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結論から話をしよう。
 カレットマーレは月のメンテナンス技師としては機能不十分であった。
 それがムーンセルの出した答えだった。
 だがそれは当然の帰結でもある。カレットは多くの書物を知識として追体験として蓄積し、結果自我を得た。月のメンテナンス技師としてそういった様々な経験や人との触れあいなくしてカレットの自我の成長はないのである。いくらムーンセルによって作り変えられ最適化されたとしても、ムーンセルを新王が望むように管理していくのはAIであるカレットには荷が重すぎた。
 それは自分から思考することが出来ない故。
 カレットは多くの知識や追体験から引き離され、一人ムーンセル・オートマトンの作り出す新たな大地に立った。だが何をすればいいのか。バグの処理や領土拡大における細々とした領域権問題を処理しろとムーンセルに命令されていることはできる。だが果たしてこの荒涼とした月の大地に新王は何を望むのか。新王とそのサーヴァントは一体どのようなものを望むのか。
 カレットは聖杯戦争の最中、図書室で得た知識から人には衣食住が必要であることを知った。だがそれは多くの場合様々な自然環境に影響されて最適化されていくものである。
 荒涼としたムーンセルの大地、そこにはいくらでも可能性がある。広大な砂漠になることも水を湛えた湖をいくつも持ちえた麗しい草原になることも、ごうごうと流れ落ちる滝がいくつもある山脈になることも、いくらでも可能性がある。故にカレットには選べない。
 もしも月の大地に事前に設定された環境があれば、カレットはそれに対し最も適切な居住空間を用意することが出来るだろう。
 だが新しく作られた月の大地には何もない。何もないから選べない。選ぶ基準がなければカレットはムーンセルの指示することしかできない。
 カレットの活動がほぼ停止状態になっていることにムーンセルはすぐに気がついた。そしてムーンセルは新たな方策を得る。カレットが創造的な活動ができないのは、カレットがこれ以上の自我の成長・発展が得られないからであり、その多くの原因の一つに上げられるのがカレットがこの月の管理者としてただ一人しか存在しないことである。誰かと誰かのふれあいの中で自我は確立し成長していく。だがカレットただ一人ではそれを成すことはできない。
 ならば。
 ムーンセルは思考する生命体ではない。だが最適解を選択することに関してはカレットよりもはるかに優れた演算領域を用いている。
 ならば。
 カレットマーレという存在をムーンセルの末端とし、マスターの代わりにしてしまおうと。
 カレットというマスターにサーヴァントを与えようと。
 それがムーンセル・オートマトンの出した答えだった。
 カレットマーレの成長と、月の大地の発展に最適解を出せる英雄を。物事を客観的に捉え、いくつもの解の中からもっとも適切な解を導ける英雄を。そして何よりもムーンセルを理解することが出来る英雄を。
 その選択をカレットに委ねよう、上記の条件で過去の優れた人物を探し出せばいい。
 そして、カレットはその日、古代ギリシャの名高き数学者アルキメデスを召喚した。

ムーンセルにおけるサーヴァントの召喚は基本的に聖遺物を使わないマスターとの相性のみで選ばれる。だがムーンセルの持ちえる召喚式であれば望むサーヴァントを自由に召喚することも出来る。ただし、そのサーヴァントが召喚に答えれば、の話なのだが……アルキメデスという英霊は過去一度も月の観測した聖杯戦争において召喚されなかったにも関わらず、ムーンセルからの召喚にはあっさりと応じた。
 直方体から一部きり崩れたような、ムーンセル・オートマトンの前でマスターであるカレットはぽかんとしたままアルキメデスを見つめていた。
「何か、おかしなことでも?」
 アルキメデスは呆けたままのカレットに問いかける。
「……いえ、特には。ただ貴方が召喚に応じるとは、思わなかったので」
「それはそれは。ええそうですね、私は聖杯にかける願望が、仮にあったとしても人間の呼びかけに応えることはないでしょう。ですが貴方は人ではなくそして」
 アルキメデスはムーンセルの中核を仰ぎ見る。
「これもまた人ではない。そして人に作り出されたものでもない。私は少なからず興味を持ったのです、このムーンセル・オートマトンという存在に」
 カレットはしばし首を傾げていたがそういうものなのだろうと理解した。
「うん、そうなのか、それならきっと間違いない。僕の名前はカレットマーレ、月のメンテナンス技師を廃業にされちゃった月のAI」
 よろしくお願いしますと律儀に付け足すとアルキメデスは少し驚いたようだった。
「貴方は私のマスターであると同時にムーンセルである、ならそこまでかしこまらないでもいいでしょう。私はそうですね、貴方とムーンセルを同一存在と考えるならムーンセルによって召喚されたソロ・サーヴァントということになる。わかりますか?貴方の令呪には私に対してさほど強い影響を持ってないことを」
 そういえばとカレットは思って右手に焼きついた赤い三画の令呪を眺め見た。それは天秤のような形をしており、目を瞑るとそこから何か細い糸のようなものがアルキメデスに繋がっている、そんな感覚を得る。
「ふむ、しかしキャスタークラスでの召喚ですか。まぁそこ以外に適正があるとは思いませんが。カレット……カレット
「はい?」
「何を呆けているのですか、貴方は私のサポート役のAIでしょう、ならついてきなさい。これからやらなければならないことを整理しなければ」
 その時カレットが感じたのは喜びであった。何をすればいいのかわからなかった世界に光が満ちる。これから何をすべきなのか指し示す人がいて、カレットはその手伝いをすることができる。
 
 カレットとアルキメデスの出会いは、カレットという一人のAIにとって非常に大きな意味を持っていた。彼はこれからアルキメデスとの多くの会話やふれあいの中で人として成長していくことになる。それはアルキメデスにとってもとても重要な記録になるだろう。



 

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2017.09.13
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