私に耳と尻尾がない理由 2

「あの時はね本当になんで私だけティナリや母さんや父さんと違うんだろうってことが理解できなくて、それで耳と尻尾がどうしても欲しかったのよね。私も一緒だって感覚が欲しかったのかもしれない」
「まぁ子供であればそうなるな。逆にティナリはどうだったんだ」
「僕? 僕は両親の話を全部理解したわけじゃないけど、なんとなくユエは僕たちとは違うんだってわかっていたんだと思う。少なくとも耳も尻尾も大きくなったら生えてくるものじゃないとは思っていた、と思うな」

 冷静だなとセノに言われてティナリはそりゃあねと答える。

「僕はバフルシャーに襲われたこともないし、自分が乗っている船が沈んだことも、両親がいないって経験もないんだ。精神面での安定度はユエよりずっと高かったと思う。何せ不安に感じる要素がほとんどなかったからね。逆にあの時のユエは不安でいっぱいだったはずだから、その差は大きいよ」

 セノはその言葉に無言だった。そういえばティナリも蒼月もセノの幼い頃の話と言うものをあまり聞いたことがない。ただセノが積極的に話さないということは何かあるんだろうと思い、二人ともセノにそのことをあえて聞くようなことはしなかったのだ。気にはなるが、セノが話したいと思ったときに話をするだろう。別にそれが年老いてからであっても何の問題はないとティナリと蒼月は思っている。

「まぁそんなわけでこの写真に繋がるんだよね」

 ティナリはそう言って蒼月の選んだ一枚の写真を懐かしそうに眺める。

 * * *

 蒼月はその後、何度も何度も「自分にも耳が欲しい尻尾が欲しい」「なんで自分には耳と尻尾がないんだ」と泣き喚いた。その当時の蒼月にとっては同一であることが精神面の安定に非常に重要であったと伺われる。特に蒼月は片方だけ翼を持っているという非常に特殊な身体構造をしている。
 身体的な特徴の差を取り上げて差別するべきではない。しかし幼子である蒼月には自分だけ違うという事実が不安を掻き立てるものであったと推測される。もしも家族全員が少しずつ違う容姿、例えば父には尻尾しかなく、母は耳も尻尾もなく、ティナリは耳も尻尾もあったとすれば、蒼月も「全員が違う」と理解できたのかもしれない。
 鴆は千変万化の力を持つらしい。普段は人の姿をとり翼を隠し生きている。しかしいざとなれば毒の翼を広げて戦うことも鳥の姿になって飛び立つこともできる、というのは後に蒼月が璃月へ赴いた際、とある一人の博識な男性から教えられて知った事実だ。蒼月が翼を消せないもしくは隠せないのは片翼しかないためだろうというのがその男性の言だった。本来ならば備わっている力が欠けているというのだ。
 もし蒼月に両翼が揃っていればもしかすると変化することで耳と尻尾を生やすことが出来たのかもしれない。しかし残念ながらそんな都合のいいことは起きず、蒼月が耳と尻尾がないことに泣き喚いてティナリの両親はどうしたものかと頭を悩ませる日々が続いた。
 それが解決したのはティナリの機転によってだった。
 その日は蒼月が珍しく静かで泣き声が聞こえないため、逆に不安になったティナリの母がこっそりと二人の様子を見に行った。二人は部屋で楽しそうに遊んでいた。蒼月は鏡を覗き込んで頭に生えた二つの大きな耳のようなものとおしりに生えているふかふかの尻尾を何度も触って笑っていたのだ。
 ティナリの母は一瞬どういうことかと驚いたがよくよく見れば蒼月の頭とおしりについているものは模造の耳と尻尾であった。ティナリの一族を象徴する大きな耳は、庭に生えている立派な葉っぱを鋏で切り取って何枚にも重ねてカチューシャに貼り付けたようだった。尻尾はふかふかのタオルのような布を切って貼り付けてある。頭に葉っぱの耳のついたカチューシャをつけて、ズボンにふかふかの尻尾を挟んで蒼月は鏡を覗き込んで笑っている。ティナリは耳の形を整えるのに余念がなく、一緒に鏡を覗き込みながら慣れない手つきで鋏を使って葉っぱの耳を整えていた。

「ティナリ、蒼月

 ティナリの母が声をかけると二人は嬉しそうに笑いながら母に飛びつく。

「まーま、みみ!」

 蒼月はそう言って葉っぱの耳をペタペタ触って笑う。思わず母もその可愛らしいしぐさに笑ってしまったという。

「しっぽもある!」

 蒼月の求めるものに対する答えは本当に簡単なものだったのだ。ないならば作ってやればいい。そんな単純なことをティナリの両親はすっかりと忘れていた。どうすれば本物の耳が手に入るのか、しかしそれは禁忌の研究に違いないとずっと考えていた。蒼月にとってはまだ本物と偽物を見分ける方法を持っていない。同じ形が自分の頭の上にあるということが、ティナリの家族の一員であることの証明だったのだ。
 ティナリの母はティナリと耳と尻尾のある蒼月を庭に連れ出して一枚の写真を撮った。蒼月がティナリの本当の家族になった最初の一枚だ。
 結局この耳と尻尾は一週間もしないうちになくなってしまった。耳は葉っぱで出来ていたので枯れてしまい、尻尾はつぎはぎのため徐々に毛が抜けて、芯にしていた細長い布切れだけが残った。けれどもその頃にはティナリの両親は職人に頼んで作ってもらった作り物の耳のついたカチューシャと腰に紐で結びつけるふかふかの尻尾を用意していた。

 * * *

「なるほど、それでこの写真か」

 セノは納得したように、笑って写っている二人の写真を眺める。

「私、ティナリが葉っぱの耳をくれた時のこと今でもよく覚えてるんだ。頭にカチューシャをつけたらティナリと同じ耳があって、歩くと尻尾がずるずる後ろをついてきてそれがすごく嬉しかった。今だったらドライフラワーなりなんなりにして残しておけたんだけど昔は枯れちゃったらそのままだったから写真にしか残ってないんだよね」
「なんだか照れ臭いね。僕も僕で蒼月がなんで違うんだろうっていうのを本当に理解したわけじゃないから、もしかして作れるんじゃないかなって思ったんだよね。不思議な発想だけどでもユエに同じものを用意してあげたかったんだ。でも……」

 ふとティナリが遠い目をする。セノが不思議に思って蒼月を見ると蒼月も遠い目をしていた。

「この話にはちょっとした後日談があるんだよ」
「後日談?」
蒼月に尻尾を作ってやったって言っただろ。尻尾の芯はタオルを細く切ったやつだったんだけど、ふかふかの毛皮はタオルじゃ再現ができなくてさ。それで実は家中を探し回って最終的に父さんの毛皮のコートを……むしったんだ」
「……」

 セノはしばらく無言だったが口の中の飲み物を全部飲み下してから噴き出した。

「むしった!?」
「そうスネージナヤのふっかふかのコート。父さんが帰ってきてユエが笑っているのを見て最初はにこにこしていたんだけど段々顔が青くなってさ。その後父さんは自分の部屋に飛び込んで悲鳴を上げたんだ。その時の声今でも覚えてるよ」

 ティナリは笑えばいいのかそれとも悔めばいいのかわからないといった非常に微妙な表情で空を見つめている。

「父さんは僕のことを怒らなかったけどその悲鳴がずっと耳に残ってて、教令院を卒業してすぐオルモス港で同じコートを探し求めたんだ。僕もあとで母さんから写真を見ながらその話をされてね。当時の僕には理解できなかったのかもしれないけど悪かったなって思って……スネージナヤの商人を何人もあたってついに同じものを見つけたんだけど……」
「あれね……」

 蒼月も遠い目をして飲みかけのコップを揺らしている。

「めちゃくちゃ高かった。すごいいい奴だったんだよ。しかも父さんが持っていた奴はシリアルナンバーがついているような職人が一点一点手作りのものでさ、父さんと同じ番号のやつは二度と手に入らないのは、まぁ仕方なかったんだけど」
「すんごい値段だったわね……レンジャーになって最初のお給料、私とティナリの両方のを合わせても足りなくて、スネージナヤの商人にすごくまけてもらって、でも足りなくて借金したのよ……幸い利息をすごく安くしてくれてお陰で支払いをきちんと済ませることができたけど」
「あの時の商人には本当に頭が上がらないよね。どうも僕が着る様子がないってことで色々と話を聞いてくれてさ。それでそういう事情ならって今思えばものすごく割引してくれたんだ。名前も顔も覚えているからいつかお礼がしたいよ」

 と、まぁ、とティナリは話を終える。

「そういう色々な思い出が籠った写真ってこと」

20221217 サイト掲載