ様がいつくるかもわからないのにいつも綺麗に……」
「ワカ、これ以上余計なことを言うならその口縫い付けるからね」
「申し訳ありません」
ワカは澄ました顔をしているが、さて、その口調の端々には「してやったり」といった様子が滲んでいる。デイダラがワカを見るとワカは目元だけをわずかに緩ませた。
おや、と思う。サソリと同じでまるで表情のない女だと思ってたが、どうやらそんなことはないらしい。知己に会えばこうしてふざけたように言葉を交わし、からかい、声を上げてということはなくとも笑っていたずらの成功を喜ぶようだ。
妙に面白げのある女ではないか、とデイダラは思った。彼女が単独でもそれなりに実力があるのは知っていた。今までは表情がわからなかったこともあり、いまいち興味がわかなかったが、どうも今のワカが笑って泣いて騒ぐ姿には少しばかり興味がある。サソリに似た傀儡の腕、サソリの傀儡にも使われる毒の調合、澄ましたと思っていたこの女の次の表情はどこにあるのか。
とはいえ同時にデイダラの中の苛立ちも一つ募った。サソリにもマツにも親しげなワカはなかなかこちらに気を許す様子はない。それなりに長く共にいる気はするがどうもそれだけでは物足りないようだ。
どうにも、腹立たしい。
畳む
#花紅葉 #ワカ #サソリ #デイダラ