幻影旅団・・・通称蜘蛛、と呼ばれる犯罪者組織は団長であるクロロ=ルシルフルの命令がない限りは勝手気ままな単独行動をしていることが多い。時折入ってくるクロロからの連絡を除けば、お互い連絡を取り合うことも少ないし、一緒に生活するなどもってのほかだ。それぞれが暇なときは好きなように時間を過ごす。あるものは盗賊稼業の続きもするし、あるものは意外とまともな職場で働いていたりもする。ハッキングを好んでしたり、拷問器具に磨きをかけたりと団員達の性格が千差万別なら暇なときの彼らの行動もまた然り。クロロに至ってはそういうときはほぼ確実に連絡がとれなくなってしまうので、もし何か緊急の用事があるのならシャルナークにお願いするしかない。彼は大抵何らかの手段でクロロと連絡する術を知っているのだ。
ついこの間のちょっとした盗賊の仕事を終えて解散した蜘蛛のメンバーとはあれからひと月あまり誰とも会っていなかった。マチとしては誰とも会う気分ではなかったから連絡がないのも幸いだった。
ふらふらといつもの朝の道を歩いて、裏路地を幾つも曲がったところにある扉を潜る。つんとした消毒液の臭いが今日も酷く部屋中に充満していた。その割りに清潔感のない壁には明らかに血と思しきものが飛び散っており、水道周りのカビが汚らしい。よくこんなところで病院なぞやっていられるな、と思うがマチのように完全に裏社会の人間が金を稼ぐにはちょうどいいところなのだ。
あつらえられた白い服に袖を通し、顔をあまり見られないように深めにナースキャップを被る。


「今日のは?」

「ああ、さっきまで呻いていたんだがな。今は下さ。次の客が来るのを待ちな」


マチが部屋の奥に腰かけたままの老人に声をかけると老人は肩を竦めてそんなことを言い切った。ようするにマチの出勤が間に合わなかったらしい。それならば仕方ないと彼女は頷いて適当な椅子に腰かける。
ここは所謂裏社会のための病院だ。院長もその他のナース達も皆一癖も二癖もあるような人間ばかりで、マチはその中で外科担当医として名前を連ねている。外科担当・・・・と言ってもマチに詳しい医学の知識があるわけではない。ただ彼女の念糸縫合はその神経までつなげる精密さだったから、その一転においてマチはこの病院で職を得ることに成功した。
誰もがその名を聞いただけで震え上がるような犯罪者、といっても同じ人間である。食べなければやっていけないし、金がなければある程度の生活はできない。盗んでもいいが、ウボォーギンのような盗賊のポリシーなど持ち合わせていないし、この病院での仕事は暇を潰すにはちょうどいい。何せ裏社会の病院というだけあって、出勤に決まりはなく、金が足りないときに通い詰めて適当に治療を行って金をもらって帰るのだから。患者の方はマチがいるかいないかの運任せ、そしてマチの方は金を得るためにここにいる。なんとも不平等な関係だ。だが、裏社会などというものに平等性を求めても仕方ないだろう。
ナースキャップをぐるぐると指で回していること三十分。一人の男が腕を押さえて病院に入ってくる。ばっさりと切られた腕から血がどくどくと脈打って流れ出ていた。


「金は?」


院長の言葉に男はバッグを床に落とす。底から覗いた札束の数は、まぁあの程度の腕を直すには妥当なところだ。院長が頷いたからマチは立ち上がって、男に腕を見せるように指示をした。特に消毒をするようなことは無い。
糸の通っていない針を手に持って、そして何度か開いた傷口の上を行き来させると、いつの間にか傷口は閉じてしまっていた。


「はいよ。これで神経・筋肉・血管全て繋がった。あんた、運が良かったね。でもしばらくはあんまり動かすと傷口開くから安静にしときな。消毒は勝手にしなよ」


男はナースキャップを深く被ったマチの顔は見えなかったのだろう。だが正確かつすばやい縫合に言葉も出ないらしく、「あ、ああわかった・・・」とだけ言って金の詰まったバッグだけ置いて病院をさっさと立ち去った。この病院で治療を受けるに当たって必要なのは金だけだ。身分証明書もその他の何も必要ない。どこの立場の物だろうと金を払うなら全て患者だ。ついでに言えば無駄に精神科医も気取っている院長だが、さすがに精神を病んでこの病院に訪れるものはいなかった。
その日の客はそれだけだった。病院を閉める間際に別の男が入ってきたが、カーテン越しに聞いていた会話からしてその男は患者ではないらしい。


「院長、薬」


聞き覚えのあるその声にマチはカーテンをそっと捲った。


「あ、マチ。なんだここで働いてたの?」

「別に。日銭を稼いでいただけさ」

「それを働いてるって言うんだろ」

「イヴァンこそ何やってんのさ」

「俺?俺はここの院長様にお薬売りつけに来ただけだよ」


そういってイヴァンは袋を院長に手渡し代わりの金を受け取った。


「なんだ、おめぇマチって名前だったのか」

「違うよ」

「そうか」


院長の言葉を無意味に否定する。この間はアリスと名乗った。その前はナターシャだったかもしれない。この病院では名前すらもあまり意味はない。別に本名でもいいのだが、なんとなく面白かったから毎回適当な名前を名乗ることにしている。


「次回までに必要な薬は?」

「あ?適当に用意しとけ。金は好きなだけ請求しろ」

「了解」


イヴァンはそういえば確かに製薬会社で働いていたと言っていた。つまるところこちらが副業なのだろう。本職はあまり才能がないのか、こちらに会社の薬を横流ししていると考えるのが自然だ。立ち居振る舞いも、裏社会の一端に足を踏み入れているというのに落ち着いているから、こういう環境に慣れているのだろうことが見て取れた。
マチがじっと見ていると、それに気付いたのかイヴァンがまた笑う。この笑顔は嫌いじゃないな、と思った。


「仕事終りなら一緒にディナーでもどう?」

「・・・・・いいよ」


やっぱりここでも断る理由はなかった。勿論付き合う義理なんてものも存在しないのだが、片思いが破れた後は一人でいたいようで一人になりたくないという二つの気持ちが相反する。一緒にいて嫌じゃない人間の傍にいたいと思ってしまう。蜘蛛のメンバーでもいいのだが、そういうことを素直に告げるには、少々彼らとは一緒にいる時間が長すぎたのだとマチはひっそりと思う。
ナース服を脱いでキャップを投げ捨てマチはいつもの(ただし蜘蛛の仕事の時の服装ではない)格好になると、珍しく口紅を塗ってイヴァンに着いていった。
イヴァンがマチを連れて行ったのは高くもなく、かといって大衆食堂のような騒々しさがあるわけでもないごくごく普通のありふれたレストランだ。だが落ち着いた雰囲気のそこは、初めて二人が会ったバーを思い出す。
端っこの席に座ってメニューを選んで、料理が運ばれてくるまでの間の時間にマチは再び連絡先を聞かれて今度は断ることもなく連絡先を綴った紙をイヴァンに渡した。







2013/04/30 →

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