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No.5

事故物件

#永遠のアマレ にたくさんの拍手ありがとうございます。少し先の話になるのですが、皆さんからの拍手に喜んでちょっとだけ書いた部分をお披露目。
天竺の面々と仲良くなった曜子の家に、天竺のみんなが集まっている。ムーチョは不在です。
イザナってとんでもなく度胸座ってそうだよねっていう。他の面々も度胸あるんですけど、ちょっとやばい呪霊に対しては一般人であるといいなと思っています。この部屋の呪霊はシンプルにやばい呪霊です。

「本日、私は引っ越しをします」
「は?」
 体格が良い男であってもひるみそうな、蘭のドスのきいた声を聞いても曜子はまるでひるむ様子もなく「引っ越します」と言った。
 夏も盛りのとある平日のことである。
 曜子の家は横浜にほど近い、ギリギリ都内と言っても過言ではない場所にぽつねんと建っているアパートの一室である。外観は存外きれいで、モルタルの塗られた壁も、真新しい屋根も、塗りなおしたばかりの扉もどれもあまり汚れていない。
 アパートの隣には小さな公園があってそこでは命わずかなセミたちが必死に泣きかわしている。学校も、幼稚園も、道路も、線路も、特に近いこともなく静かで非常に良い立地であるが、不動産屋でこのアパートを見てみると、他の家に比べて圧倒的に安いのが目につくだろう。その割に誰一人としてこのアパートには住み着こうとしない。
 みんみんみん、じっ
 セミが一匹、曜子の部屋の網戸に張り付いてしばらく鳴いていたが突然静かになるとそのままぽとりとベランダに落ちてしまった。
 竜胆はなんとなしにベランダを眺めると、そこにはみっしりとセミの死骸が落ちている。別に虫を殺して遊ぶ趣味もないので、少々気味悪くなり竜胆はシャッとベランダの大きなガラス戸にかかるカーテンを閉めた。
 部屋が暗くなる。鶴蝶が明かりをつける。
「あ、ありがとうございます。ベランダは後で掃除しますから大丈夫ですよ竜胆さん」
「なんであんなに虫が死んでんの?」
「まぁ、ここ呪われているというか……」
 竜胆に尋ねられた曜子は特に隠すこともなくさらりと答える。部屋の温度が一気に下がったような気がしたのは、竜胆の気のせいではないだろう。
 外は明るく、生を感じさせるセミの鳴き声で満ち溢れている。いや、セミの鳴き声は死を感じさせるのだろうか。竜胆はふと、セミの鳴き声しか聞こえないカーテンの向こうの世界にぞっとした。そういえば、このアパートの一室は、日中は人間の気配を感じない。部屋の中はともかくとして、周囲に人間の生活の気配を感じないのだ。
「なぁ曜子」
「はい」
「ここって」
「いわゆる事故物件というやつです」
 竜胆の言葉に曜子は当然とばかりに頷くのだった。
 その瞬間に、天井のシーリングライトがちりちりと焦げ付くように瞬いた。まるでシーリングライトの命も切れかかっているような、そんな気配がして、竜胆はとたんに背筋に悪寒が走るのを感じる。
 真夏の昼間だというのに、部屋の温度がやけに低かった。クーラーが効いているだけが理由ではないだろう。現に、先ほどまでは暑い暑いと言っていた鶴蝶がぴたりと黙りこくっている。鶴蝶は部屋の真ん中のちゃぶ台の、その中にある小さなシミを見つめて沈黙していた。まるで、上を見たら負けだと思っているようなかたくなな姿勢に、竜胆はそっと上を見ようとして、ふと目の前に奇妙なものがあることに気づいた。
 四角いちゃぶ台を囲んで、竜胆の右隣に蘭がいる。ちゃぶ台の角を曲がって曜子がいてその隣にイザナが座っている。イザナの隣に鶴蝶がいて、鶴蝶は大体竜胆の正面だ。鶴蝶の顔を見ようと思ったときに目の前にやけに半透明の何かが浮かんでいることに気づいたのだ。それが、人の指先であることを理解するまでにそう長い時間はかからなかった。指先、指、足の指だ。ちゃぶ台を囲んで座った人の頭と同じ場所に足の指、上はどうなっているのか見るまでもなく理解した、いや理解してしまった。
 先ほど感じた悪寒以上の何かが全身を駆け抜けて、途端にこれ以上上を見てはいけないのだと察し、竜胆はとっさに鶴蝶と同じようにちゃぶ台のシミを見つめた。ゆぅら、ゆぅらと足が揺れている。まるでこっちを見なさいと言っているような気配だ。
 蘭も何かに気づいたらしく、すっと視線を下げた。ただ、気配でわかったのはイザナが上を見たことだった。
「道理で、さっきからぶらぶらうるせぇなって思ってたわ」
 竜胆はその瞬間に「うちの大将の精神はどういう構造をしているのだろう」と思ったのだった。この異質な空間で、上を見る度量があることもそうだが、どうもイザナは首を吊ってる女(足の爪が丁寧に手入れされていたので女だと竜胆は思った)と目があったらしい。
「こっちみんな」
 イザナが不快そうにぼやく。不快なだけで済ませるとは、本当に一体どういう精神構造をしているのだろうか。畳む

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