or 管理画面へ

No.3

別れ、旅立ち、出会い

サイトには掲載していない行秋夢。
初出 20220901

 モンドからやってきた彼女が過ごした一年はあっという間に過ぎ去った。最後のひと月ほど、恋人として過ごせたのは嬉しかったが、しかしその時間が充実していればしているほど別れは惜しく辛いものとなる。
「それじゃ、元気でね行秋!」
 行秋にはまるで今生の別れのような憂鬱さがあるが、ラッテはまるで気にした様子がない。別れは辛くないのか、と、ラッテがモンドに帰る一週間ほど前に尋ねたことがあった。ラッテは行秋の言葉に少し驚いたような表情をして、それから眉を下げて言う。
「行ったきり帰ってこない人もいるしね。人はそういうものだから、私は……諦めてるわけじゃないけど……行秋があと五年って約束してくれたのならそれを待つことも、そのために離れることもそんなに苦じゃないよ」
「それはその……」
「人の寿命は私より短かったから」
 ラッテは風の妖精だ。チェンジリングによって元々の人の子は妖精と共に森の奥へ消え去り、代わりにラッテがモンドへ戻ってきたのだという。妖精の寿命は不定であり、人々が覚えている限り存在が消えることはない。西風騎士団に所属するラッテはモンドの多くの人と関わっている、故に彼女に死は訪れない、はずだった。
 妖精は真の愛を知り、たった一人に深く愛されるとただの人のように生きることができるようになるのだという。忘れさられたときただ消え去るはずのただの妖精は、一人の愛によって定命の存在となり人愛する人と共に死ぬことができるようになる。忘れられない限り生き続けることが幸せなのか、愛とともに死ぬことが幸せなのかそれはわからない。しかしラッテは行秋と出会えて幸せだ、と言った。行秋にはそれが嬉しかった。
「必ず迎えに行く。だから待っていてほしい」
 ラッテは笑って頷き、璃月の町を出ていった。

---

 それが五年前の話だ。五年の歳月は人も町も変えていく。
 岩王帝君逝去から五年も経つと、人々の心も少しずつ人が人と手を取り合って生きていく璃月へ向けて進み始めた。勿論岩王帝君のことを忘れてしまったわけではない。岩王帝君はこれからも長らく璃月の人々に語り継がれそして心に残っていくのだろう。しかしその一方で様々な活動はただ神の庇護の下にあるものではなくなり、自らが地面に足をつけて成し遂げていくものになる。今まで作られた生活の土台には常に岩王帝君の存在がいた。これからは人々が土台となり歴史を積み重ねていくのだ。
 そんな璃月から行秋は今日モンドに向かって旅立つ。
 五年間の間に行秋は身長が伸び、今までの幼さの残る短いズボンから長ズボンへと履き替えた。青い髪の毛も伸びいつからかポニーテールにするようになったが、それでもいまだその表情には幼さも垣間見える。行秋は今や飛雲商会の副会長になった。
 本来なら兄が飛雲商会の会長となり別の者が副会長となる予定であった。しかし行秋はラッテとの出会いを考え、またモンドへ行くために一つの策を講じたのだ。それが自分自身もまた飛雲商会の一員となりそして飛雲商会をモンドへ拡張するためにモンドへ支部の設立を自ら言い出したのである。元より家庭教師からも一目置かれていた行秋が本格的に商売に関して勉強を始めると、その成果はみるみるうちに現れた。しかし同時に行秋は兄が受け継ぐ飛雲商会の全てを奪おうなどとは考えていない。兄の顔を立て同時に自分はモンドへ行く。それがなにもかもを丸く収める手段であった。
 そもそも行秋の家族もなぜ行秋がモンドに行きたがっているのかを全て知っている。五年前とある偶然からラッテが飛雲商会の世話になるときに飛雲商会の誰もが彼女の自由な気風と人の良さをよく知っていた。行秋がそんなラッテに恋をして、いつしか恋人同士になったことも、必ずラッテを迎えに行くと約束したことも実のところ全て家族は知っているのである。しかし飛雲商会が璃月に留まらずモンドへ支部を作り商売を拡張することは決して悪いことではなかった。それ故に家族は行秋がモンドへ行くことをあっさりと了承したのだった。

 まだ日も昇らぬ暗い時分に、行秋は阿旭一人を連れて璃月を出る。
「……しかし行秋様、ご友人とのお別れはよろしいのですか?」
「ああ、もうこの一週間のうちに全て済ませたよ。知り合いには挨拶に回ったし、重雲は璃月を離れないからまた必ず会いに来ると約束した。璃月を離れると言っても僕は璃月を忘れるわけじゃないし、彼らに二度と会えないわけでもない」
 阿旭はいつからか行秋を坊ちゃまと呼ぶのをやめて行秋様と呼ぶようになっていた。この五年で少しばかり老けた彼は、行秋がモンドに行くのならば自分がついていきますと自ら口にしたのだ。彼がいれば仕事、そう、特に手紙や文書作成の面で誰よりも行秋の力になることは確かだった。
「さぁ行こう。予定では十日後にはモンドに着くはずだ。途中の宝盗団が気になるけれど、今回は特に荷物を持っているわけではないからね。まぁ襲われてもそんなに困るものでもないけれど」
 行秋が馬車に積んだのは最低限の荷物だけだ。野営とそれからモンドについてしばらくの生活に困らない程度のものだけを持っていく。ラッテにはすでに手紙でモンドへ行くことを伝えてあるので生活の大半の準備は彼女がしてくれることになっていた。全てラッテに任せるのは気が引けたが、これから行秋が向かうのは契約の国ではなく自由の国、生活も思考も商売もありとあらゆるものが行秋の今まで積み重ねた知識と経験だけでは一筋縄ではいかないものとなっているだろう。一人であれば挫けるかもしれない。しかしきっとラッテがいるならば大丈夫だ。
 馬の背を叩いて行秋は馬に乗る。馬車なのでわざわざ馬に乗る必要はなかったが、行秋はラッテがかつて馬に乗せてくれた時の吹き抜ける風の気持ちよさを忘れることができなかった。この五年で乗馬について勉強し、自ら馬に乗れるようになった。璃月はその独特な地形から馬よりもヤギを活用することが多い。崖を平気で上り下りするヤギは璃月の生活において非常に重要な地位を占める動物でもある。乗馬の訓練を受けることが出来るところを探すのは少々苦労したが、それでもその苦労のかいあって行秋は自分一人で馬と野を駆けることができる。
 進みだした馬車はもう止まらない。これは行秋の人生の旅立ちであったが、璃月との永遠の別れではなかった。故に悲しみではなく喜びと共に世界に踏み出していくべきなのだ。
畳む

#[行秋]#[ラッテ・ロット]#[ミルク色の憂鬱]

戻る

Category

Hashtag