テイク・ストック・オブ・サンクチュアリ 1

 拠点に帰っても二人はなかなか休む暇がない。天気の具合が良いときには調査を優先するため、学院に送るための資料がまとまっていないのだ。さすがに走り書きのメモを送るわけにはいかないのでそれらをある程度まとめ、データとして使いやすいように整理するのだ。完璧な状態にする必要はないがせめて読める文字に調整する必要はあるだろう。
 雨は強くなっていく。立てかけた葉をばしばしと叩く音が拠点の中にいても聞こえてきた。
 二人は灯りを点けて机に向かうと黙々と自分のメモと向き合う。
 そうして何時間ほど経っただろうか。
 拠点の中は暗いため時間がすぐにわからなくなってしまう。特に今は雨のために入り口を閉じていることもあって外の明るさが全く分からなかった。さすがに目が疲れて来た蒼月がうーんと大きく伸びをするとティナリも同じタイミングで大きな欠伸をした。どうも文字が見にくいなと思ったところよくよく見ればオイルランプのオイルが切れそうだ。そろそろ交換かと思い蒼月が立ち上がった時だった。ピシャンと水音が拠点の中からした。
 ティナリが即座に立ち上がり耳を澄ませる。蒼月は常に持っている法器を取り出した。しかしできることならここで戦闘はしたくない。ティナリはいいが蒼月は炎元素の神の目の持ち主であるため、うっかりすると折角まとめた資料が全部燃えかねない。

「どこ?」
「しっ」

 蒼月が囁くようにティナリに聞く。
 ティナリは指を口に当ててから、もう片方の手で蒼月に少し下がるよう指示した。蒼月は指示された通りに下がって、地下に続く穴の方にちらりと目をやる。拠点の中は音が反響するためどちらから響いたものなのかよくわからない。少なくとも蒼月の見える範囲ではティナリの仕掛けた罠は作動していないようだ。とすれば今の音は入り口の方か。
 元素視覚を使っても元素生物の侵入の痕跡はあまりないように思えた。しかし元素生物が発生する原因に関してはいまだ様々な議論が残されている。はっきりとした結論は出ておらず、多くの学者は「発生しやすい場所は確かに存在するようだ」と言っている。
 ティナリが抜き足差し足で入り口に近づくとまずは出入り口になっている布を確認する。オイルランプの明かりが届かないため蒼月にはあまりよくティナリの表情が見えない。その時またピチャンと音がした。ティナリは今の音で確実に場所を把握したようだ。
 ティナリは入り口に重ねてある木箱の中から食料を貯めてある木箱にまっすぐ向かうとバッと勢いよく蓋を開いて「ああっ、くそっ」と小さく呟いた。

「大丈夫だよユエ、水キノコンだ。ああ、ええっと大丈夫っていうのは僕たちに危険がないという意味であって……その食料に関しては……」

 ティナリの声が小さくなる。
 蒼月は慌ててオイルランプを持つとティナリの隣に走り寄ってそして大きくため息を吐いた。

「やられた……」

 食料を収めている木箱は、湿気で中のものがやられてしまわないよう外側にはある程度撥水加工などをし、中の食料に関してもかなりしっかりと葉っぱなどで包んである。しかし木箱の中の湿度管理は完ぺきではなかったようだ。推測ではあるが地面に接している部分の木材からキノコが生えたのだろう。そしてこの雨の湿気で水元素のスポットが出来、キノコンが生まれてしまったらしい。他の元素生物同様、キノコンの発生機序に関してもあまりはっきりとした結論は出ていない。しかし多くの人は経験上キノコと元素がある場所に発生しやすいと知っている。
 水キノコンは木箱の中で身動きが取れず困ったことに泡を発生させたらしい。キノコンは単体なら近づかなければさほど危険性は高くない。数が増えさらにマッシュロンが発生するとマッシュロンが他のキノコンを扇動するようになるため近づくのは危険だ。木箱の中のキノコンが水キノコンであったことは不幸中の幸いかもしれない。これでうっかり炎であったらこの辺りの物が大炎上だ。
 ティナリはキノコンをひっつかむと入り口を少し開けて外にぽいと投げ捨てた。

「うわっもう外は真っ暗だ。雨はさらに激しくなってるし……」

 ティナリがキノコンを捨てている間蒼月は食料の入った木箱の中身を確認していた。次の補給がそろそろ来るために在庫は少ない。しかし夕飯にしようと思っていたパンが水を吸ってぶよぶよになっていた。午前中に飛び回り、午後からは資料と向き合って完全に疲れ切った体でこのパンを齧る気には到底なれなかった。
 蒼月はとりあえずその他に残った食料で無事だったものがないか確かめる。小麦粉は包んでいた紙ごと全部湿気ており箱の底でぐずぐずになっている。水を吸っただけなら調理してしまえるか、と思ったがそのほとんどは木箱の隙間からこぼれて地面と混じっている。パンはもちろんその他の乾物は皆たっぷりと水を吸って形がほとんど残っていなかった。香辛料もキノコンの泡に溶けて箱の中が実にかぐわしい香りに満ちている。つまりほぼ全滅だ。
 蒼月がため息を吐くとその後ろから覗き込んだティナリも同じようにため息を吐いた。

「大丈夫そうなものは?」
「木箱に生えたキノコかしら?」
「種類は不明?」
「不明ね。私は食べれるけどティナリにはお勧めしない」

 少しだけそわっと体を動かしたティナリに蒼月は釘を刺してからさらに言葉を続ける。

「食料は早くても明日の午後。風の状況によってはもう少しかかるかもしれないからしばらくは調査に加えて最低限の狩りも必要だわ。勿論サンクチュアリから出ての話だけど」
「今晩はどうする?」
「外は?」
「出かけるには暗すぎるかな。それに雨も強い。うっかりすると拠点に戻れなくなりそうだ」

 ティナリと蒼月はしばし顔を見合わせてから二人揃って「はぁ」と大きなため息をついた。

「お腹すいたんだけど、今日は晩御飯抜きかな」
「……うー……」

 蒼月が少し唸る。それからオイルランプを作業机に戻して学生時代から使っている鞄を漁ると小さな包みを取り出した。

「ティナリ」
「わっ、と。これ何?」

 ぽんと放り投げられたそれをティナリがキャッチする。サイズは両手に収まる程度だ。鼻を近づけるとようやく香辛料の香りがした。

「私の非常食」
「非常食?」

 ティナリはそう言いながら自分の作業用の机に近づいて椅子に座ると包みを丁寧に開いていく。中にはシャワルマサンドの生地に何かを包んで丸めたものが入っている。蒼月はすでにそれを口にしており、食べれることは確かなようだ。ティナリも一口より少し大きいそれを齧る。
 包みの状態であっても齧っても外に漏れだす香りはあまり強くない。しかし口の中で噛み締めると香辛料が一気に弾けたような感覚があった。中には燻製肉と長期保存用の野菜やキノコが入っているがどれも硬さはあまり感じず口の中で解けていく。しっかりと煮込んだ肉のような味わい深さがある。

「香りは広がらないけどしっかりと口の中に残る。それに肉も野菜もキノコも乾燥しているはずなのに全然そんな感じがしないな。これユエが作ったの?」
「そう。香辛料も燻製の方法も企業秘密……って言いたいところだけとティナリになら教えてもいいかな。昔フィールドワークでめちゃくちゃ疲れてた時に酒場でシャワルマサンドを食べたらすーっごく美味しくて。それに食べた瞬間からすごく頭が働くようになったの。だから疲れたときに外でも食べたいなって思ってめちゃくちゃ研究したのよ。香りを気にしてわざわざ風下に移動しないといけないのも嫌だし、乾燥した肉を噛みちぎるのだって絶対に嫌。だから香辛料や生地を調整して、燻製の仕方だってすごく勉強したの。いいでしょ、命名はヨツゥアシャワルマ」
「なるほど、一口サイズにしておけば口に入れてすぐにメモをすることもできるのか。今までサンドイッチを食べてたけど食べ終わるまではペンが持てないのがもどかしかったけど、これなら手も汚れないしいいね。帰ったら作り方教えてよ」
「いいよ。でも他の人には秘密だからね。これ作るの大変だったんだから。いざってときに酒場にレシピを売るのよ」

 蒼月はふふん、と鼻を鳴らす。少し自慢げだった。

「いっそドリーに話を持ち掛けたら? 彼女ならすぐにいいルートで、しかも高値で買い取ってくれるんじゃないかな。だってこれフィールドワーク中の学者はみんな欲しがるよ」
「もっと褒めて」

 小さな笑い声が拠点に満ちる。
 水キノコンの件は災難であったが、フィールドワーク中にはそんなこともある。非常食でその日の晩をしのいだ二人は、夜にベッドの中で調理の仕方について話をしながら眠りについた。
 幸いにして次の日はきれいに晴れ渡り荷物も予定通り届いたためその後ティナリと蒼月は食料で困ることはなく無事にクリソベリル・サンクチュアリの調査を終えたのだった。帰った二人は早速ヨツゥアシャワルマを作りこれらを万が一の非常食として油紙の中に包んで丁寧に棚の中に仕舞ったのだった。きっとまたこれに頼る日も近いだろう。
 

20221009 サイト掲載
20221212 加筆修正
こちらの作品は2022年10月8日に開催されました第5回【夢境2ワンドロワンライ】企画に投稿したものになります。使用お題は「非常食」になります。