浅き夢見じ暁の
傀儡師
転生
穢土転生は死者を蘇らせる禁術である。それは特定の条件下の魂を浄土より口寄せする術であった。
それはつまるところ魂の存在を肯定した。彼らは死後、浄土(天国でも、尸魂界でも表現は何でもいい、魂は一時的に保管される世界があると認識してもらいたい)に向かう。魂は生前の姿と性格を記憶したままある一定期間、あるいは永遠に浄土に存在するのだ。
それでは彼らは生き返ることがあるのか。数千年後、彼らの魂は浄土でどのように存在しているのか、浄土はいずれ死者の魂で溢れかえることはないのか。
浄土は常に魂で溢れかえっていた。それはやがてぼんやりと姿を消し浄土からどこかへ行ってしまう。
浄土という場所においてもなお、時間は流れ魂は徐々にその姿形を失いまっさらな生命の始まりに戻るだろう。そしてそれは新しい命の誕生を意味していた。
しかし魂の中には時折前世のままに生まれ直すことがあった。それを私達は生まれ変わるであるとか、輪廻転生であるとかそういった言葉で表現した。
長々と表記をしたがつまるところサソリは生まれ変わったのだった。
*
ヨークシンシティから外へ出ると荒野が広がる、その外れに小さな町がある。ヨークシンのような高層ビルが立ち上るほどではなく、しかし水道もないような荒野の果てでもない。適度にインフラも整い適度に人もいる、そんな町だった。
かつて数千の人を殺し一国をただ一人で落とした赤砂のサソリはここでは小さな赤毛の子どもであった。両親は健在でサソリの誕生を喜びその子どもに「サソリ」と名付けたのだった。その理由は早逝の両親に聞くほかなかったが、サソリはついぞ聞く機会を得られなかった。
サソリが自身の記憶を取り戻したのは両親に精巧な人形を買い与えられた一歳と二ヶ月の頃であった。しばしの動揺、立ち上がることはできるようになったものの体は思うように動かない。記憶はあるものの、視界はやけに低く、見知った顔が自分のことを可愛い可愛いと愛でている。なんのことだかさっぱりわからなかった。
さほど広くはない部屋、無垢の木で作られた机につかまり立ちをしてぐらぐらする頭で両親を見上げた。この人たちが両親だという自覚はあった。明るい日の差し込む窓、白い壁に、飾られた多くの人形。見慣れた、あるいは形は違えどその使い道を瞬時に理解できる道具が壁に立てかけられている。
両親はこの世界の人形作家で、劇に使う人形から趣味のドールまで様々なものを作っている。
サソリはしばらくの間そんな両親に囲まれて愛され、子供の頃に本当にほしかった全てを与えられてすくすくと育っていく。
五歳の頃にはこの世界を理解した。戦争はあれど忍は存在しない。チャクラを練ることはできないが、その代わりに別の何かを体の中に感じる。サソリの知らない技術が人を殺す世界だ。とはいえ平和なこの町には、銃もマフィアもあまり関係のない話だった。
サソリが七歳のときに両親が死んだ。流行り病である。怪我をしたところから得体のしれない病巣が広がり全身を蝕んでいく。サソリの両親は長いことその病に気づかず、医者に指摘されたときにはもはや手遅れであったのだ。
サソリは時折両親の傷口の中に黒い煙のようなモヤが蠢いているのを見た。集中して見ようとしなければ見えもしないそれがおそらく未知の病巣だったのだろう。自ら動く病巣などサソリは見たことも聞いたこともなかったが、両親は死んで墓の下であり、暴いて解剖する気にもなれなかった。
サソリは両親の死を正面から受け止めた。泣いてもよかったがどうにも涙は出ない。少なくとも、こうして両親が死んでしまったとしても、両親が作り続けた人形をサソリが受け継ぐ限りそこに宿る意思は永遠なのだと今のサソリはよく知っている。それに見た目は七つの子供でも中身は三十五である。父と母を求める心など当の昔に捨ててきたこの年で涙は出ようはずもない。ただ、過去にありえたかもしれない幸福を抱えるのはなんだか居心地が良いような悪いような複雑な気分だ。そんなものははじめから存在しなかったはずなのに、奇妙な縁でサソリはそれを得た。もう一度失ったとしてもさほど辛くもないが、もう少しだけ浸っていたかった。幸福な夢を見ていたような気分だ。
なんにせよサソリは両親を見送り、七歳にして広い家に一人で住むことになる。といっても近隣の者たちが気にかけてくれたので小さな体でもそれほど苦労はしなかった。なお近隣の住民に声をかけられたら「うん、大丈夫だよ、気にかけてくれてありがとう」と言わねばならないのは三十五のサソリにとってはなかなか複雑な感情が湧き上がる。少し困ったような笑顔でそのように応答するほうが手間がかからないゆえの対応であるが、中身は親がいなくて寂しい年ではないのでむず痒い変な気分だ。こんな姿、デイダラに見られたら何年からかわれるかわかったものではない。この町で暮らす日々が長くなればなるほどデイダラに見せられない言動は山のようだ。別にあの男が隣にいるわけではないのでどうでもいいといえばどうでもいいのだが。
サソリは存外この生活が気に入っていた。誰もが優しく天涯孤独のサソリを助けてくれる。助けは必要としていないが、己の求めた永遠について答えを得た今、サソリの心は穏やかに周囲の人々の好意を受け入れられたのだ。一度目の死を迎えたときにここに来たとしても、決してこの穏やかな感情は浮かびもしなかっただろう。サソリの芸術はカンクロウが受け継ぎ、そしてまた誰かに受け継がれていく、傀儡に込められた思いは永遠に未来へ続いていくと思えば、未練はない。もう少しこの平穏の中に身をおいても悪くない、そんな気分だった。時折人を殺したい衝動になるのは昔の癖が抜けないだけだと思い、ひとまず思いとどまることにしている。
この頃からサソリは体の中にうずくチャクラを察していた。サソリは早い段階からチャクラを練ろうとしていたが、どうも感覚が少し異なっている。出力の過程がチャクラとは異なるようで、安定しなかった。それでも長いこと練り上げることでそれなりにはかつての傀儡操演を行えるようにはなった。
とはいえ武器などさしてない。サソリが操る人形は一から削り上げた陶器であり、衝撃に弱い。木造りにしても柔軟性に欠けた。かつて作っていた傀儡は人を素材にしているだけあり一から作るよりもはるかに簡単に柔と剛を整えられたのが今は惜しく思える。さすがにこの平穏の中で人を傀儡にするとどうなるか、サソリにも想像はついたので何も手は出せなかったというわけである。別に人傀儡を作らずともやってはいけるので今はさほど執着してないつもりではあった。
転機は一人の男が町に転がり込んできたところから始まった。
20241118 加筆修正