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No.22

SS

換毛期

ティナリの換毛期ネタが大好き。

 熱い太陽の日差しにむわりと地面から立ち上がる湿気が、いつしか少し涼しい風と共に渓谷を駆け抜けていく季節になった。服の中にこもりがちだった熱気が収まってレンジャーたちの仕事がしやすくなるころ、ガンダルヴァ村の二人のレンジャーはこれから始まる大変な時期に挑むため様々な準備をしている。
 季節は秋、雨と共に寒さが染みるようになる時期だ。人にとっては純粋に活動がしやすく様々な果実が美味しくなる時期であるが、肉食獣の血を引くティナリには別の意味がある時期である。そう、換毛の季節なのだ。
 ティナリの一族はかつてスカーレットキングの配下……であったワルカシュナと共生していた小さな獣であるという。草神の庇護を受けることで緑色の体毛へと変化した。それと同時に四季に対応するように毛が生え変わるようになったのだ。とはいえ全身の毛ではない。主に薄い耳の毛と尻尾の毛である。ティナリのもふもふのしっぽは実はかなりの毛量があり、これが抜け替わるとなるとちょっとした毛糸の人形でも作れそうなほどの毛がとれることになる。当然放置していれば家は毛だらけになるだろう。
 ティナリの深い緑色のしっぽの中に白っぽい綿のような毛が混じり始めると換毛が本格的に始まる。その日蒼月は早速ティナリのしっぽに綿毛を見つけてさっとブラシを取り出した。
「ええ、もうそんな時期?」
「ええ。もうだいぶ抜けてるわよ」
 ティナリは椅子に座ったまましっぽをぶらぶらさせている。
「ほら止めなさい」
「わかったよ」
 ティナリがしっぽを振るのをやめると蒼月は満足そうににこっと笑って座り込むとそのままティナリのしっぽのブラッシングを始めた。この時期になると換毛で大変なことになるのは昔からなので蒼月も慣れたものだ。さっさとブラシを通していけば抜ける抜ける。すでに緑の毛が山のように蒼月の隣に積み上がっている。
「楽しそうだね」
「うんすっごく楽しい。だってすっごく抜けるんだもん」
「へぇ」
 教令院に入学してからは換毛期のブラッシングはほとんど蒼月に任せっぱなしだ。それは単純に自分でやると自分自身でしっぽを抱き込まないといけないため、ティナリ自身が毛だらけになってしまうこと、そしてしっぽの根元までブラシを届かせるのは難しいことが理由である。しかし実はティナリは蒼月に言っていない事実がある。蒼月だけに換毛期のしっぽのブラッシングを任せるのは、ブラッシングが気が抜けるほど気持ち良いものだからだ。気づけば口角は上がってしまうし、耳はたらんと垂れていつの間にか体もぺたりと平たくなってしまう。蒼月はティナリが動けなくて飽きているからそんな姿勢になっているのだと思っているらしいがそんなことはない。むしろ気持ち良すぎてうっかりするとそのまま寝てしまいそうになる。そんな腑抜けた姿を他の人に見せるわけにはいかないのだ。
 そんなわけで今年もティナリのしっぽのブラッシング係は蒼月である。来年も、再来年も。きっと最後の最期までそうに違いない。畳む


2022/9/8 執筆
#ティナリ #蒼月 #賢者は翠海に揺蕩う

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