テイク・ストック・オブ・サンクチュアリ 1

 スメールの雨林には一般人の立ち入りが禁止されたサンクチュアリと呼ばれる場所がある。一般的には「聖域」として知られる言葉だがこれが転じて人の手の入らない自然保護区といったような意味を持つ言葉だ。
 スメールの雨林はとにかく広く、深く、込み入っている。多くの人は商売で特別にその場所を通過しなければいけない、もしくは研究のためにどうしても行く必要があるといういくつかの場合を除いて雨林の奥へ散歩に行こうなどと考えたりはしない。そのため雨林は基本的に未踏破の部分も多く冒険者協会の冒険者ですらなかなか雨林へは足を伸ばさない。ドランゴンスパインとはまた違う危険が雨林には多く潜んでいるのだ。
 しかしその一方で金になれば何でも構わないとばかりに雨林に踏み込む連中もいた。エルマイト旅団はある種の総称であり、良い人も悪い人も含まれている。そのエルマイト旅団の一部に、自分たちの力を誇示するように雨林を荒していく者たちがいた。彼らにとって雨林の生態系保護など知ったことではない。貴重な草木を踏みつぶし動物を乱獲し絶滅に追い込む。
 通常、雨林はある程度保護されるべきという意識はあっても雨林ですでに法律に記されている違法行為がなければ誰でも出入りが可能な場所だ。勿論一部の動物は乱獲により数の減少が懸念され捕獲を禁じられているが、捕獲が難しくなれば奴らは他に金になって数の多くいる動物を狙う。そうなれば今度はその動物が減少し……とイタチごっこを続けていた。
 そこで新たに用意されたのがサンクチュアリである。これは指定された区域内では教令院からの許可がない限り動植物の採集の一切を禁じ、またサンクチュアリのランクによっては立ち入りすら許可制になっている。こうすることで動植物を保護するだけでなく環境も保護することができる。
 最近現況の一途を辿るリシュボラン虎やシルリ鳥の保護のために立ち上げられたサンクチュアリのお陰でレンジャーの仕事も大きく減った。今までは動植物を採集している直接の現場を抑えなければ捕まえることはできなかったが、今ではサンクチュアリに立ち入ったというだけで捕まえることができるのだ。勿論うっかり間違って入ってしまった一般人や学生・学者たちは厳重注意の上解放することになっているがどちらにせよレンジャーの仕事が楽になったのは確かである。
 サンクチュアリは設定しただけでは意味がない。そもそも動植物や環境の保護が目的であるためサンクチュアリの中に異常がないかという調査が必ず必要になってくる。数年に一度一か月から二カ月の間抜擢されたレンジャーや学者がサンクチュアリに籠ってサンクチュアリの生態系に関する幅広い調査をおこなうのだ。そして今回雨林の奥の奥に設定されたクリソベリル・サンクチュアリの調査にティナリと蒼月が当たることになった。余談ではあるがスメールでは雨林のサンクチュアリに、木々の緑をイメージした宝石の名前を当てて管理している。動植物の名前を直接当てることで【そこに生息している】ことを密猟者に知られるのを避ける意味合いもある。

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「__調査項目は百五十三あったわけだけど、今日で半分は終わったわけだ。お疲れ様。あと一か月あるけど、いくつか難しそうなものがあるね」

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 雨林の奥深く、クリソベリル・サンクチュアリの最奥にてティナリは蒼月と共にアムリタ学院から出された調査リストを参照しながら現在の状況確認を行っていた。
 ここはクリソベリル・サンクチュアリの中にある小さな洞窟の中だ。スメールの雨林は水によって削られた独特な地形に巨大な植物が根付いているため様々なところに小さな洞窟がある。また巨大な木のうろなども、十分な高度があれば活動拠点に非常に適している。今回ティナリと蒼月は蔦が這う洞窟を選んだのだ。谷底から十分な高さがあり湿度対策がしやすいこと、また角度的に日差しが入りにくく雨が吹き込みにくいことが選択の理由だった。調査を記録する紙類はどうしても直射日光や湿気に弱いため拠点選びは重要なのだ。
 洞窟の入り口付近はきれいに整備されている。戸口として使っている薄い遮光カーテンにはマハマトラの印が入っている。これを使用しているということはマハマトラから許可がある学者がここにいるという意味を持つ。またこの辺りに生活の中の「食」に関わる部分が用意されている。積み上げられた食料の箱やちょっとした焚火は入り口付近に準備した。煙の対策も当然のようにしてある。
 少し中に入るといくつかの木箱などを加工して作られた簡単な机が二つ並んでいた。それぞれの机の上には書類が山積みになっている。半分は走り書きとスケッチが大量に記されている二人の調査ノートであり、もう半分は丁寧な字で綴られた調査報告書だ。
 そして最も日差しの入りにくい奥の部屋は二人分の簡易なベッドが用意されていた。ベッドと言ってもよく乾燥した葉を拾ってきて重ねてその上に布を敷いただけの簡易なものだ。スメールの雨林は基本的に温暖な気候が続き、かつあまり急激な温度差はないため寝泊まりにもあまり多くの物を必要としない。霓裳花で織られた布は温かくしかしあまりにも熱が籠ることはない。高級であるが同時に非常に頑丈であるためティナリも蒼月も学生時代に一枚買ってからずっと同じものを使っている。デザインこそ古くなったが機能はいまだ健在だ。
 洞窟の突き当りは、実はまだ見つけていない。二人がこの洞窟を発見した時、最奥は壊れやすい岩でできていた。もしかして何かがあるのではとその岩を壊すと、さらに奥へ、しかも地下へ続く道が現れたのだ。探索をしてもよかったが今回はそれがメインではなかったため、寝不足の時にうっかり落ちないように穴より手前に資材の入った箱といくつかの岩を置いてそれ以上奥は立ち入り禁止にした。また奥から魔物などが上がってくることを懸念して念のために穴周りの蔦を削り取ったり遮光・防音カーテンをかけていくつかの罠も張ってある。テイワット大陸には時折深い地下に続く穴が発見されることがあるが、そこに生息するのはただの動植物ではないことが多い。念には念を入れるべきであった。
 こうしてできた拠点はわずか一日の間に完成している。フィールドワークに手慣れた二人はこの場所に着いてすぐに必要な物を組み立てて調査を開始したのだ。こういった作業を二人は学生時代から積み重ねているためすっかり慣れている。

* * *

「残っているのは……ドロエビの生息数と、ここのリシュボラン虎はずっとアムリタ学院が研究を続けているからタグがついているのね。タグ付き個体の確認……ええっとそれから」
「ヨガンイの巣についての研究があるからそれを元にして現在の巣の利用度の確認。これは昼間のうちにやったほうがいいかもね。サンクチュアリ中に五か所ある特殊セノーテの水質確認は……道具が届くのがもう少し後なんだっけ」
「うん、手紙では一週間後に届くって。今日は報告書を提出するから他に必要な機材があったら言って。それもお願いしておく」

 蒼月が指で丸を作るとティナリも同じようにして「わかった」と言った。
 今回のクリソベリル・サンクチュアリの調査は教令院アムリタ学院から依頼された仕事であった。アムリタ学院出身の二人は今でこそ教令院の学者という立場ではないが、一応教令院に所属するレンジャーとして日々仕事をしている。しかしそれでもかつての先輩・後輩・同期生そして指導担当であった教員と縁が切れたわけではない。今回の調査は教令院からの依頼があったものだが、同時に今後の研究に繋がる重要な下準備でもある。通常であれば若い学生を同行させて今後の論文の下積みとさせるところだが、クリソベリル・サンクチュアリは特に奥深くに設定されたサンクチュアリであるためフィールドワークに慣れた者でなければ危険だ。動植物を適切に見分けることができ、かつ研究について理解が深く、フィールドワークに慣れた者……となれば当然枠は絞られてくる。
 実のところこの仕事に用意された報酬はなかなかに魅力的だったのだ。二カ月という調査期間、ガンダルヴァ村を完全に留守にするのは少し心配なところもあるが、同時にガンダルヴァ村での研究に必要な研究機材を賄うにはこの仕事は捨てがたい。それにティナリも蒼月もフィールドワークが好きだった。二人は少しだけ悩んだ後、ガンダルヴァ村についてはコレイとたまにやってくるセノにいくつか仕事を任せてこうしてクリソベリル・サンクチュアリにやってきたのである。
 一部資材の話が出たが、二カ月の調査は二人が完全にサンクチュアリに引きこもって行うわけではない。二人が行うのは生息数の確認・地形の変化・植生の変化といった基本的な観察だ。これらを丁寧に記録し、記録したものは連絡鳥の足にくくりつけて調査元のアムリタ学院にどんどん送っている。これらのデータを下に細かな解析や今後の学生・学者の研究計画を学院の者たちが行っていくのだ。このような下積み仕事は誰よりも丁寧で内容を理解している者が行わなければならない。ティナリと蒼月はまさにぴったりの人材であった。

「それじゃあ午前中にヨガンイの巣の確認をしよう。僕は西側、蒼月は段差の大きい東側で大丈夫?」
「勿論、任せて」
「一休みして……今日の午後は荷物が届くんだっけ?」
「ううん、ガンダルヴァ村の方ではちょっと風が強くて荷物を飛ばせなかったってことだから、明日になるみたい。だから必要ならすぐ作業に入りましょ」
「それじゃあ午後はできればドロエビの生息数予測ができるだけ調査を広げよう。これは多分時間がかかるから当分かかりきりになりそうだ」
「そうね。それじゃあ私の方が巣の確認数が多いから先に行くわ。ティナリはちょっとだけ拠点の掃除を頼んでもいい?」
「勿論、僕は後から出るよ。それじゃまた後で」

 荷物の簡単なチェックだけをすると、ティナリと蒼月は各々の仕事をするために別れて午前中を過ごした。
 ヨガンイは群れで巣作りをするため、巣はある一定の範囲内に集まっている。それを一つ一つ見て使われているか使われていないかを確認するのだ。クリソベリル・サンクチュアリ周辺では今のところ死域は確認されていないが、死域が発生すると動物たちは巣を捨ててしまうことが多い。またその他の理由でも巣を捨てざる得ない状況に陥ることもある。放棄された巣が増えるとヨガンイの移動の兆しだ。ヨガンイが次の巣をどこにするかは全く分からないため、ヨガンイの移動の兆候が確認されたらヨガンイの一部個体に発信機を取り付けて追跡調査することがある。幸いクリソベリル・サンクチュアリ東側の群れの巣はよく機能しており、移動の兆候はないようだ。
 五十を数えたあたりで空が暗くなってきた。蒼月は雨と強い風の気配を感じて空を見上げる。まだ日が差しているが雲の動きが早く、アマオトガエルたちが鳴き始めたためすぐにでも雨が降り始めるのは確実だった。雨の中でも巣の確認は行えるが、一つ一つの巣の調査内容をメモした紙の束もだいぶかさばるようになってきたため一旦拠点に帰ろうということで蒼月はマップに調べた巣にチェックだけ入れると風の翼を広げて高い枝から飛び降りた。鞄も服も靴も翼も、念のため撥水性のオイルを塗ってあるため多少の雨であれば作業はできるが雲の動きやアマオトガエルの声の高さからどうやら大雨になりそうだ。右も左もわからないような大雨が降ることはスメールでは日常茶飯事なのであまり無理しない方がいい。
 蒼月が拠点に戻るころにはぽつりぽつりと大粒の雨が降り始めていた。ぎりぎり拠点に間に合った蒼月は鞄の中に丁寧に収めていた調査記録が無事かどうか確認する。
 拠点の入り口で体についた葉っぱや汚れを軽く落としていると足音が聞こえてすぐにティナリも拠点に駆けこんできた。

「ふぅ! 間に合った!」
「お帰り。私も今帰ったところ」
「だいぶ強い雨になりそうだよ。アマオトガエルが大合唱してる!」
「風は強そう?」
「わからないけど、一応入り口は締めておこう」

 ティナリの言葉に頷いて蒼月は鞄を降ろすと入り口に掛けてある布の上に枝を重ねてそこからさらに大人でも舟にすることができそうな大きな葉っぱをひっかける。あまりにも強い風であると枝ごと吹き飛ばされるが多少の風ならば、風そのものも防ぐことができ、また雨が拠点に振り込むのも遮ることができる。とんでもない強風になった場合には……入り口の物を少し移動した方がいいかもしれない。そうならないことを願うことにしよう。
 

20221009 サイト掲載
20221212 加筆修正
こちらの作品は2022年10月8日に開催されました第5回【夢境2ワンドロワンライ】企画に投稿したものになります。使用お題は「非常食」になります。