処刑、というものは人を苦しめるものもあれば一瞬で楽になるものもある。楽になるといってもそれは現世での話で、地獄に落ちてその後苦しむかどうかは問題ではなかった。
未だ墓守の念のせいで念も使えず逆らうこともできないクロロが連れて行かれたのは高い崖の上だった。朝日がゆっくりと砂丘の上を上ってきて、また今日も暑い一日が始まる予感がする。
崖の下にチラリと見えたものはゆっくりとうごめく何かだ。蛇か、ワニか。どちらにせよ纏も使えずにここから落ちれば即死せずとも重症は負う。その後あの数のワニの群れから逃げ出すのは難しいだろうな、と自分の目前に迫った死にも関わらずクロロはやけに冷静に分析していた。特に未だシャルナークとウボォーギンが戻らぬことにあせりはない。
高官の長ったらしい口上の間に随分と日が昇った気がした。後ろ手に縛られた腕が重なるところにじんわりと汗がにじむ。さて、どうなることか、と思いながらクロロは処刑人に促されるままに、崖に張り出した板の上に乗せられた。
崖の下から吹いてくる風が涼しく感じた。それから血と、濃いオーラが凝をしていない肉眼でもかすかに見えた。死者の念の出所はおそらくここだろう。
相変わらず処刑に関して、高官が長ったらしい口上を述べている。要するにここから落ちろという話であるのだろうとクロロは思う。そしてそのときようやっとのことで懐かしい気配を背後に察してクロロは、その黒曜石の瞳をゆっくりと背後へ向けたのである。
「遅かったな、シャル。危うく死ぬところだ」
「オレの心臓が止まるかと思った!」
シャルナークはそう怒鳴ると、目の前に居た衛兵が突き出した槍を逆に掴んでそれで着き返した。怒号がその場に満ちて、処刑前の緊張した空気が一気に崩れる。そしてまた新たな侵入者に対する緊張で溢れかえった。
シャルナークはそもそも強化系の面々と比べてもあまり体術は得意ではない。通常は誰かにアンテナを刺して操るのだが、具現化されたものまでは操れないため、なおさら不利だ。それでもなお派手に衛兵の目をひきつけたのは、その間に体の小さなイシスがクロロに近づくためだった。
クロロが立たされている板の上に軽い振動が走って、その瞬間、クロロを拘束していた縄がちぎられた。そしてその手に渡されたものを見てクロロは一瞬瞠目する。イシスがクロロの手に渡したのは、クロロたちの今回の目的である死者の書だった。
「読んで!!!」
イシスの背後にもすぐに衛兵が迫っていた。
「印がつけてあるだろ!?そこを読んで!!」
読めなかったらどうするのだ、ということはあえて口にしないでやった。その代わりにクロロは口を端を少しだけあげて、ゆっくりと文字をなぞる。そして正しい発音で、その一文字一文字を読み上げた。

太陽を背負い、古代の文字で念を再生させる幻影旅団団長クロロ=ルシルフルの姿は妖艶、とでも表現すればいいのだろうか。およそ地獄のふちよりも暗い瞳が文字をなぞる。その瞳からは本当に何を考えているのかはわからなかった。イシスは少し目を逸らして後ろを見ると全ての時が止まったかのように沈黙がこの場を支配している。シャルナークも突如として動きを止めた衛兵に多少動揺したようだが、即座にその場を離脱した。
イウ・ス=イシスの名において、と続く文章はまるでクロロ本人が冥界の王であって、その本人から発せられる言葉のように重苦しい響きを孕んでいる。正確な発音が出来ずとも聞き、内容を理解するだけならできるイシスにはそれがひどく不気味に思えた。内容をさっぱり理解できないシャルナークもどこか不思議な表情でクロロの様子を眺めていたから、クロロが纏う雰囲気のどこか異様なものに気づいたのかもしれなかった。何か異変が起きたわけではないのだ。ただ、あまりにもその姿が、不気味なほどに似合いすぎているというそれだけの話なのだ。

変化は唐突だった。クロロが全ての文字を読み終えると、朝日に照らされたところから今まで存在していた全てが砂になっていく。ざぁああああと砂漠の風が吹いて、目の前にいた衛兵たちの身体を全て持っていってしまった。古い町並みも王宮もそれらは崩れかけた岩の塊となって、クロロの足場でさえも砂となりかけクロロは足場を砂地に移した。
もうもうと立ち込める砂煙は数分の間は収まらなかった。今まで砂で形作られていたものが全てもとの砂となり、幾分嵩が増したように思える足元に若干困惑をしながら砂が晴れるのを待っていると、まだ明瞭でない視界の向こうからジンの声が聞こえる。
「うげっげほっひでぇなこりゃ!!」
のんきなものだが、彼らの閉じ込められていた牢獄もまた砂となって消えうせたようだった。ジンはむせながらよう、と手を上げた。その後ろからフィンクスとフェイタンも着いてくる。
「よぉし終わったな!!」
「まだだよ。イシス、これが終わったらウボォーのところに行くって約束したよね」
はっと我に返ったように、シャルナークはジンの言葉を否定して相変わらず黒さを伴った笑みをイシスに向ける。イシスはクロロとシャルナークの間に挟まれて慌てて大きく頷いた。
「そういえば団長、もう念は使えるの?」
「ああ、そりゃ大丈夫なはずだぜ。墓守の念は王の命令を縛るもんだ。だがここで町を覆っていた念が解けたら、王もいなくなるから、クロロの念は解けたはずだ」
シャルナークの言葉に答えたのはジンだった。シャルナークはその言葉に少しほっとしたように頷いてから、すぐにクロロにウボォーギンの所在を告げて、その書の除念能力でウボォーギンの念を解除するように言う。そしてギーザの町外れにとめた車に向かったが、そこに当然のようにジンとイシスも着いていった。
車に乗る直前に二人が相変わらず着いてきていることに気づいたのか、シャルナークは顔をしかめたが、「どうせまたミイラ出るよ」といわれたので黙ってイシスを乗せた。今度はフィンクスとフェイタンもいるから問題は無いだろうが、それでもイシスの念が便利であることには変わりないのである。
助手席に乗ったクロロは死者の書を手放す気は無いらしくじっと、絵のような文字を追い続けていた。ジンは時折そんなクロロの様子を気にしていたが、それ以外、アビュドスにたどり着くまでの間はフィンクスとフェイタンと無駄な話をしていた。シャルナークは一切会話に混じらなかったし、死者の書に集中しているクロロも同じだった。イシスは時折フィンクスの話に頷いたり答えを返したりしていたが、この後一体どうなるのかについて思いを馳せていたようだ。
結論から言うと、ウボォーギンは無事だった。アビュドスにたどり着いてイシスが絶句したのは、完全に地形が変わるような大惨事がその場で繰り広げられていたからである。クロロも元の遺跡の欠片も残っていない惨状を見て一瞬口元が引きつったのをイシスは見逃さなかった。A級犯罪者であっても一応遺跡などに対してそれなりの経緯はあるようで、彼が残念そうに文字の刻まれた石を触れたのに対してイシスは少しだけ親近感を抱いたようだった。
かれこれ数時間スフィンクスとその他の念で具現化された何かと戦っているはずのウボォーギンはまだまだ元気なようで、元は大広間だったであろう場所で相変わらず元気に暴れまわっている。時折地鳴りと共に、どでかい岩が砕け散っていたが、スフィンクスだけはまだ健在のようだった。
「ウボォー、無事なようだな」
「おう団長ォ!!除念はできたんだな!?」
ウボォーギンが嬉しそうに怒鳴る。
「ああ、待ってろ。お前にかかった念も今解除する」
クロロはおおよそ除念に関わる一節に目星をつけていたようで、それを読み上げると同時にスフィンクスは大人しくなった。聞いている内容によると、どうやら直接的な除念というよりも、死者の書の持ち主が変わったことを告げているような印象だった。スフィンクスは再び重たい音を立てて地面に座り込むとぴたりと動きを止め、まるで石像そのものになってしまい、それ以降動くことは一度もなかったのである。
「ったく、今回は大はずれだったな」
「獲物は手に入れても私たち全然暴れられなかたね」
フィンクスもフェイタンも不満げだったが、唯一散散暴れまわったであろうウボォーギン一人が楽しそうだ。意味がわかんねぇやつだが悪くは無かったぜ!と豪快に笑っている。
「さて、そんじゃ話はついたな」
ジンとイシスの課題であったギーザのピラミッドの根元に広がる町の念の解除も終わり、幻影旅団は今回の目的であった死者の書を手に入れた。お互いの目的は達成し、ジンは満足そうに頷いた。そして、彼は今までのんべんだらりんと旅団のメンバーと会話していたとは思えない素早さで、あの幻影旅団の団長から死者の書を奪い取ると誰一人として止める間もなく、空中へ逃げ出してしまったのである。
「悪いな!!!」
彼を乗せるのは、イシスが知っている限り彼と出会ったときから一緒に居たドラゴンだった。巨体から生える羽がゆっくりと羽ばたくたびに砂が舞い上がる。すでに相当空高くにいるにも関わらずドラゴンはやけに大きく見えた。
「こんなもん幻影旅団に預けらんねーから、ハンター協会で預からせてもらう」
クロロはスキルハンターも出さずにつったったままだ。ジンはそれだけ空高くから叫ぶとあっという間に雲の間に消えて、ただの点になってしまった。
シャルナークもフィンクスもフェイタンもウボォーギンも、そしてクロロでさえもあっけにとられたのは、決してジンの行動に遅れをとったからではない。クロロが本気を出せばたとえ空中にいたとしても何らかの方法でジンを引きずり落とすことができたはずなのである。だがクロロでさえも予想外だったことは、当の本人も一番予想外だったのだろう。
「ジンさー・・・・・・」
伸ばした手は何も掴んでいなかった。ぽかんとした表情で幻影旅団の間に取り残されているのはイシスである。
そう、ジンはクロロから死者の書を奪ってイシスもろとも逃げると思いきや、何の迷いもなくイシスを幻影旅団のど真ん中に置き去りにしたのだ。イシスはゆっくりと、引きつった笑みを浮かべて振り返った。首に油を差してやりたくなるほどぎこちないその動きに、フィンクスとフェイタンからは憐れみの目を向けられている。おそらく牢の中でジンと話して、彼のおおよその人格を知ったのだろう。ウボォーギンは大口を開けて笑って、シャルナークとクロロだけがやけにいい笑顔でイシスを迎えた。
「ひっ・・・・」
「良かったね、イシス。オレちょっと今回の件で鬱憤たまってるんだ。相手してよ」
「死者の書がなくなったからな。そうだな、オレも付き合おう」
「ッ・・・ジンさんなんて、死んでしまえーーーーー!!!!!!!!」
砂漠に響き渡ったイシスの哀れな涙声を拾うものは誰もいない。
2014/03/11
ここまで読んでいただきありがとうございました!!中途半端なような気もしますが、最初からこの展開で考えていたので本編はここまでとなります。気が向いたら番外編でも書きたいな、と思うところであります。 E.maya