マチとサソリが専門的な話を始めたところでクロロはすでに用済みであった。人体について知識がないわけではないが、神経の一本一本を縫い付けるマチや、人間をそのまま人形にしてしまうサソリと比べて詳しいというわけではない。二人の手際を見ているのも興味深いが、念能力というものは基本的に他人には隠しておくものだ。クロロはマチとサソリ、二人の念能力についてはよく知っているつもりではいたが、それでもまじまじと見るべきではないだろう。特に仲間内となれば、共に戦うのに最低限知っていれば問題ない。
 そう判断したクロロが絶をしてそっとその部屋を抜け出したことにマチもサソリも全く気づかなかった。いやサソリにとって気づけなかったのは致命的だが、とにもかくにも気づいたら、つい先ほどまでマチとサソリの様子を見ていたはずのクロロがいなかったのである。マチはあまり気にしていないが、サソリは舌打ちをする。それに気づいたマチはサソリが感情を露骨に表すことを以外に思いながら言った。

「あんたの絶も相当だと思うけど、あたしクロロがいなくなったことにいつも気づけないんだよね」
「末恐ろしいガキ共だな」
「あんたも同じぐらいの年じゃん」
「俺は70は超えてるぞ」
「は?」
「おい手を止めるな」
「……ごめん」

 サソリの言葉にマチは思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまった。
 白い肌に真っ白な指は苦労知らないようで、とても70を超えた老人には見えなかった。身長はそう高くなく、顔つきもまだ大人と言うには幼く見える時もある。ただその中身に随分と老成しているなと感じたことは確かだった。
 その時ふとマチは奇妙な予感がしてふっとそれを口にしてみる。

「サソリって、人形だったりして」

 その予感は口にすると確かなもののように思えた。
 手は動かしたまま、といってももう致命傷は全て縫い合わせが終わっており、あとは細かな血管を結んでいく作業だ。ここまでくれば見なくても勝手に指先が作業をする。
 それでそっとサソリの方を見ると、サソリはにやりと口元を歪めてから

「さぁな」

 と言うのだった。肉体に触れればはっきりするだろう。その陶磁器のような肌はじっと見つめていると実は硬質なのではないかと思えてくる。

「聞きたけりゃハルシャが起きてから聞け」
「へぇ、聞いてもいいんだ」
「聞かれたところで困りゃしない」

 サソリはそういうと「さてと」と言葉を続けて立ち上がる。
 そういえば、とマチは思う。サソリの指先は見たことがあるが、それ以外の関節を今まで一度でも見たことがあるだろうか?ジャポン風の少し大きめの和服を着ているサソリの関節は手首まで隠されていて、首元も基本的に見ることができない。そう考え始めるとサソリは人形であるという自分の勘は間違っていないように思えてくるから不思議だ。
 サソリが立ち上がり、そのまま部屋を出て行くまで、マチはじっとサソリの様子を観察していた。
 サソリの治療は完璧だった。マチも外科手術に関しては相当な腕を持っていると自負しているし、実際、千切れた腕ならつなげることは容易だ。だがサソリはそれと同等の腕を持っている。念能力の関係か、あくまで外科治療は優れた医師の域を出ないが、そのこと自体が異様なのだ。
 マチの頭の中でぐるぐると疑問が巡る。サソリは人形なのか?ではどうやって動いているのか。少なくともサソリの人形の中に自我を持った人形というものは見たことがない。だがサソリは人形にオーラを半永久的に留める術を知っている。とすれば自分自身を亡くさずに、怪我をすれば痛み、切れば血が出る不便な肉体から逸脱したとしたら……
 だがそこまで考えてマチはそれ以上のことを推測するのをやめた。それはきっといつかサソリと戦うときに必ずマチの足を引っ張る。マチは自分の勘にそれなりの自信があったが、勘は勘にすぎず、事実ではないのだ。事実だけを見据えていかねば、念能力者同士の戦いでは必ず足を引っ張られるだろう。
(いつか聞いてみよう)
 マチはそう思いながら、確かに人形ではないハルシャの顔を見る。サソリの養女だというハルシャには血が通っている。ハルシャがこの致命傷から生き残ったときは、少し話をして見るのも面白いかもしれないとマチは思った。

 さて一方でサソリとマチのいる部屋を抜け出して、他のメンバーが集まっている広い崩壊した部屋に向かうと、いの一番にシャルが声をかけてきた。

ハルシャ、生きてるの?」
「……ああ、おそらくは生き残るだろう。マチに縫合を任せた、後遺症は残らないだろうな」
「そう、それでサソリはなんだって?」
「?」
「あっいいや特に何も言ってないならそれでいい。それとさ、襲撃犯って誰だったわけ?」
「やけに気にするな。あの女と何かあるのか?」
「そりゃサソリは操作系の念能力者の中じゃ五指に入るレベルだし、その娘とは多少ね。ちょっとした秘密もあるってわけ」

 シャルは人好きのする綺麗な笑顔でにっこりと笑うと、珍しくクロロの質問に対して誤魔化しを入れた。普通はもっとストレートに答えるのだが、クロロはそんなシャルの反応にハルシャエトナと何かしらあるなと推測しつつ、特にそのことについては口に出さない。今後ハルシャがどう動くかにもよるが、必要のないことは仲間内でも口に出さないのが普通だったからだ。

「……襲撃犯は角都と飛段、どこかに雇われている様子だったな。俺とイルミがいることは予想外だったようだ」
「角都と飛段……ふぅん、有名なリストハンターだな」
「リストハンター?」

 クロロはシャルの言った耳慣れない言葉に聞き返す。

「そ、裏も表も関係なく金さえ出せばどんな依頼も受けるから。ホワイトリストもブラックリストもまとめて受けるって意味でリストハンターって呼ばれてる。今回は多分旅団関係だろうな……」
「そんなに気になるか?」
「うん、ハルシャを狙ったってことは俺が綿密に消してたハルシャとの縁を見つけられたってことなんだよね。狙いはゾルディックの長男でも団長でもなくハルシャだったんでしょ」
「ああ、そのようだ」

 クロロは頷くとシャルは顎に手を当てて独り言のようにしかし誰かに話すように言葉を続けていく。

「やっぱり。相当な情報網の持ち主が角都と飛段にハルシャを売ったんだ。いやハルシャ自身はブラックリストには載ってるけどそんなに高額じゃない。むしろ高額でハルシャを殺そうとした奴がいるんだ」
「……」
「団長、悪いけど少しだけ抜けるよ。次の仕事には間に合わせるから」
「……相手はおそらくマフィアンコミュニティーの中でもはぐれものだな。力を持っていないが故に俺たちの死の偽装に気づいた、おそらくはそういうカラクリだ」
「……そ、ありがと。じゃ明日の晩ね」

 シャルはクロロの言葉を受け取ってひらひらと手を振るとそのまま夜の闇に消えた。
 おそらくは復讐か何か、シャルナークがサソリやハルシャとどういった関係を持っているのかはわからないが、少なからずそういった行動に出るだけの縁はあるということだ。

「自分から探しに行く必要はなかったな」

 ぽつりと呟いた言葉は誰にも届かず廃墟の中に消えていった。

 シャルナークが旅団の一次拠点を跡にしてからしばらく経ったころ。クロロもハルシャへの関心が薄れ、暇な時間を適当に選んだ本で潰していると、処置を終えたマチとサソリが戻ってきた。マチは背伸びをすると「団長、終わったよ」と報告に来る。

「そうか、生き延びたか?」
「さぁね、今は息してるけど、正直ここ衛生状態悪いし、感染症にかかったら死ぬと思うよ。でもそういうのがなければ生き延びるんじゃない?」
「そうか」
「請求はサソリにした」
「わかった。手間を掛けさせたな」
「……まぁ別に……」

 マチはクロロの言葉にぷいと横を向くとさっさと定位置に戻ってしまう。
 その後ろからいつ通りの表情でサソリがクロロの前に立つ。クロロが適当に選んだ本は偶然か必然か解剖学のテキストであった。特に興味があるわけではなさそうでありながらも一文一文丁寧に読むクロロは容量がいいのか悪いのかさっぱりわからない、というのはフィンクスやシャルナークの言葉だ。
 サソリはクロロが持っている本をちらりと見てから「153ページと168ページに誤植がある」と言う。

「読んだことがあるのか」
「随分昔だ。今は誤植だが昔は誤植ではなかった程度には」
「そうか、それで無事に終わったんだな」
「まぁおそらく大丈夫だろう」

 ハルシャのことだ。サソリは興味なさげに言うが、本当に興味がなかったならばわざわざ高い金を払って治療などさせないだろう。だが同時にクロロはサソリのハルシャに対する興味のなさそうな反応は嘘ではないと直感する。あくまで勘、であったが、サソリは時々本当にハルシャという存在に対し興味が失せたような言い方をするのだ。その部分が気になってクロロはハルシャに接触したと言ってもいい。

「いい念能力者が揃ってる」

 サソリは珍しく褒めるようなことを口にする。そんな言葉を聞いたのは、短い付き合いではあるもののクロロには始めてのことだった。

「そうだな、……一ついいか」

 クロロはサソリの言葉に肯定しながら、本を閉じた。誤植があるというページを懇切丁寧に読む必要もないだろう、とその本を脇に置くと立っているサソリを見上げる。

「一つならいいだろう」

 サソリは少し面倒くさそうに、投げやりにそんな風に言った。

「手と頭を最優先にしたのは傀儡師として生かすためか?」
「……」

 その質問にサソリは表情も変えず、返答もしない。沈黙が二人の間に流れるが、サソリがいる空間も随分となじんだもので、今更特に誰もクロロとサソリの話に注目する蜘蛛のメンバーはいなかった。

「別にスキルハンターの発動条件じゃない、そうだな……単なる興味、か。人形を使うというのは非常に興味深い、しかもそれが生前のオーラを宿したままならなおさら。盗めるものなら盗むが、誓約と制約が厳しそうだ、おそらく俺にはその誓約と制約をクリアできず今ある人形を使い捨てにすることになるだろうな」
「ふん、よく理解してるじゃねぇか」
「あの人形を使い捨てにするぐらいなら、生かして恩を売った方がいい……まぁシャルは反対のようだが」

 シャルナークとは確執があるサソリは無言でクロロの言葉を受け流す。
 そしてしばらく沈黙していたが、懐から一つ巻物を取り出すとそれをクロロに投げてよこした。

「これは?」
ハルシャが目を覚ましたら渡せ。もし目を覚まさなかったらくれてやる」

 クロロはサソリから投げ渡されたその巻物に目を遣る。絹の紐が巻かれたそれには「三代目風影」と和文字で書かれていた。今この場所でクロロとサソリ以外にこの文字を読めるのはマチやノブナガぐらいだろう。ジャポンという国は鎖国から独特な発展を遂げた島国だ。クロロもあまり詳しいことは知らないが、どうやらサソリの出身はそちらの方らしいな、と考えながら「いいだろう」とサソリの申し出を了承したのだった。仮にハルシャが生き残れば、それはそれで直接ハルシャと縁が出来る。もしもハルシャが死ぬのならば、サソリの傀儡をさほど労力も要らずに手に入れることが出来る。どちらに転んでもクロロにとって決して悪い話ではなかった。

「それから、今日限りで旅団は抜ける。問題はないな」
「そうか、GIが手に入るまでという約束だったが、GIはどうする?」
「自分で何とかする。手切れ金になにか必要か?」
 サソリは最初から答えがわかっているとばかりに鼻で笑いながらそんなことを言った。
「いや、他のメンバーには俺から伝えておく」
「ふん、相変わらず可愛げのないガキだ」

 サソリの言葉はそれきりだった。そのまますっと絶をして部屋を抜けどこかへ消える。

 幻影旅団の前にサソリが現れたのは前にも後にもこの一回切りであった。

20180830

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